35.本日の課題

「ぷっ!くくくっ……今日のレイ様は本当に可笑しかったですわ」

「あれだけ笑っておいて、まだ笑い足りなかったの?そろそろ勘弁してくれよ」

「あら、何を仰っているんですか?あんな事、滅多にありませんよ?一月は弄られるネタじゃありませんか」


 チャプンッ と音を立てコレットさんの白く細い両の手が上がり、背後に座る俺の首に回ると、首を伸ばして唇を求めて来るので水面に露わになった豊かな双丘に目を奪われたものの今は目を瞑りそれに応えた。


 今日のコレットさんはとても柔らかで、いつも二人で過ごす時の野獣を思わせるようなガツガツとした感じが無い。よく知った恋人のような雰囲気さえさせており、やっと心を開いてくれたのかと嬉しく思えてくる。


「コレットさんはお風呂が好きなの?いつもよりリラックスしてる感じがするね。それとも俺を受け入れてくれる気になった?」


 上機嫌だった彼女は我に返ったとばかりに手を引っ込めてしまい、水面に映る自分の顔を見つめて俯いてしまった……余計な事を言ったようだと後から気が付くとは俺は愚か者だな。


「……お風呂は好きですよ。レイ様の仰る通りリラックス出来ますものね。殿方とこうしてゆっくり入る事など初めてだったので、少しはしゃぎ過ぎました。申し訳ありません」


 どうやらいつも通りのコレットさんに戻ってしまったらしい。自分の軽率な言動に反省するがそんなものは後の祭りだ。

 お腹に手を回して密着すると、耳元に口を寄せてそっと囁く。


「一緒に居て、はしゃいでくれる方が俺は嬉しい。けど、それじゃ駄目?俺にはありのままのコレットさんは見せてくれないの?」


「……私はメイドとして教育をされつつ育ってきました。ありのままと言われても困りますが普段目にされている姿が普通の私です。レイ様のご希望に添えず申し訳ありません」


 半分は本当だろうが、もう半分は嘘だな。メイド、メイドと仮面を被りながらも女として俺との関係を求めてくる。それはつまり確固たる自分という物があることに他ならない。

 彼女がそうまでして頑なに自分を隠すのは、もしかしたら俺程度の知人には言いたくない闇を抱えているのかもしれない。もし、その闇を拭い去ることが出来れば少しは心を開いてくれるだろうか?


 だが、その闇自体あるのかどうかも分からない上に、何かしらのきっかけが無くては彼女から打ち明けてくれることもないだろう。つまり袋小路って事だなと、白い髪の下に覗かせる艶やかなうなじをぼんやりと見つめながら思いを巡らせた。



▲▼▲▼



「なんじゃこりゃっ!?」


 第四十層から転移された先はこれまでの真っ暗闇ではなく外と同じように明るい。それに加え、見上げた先には本物の空のように青く広い空間が広がっている……そこは天井も壁も無い、見渡す限りの砂景色。

 何かの間違いでダンジョンの外に出てしまったのかと思ったが、足元には転移魔法陣が存在するし、何より違うのは普通に明るいくせに太陽が見当たらないことだ。


「さっきより カラッ としてて気持ちがいいわね」

「あっ、本当だね。そんなに暑くもないし気持ちいいね〜」

「さっきまでジメジメでしたもんねぇ」

「昨日のエレナはジメジメでした〜っ」

「ムムッ、レイさんの股間に頭突きするよりいいですっ」

「ガーンッ、エレナに言い返された……」

「どっちもどっちよ。アンタ達、みっともないからその辺でやめなさい」


「それで、まさかこんな所を歩いて行くとか言わないよな?レイの風結界で飛んで行くか?」


 普通の冒険者ならば歩きにくい砂の上を何日も歩かされる事になるのだろう。だが普通じゃない俺達はわざわざ苦労する必要なんてない。

 アルの言うように今まで通りに風の結界でのんびり行ってもいいのだが、時間に余裕があるわけではないので出来ればさっさとダンジョンを攻略してしまいたい。


「それよりもっといい物があるだろ?」

「もっといい物?」

「これだよね?お兄ちゃんっ」


 隣に来て俺の鞄を ポンポン と叩いてくる。大正解のモニカの頭を撫でてやると嬉しそうにしていた。


「あぁ、ソレですか。でもここもダンジョンなのでしょ?出て来る魔物はどうするつもりなのですか?」


「それも何か考えてあるんでしょ?」


 モニカは俺の事をよく分かってくれてる。嬉しくなって肩を抱き寄せると コテン と俺の肩に頭を置き寄り掛かってきた。

 すると、綺麗にクルクル巻かれた片側だけのサイドテールの根元にプリッツェレの屋台で買ってあげたガラス玉の髪留めが在るのが目に入る。あの時以来ずっと付けていてくれるのはそれだけ気に入ってくれたという事だろう。


 一緒に買ったコレットさんのブレスレットもずっと使ってくれている。高いものでもないのに自分が贈った物が使ってもらえているのを見るとそれだけで嬉しくなるし、また別の物を贈ろうと思うのは俺だけではないはずだ。



 話は戻るがサラの言う事はもっともで、勿論ここでも鍛錬をしながら魔物退治を行うつもりだ。

 皆が注目する中、左手を伸ばすと手のひらの上一メートルの所に拳サイズの火球が浮かび上がる。


「みんなはこれが出来るか?」


「ん?」


 ティナが真似して手を出すと、手のひらのすぐ上に火球が浮かび上がる。火球の大きさは同じだが、そういう事ではないんだな。


「こうだよ」


 モニカが右手を出すと、俺と同じ位置に水球が浮かび上がる。そう、そういうことなのだ。


「違いは分かるよな?」

「うん、それは分かるけど、どうやるの?」


「魔力探知と似たようなモノだ。やり方は後で説明するけど、これが出来るという事はわざわざ手をかざさなくても好きな場所から魔法を撃てるという事なんだ。

 例えば相手の側面や背後から撃てたらどうだ?離れている相手の目の前に火球を出せたりしたら?それだけでもかなり有効な技だと思わないか?」



 通常、魔法というのは体内で魔力を練り、イメージと共に体外に放出する事で魔法として発動させる事が出来る。実際には体のどこからでも魔法を放つことは出来るのだが、わざわざかざした手から魔法を撃つのは、魔力を放出する際にイメージがしやすいからというだけだ。


 俺やモニカが見せたのは魔力を練るという作業を自分の体内ではなく体外でやっただけの事なのだが、言うは易し行なうは難しである。



 魔力探知のように自分の体の外に魔力を浸透させて独自の魔力フィールドを作るのだが、空気に薄めて伸ばす感じとは真逆で濃い魔力を作らなければ魔法にはなり得ない。

 そして何より重要なのは、魔法を発動させたい任意の場所にだけ魔力を固め、そこまでの空間には魔力を感じさせないようにしなければどこで魔法を発動させるのかを悟られてしまうのだ。


 ただ魔力の特性上、自分と少しでも繋がっていないと制御する事が出来ないので、自分の身体と魔法を発動させたい場所とを出来る限り細い、それこそ糸のような線状の魔力で繋いでいる必要がある。それが一番難しいのだが、実践で使うにはそれくらい出来なくては不意打ちにはならないから、やれるようになるしかない。


 と、まぁ、そんな難しい事を一瞬でやってのけなければならないので普通は手をかざして魔法を使う事になるわけだし、不意打ちの魔法などおいそれと出来るものでもない。



 ウンウンと頷くティナとエレナとアル、魔法の修練の足らない君達は出来ない組だな。俺やリリィと同じ時間修練をしてきた筈のアルが出来ないのは、いくら魔法が不得意でも問題じゃないだろうか?

 クロエさんとコレットさんはどうなんだろう?まぁ、彼女達は放っておいても大丈夫か……取り敢えず三人には頑張ってもらわないとだな。


 鞄から魔導車を出すと、何故そんな話を始めたのか理解出来たようで三人共納得の顔になった。

 魔導車に乗り、高速で移動しながら向かってくる魔物は魔法で排除しようという作戦なのだが、その為には先程言った魔法の技術が必要となってくる訳だ。


「にっ、兄さん!コレはなんやの!?」


 ただ一人、俺が何をしたいのか理解していないのがいた……。まぁ、戦闘に加わる訳ではないので別にいいんだけどね。


「何って、見たこと無いか?魔導車っていう乗り物でな、とても快適に早く移動出来るんだぞ?」


 ポカーンと口を開けたまま魔導車を見つめるミカエラ、まぁ俺も少し前まで存在すら知らなかったわけだし人の事をとやかく言えるような立場ではないのだが、こうして見ていると間抜けな絵面だな。



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