31.難しき人間関係

 第三十五層にもボス部屋が存在した。その部屋には一匹の大きなサル、体長は三メートルもある、かなりデカイ奴だ。

 体長に合わせて横幅もあるくせに動きは俊敏でサルそのもの。アルは得意ではないタイプの魔物を相手に魔力探知を試しながらも試行錯誤を重ねて倒しきると、なぜか納得行かない顔をしていた。


「なぁ、コイツ、いつ復活するんだ?」


 再戦するつもりかよっ!と突っ込みを入れつつ、俺は知らないのでミカエラを見ればここぞとばかりに得意気な顔になり、目を瞑り顎を上げつつ人差し指を立てた。


「それはやな、五分とも一時間とも言われとるんよ。中には半日後って話もあるくらいでな、出てくるタイミングはバラバラっちゅう話やで?」

「……つまり、分からないって事だな?」

「ゔ……そ、そうなるなぁ」

「役立たずなのです」


 一瞬で撃沈されると両手を床に突き、崩れ落ちたミカエラ。そりゃそんな答えしか持たないのなら最初から自信満々に言うなよって話だぜ?ついでなので聞きたかった事を聞いておくことにした。


「ミカエラ、お前が買った迷宮の地図はここまでだよな?つまり、次からは手探りの攻略になる訳だ」


 撃沈されて四つん這いのまま ビクッ と身を震わせると、ゆっくり顔を上げる……かと思ったら突然 カサカサカサッ とそのままの姿勢で寄ってくると、目に涙を浮かべながら人の足に縋り付いてきた。


「に、兄さんっ!それはウチがお払い箱やっちゅうことなん?役に立たないウチはここで捨てられてまうの?そんなん酷いっ!あんまりやっ!ウチ、兄さん達が迷わんようにちゃぁんと道案内したやんか!」


「ミカエラ?」


「そりゃぁトラップに関しては兄さんのおかげで役には立てへんかったけど……けど、ウチ一生懸命頑張ったやんかっ、何が不満やったん?」


「ミカエラ?俺はまだ何も言ってないぞ?」


「ウチは兄さんにしてみれば余所者かもしれへんけど、あんなええテント貸してもろぉて、ウチはもぉ兄さん達の仲間や思ぉてたに……そんな……そんな、もぉ帰ってええなんて酷す……痛てっ!」


 人の話も聞かず暴走し始めたミカエラの頭に手刀を叩き込んだことでようやくマシンガントークが止まり、頭を押さえて膝立ちのまま ポカン と見上げてくる。

 呆れて喋る気も失せたが、俺が言い出したことなんだから最後までケリをつけないといけない。これ見よがしに大きく溜息を吐いてみせると、腰に手を当ててミカエラを覗き込んだ。


「俺は帰れなんて一言も言ってないぞ?何を暴走してるんだよ、たくっ。

 それで、お前はこの先どうしたいんだ?確か最下層に行きたいって言ってたよな?一緒に来るのは構わないけど、今日までの分しか金は払わないぞ?」


 涙を浮かべてこの世の終わりみたいな顔してた癖に、話の途中から パァッ と花が咲いたように明るくなり、女神像でも拝むかのように膝立ちのまま両手を組んでいたかと思ったら突然抱きついてきた。


「兄さん、えぇ人やっ!ウチが見込んだだけのことはあるなぁ」


 グリグリと俺の腹に顔を擦り付けてくるが、背の低いミカエラ、位置が若干微妙で、彼女が触れてはいけないゾーンに顔が当たりそうになっている。こんな所を見られたら、また何を言われるのか分からないので頭を押さえつけて少々強引に引き剥がした。


「あぁっっ、もっと……じゃなかった!最下層までホンマに行けるんなら今日までの雇い賃も要らへんっ!返すっ!なんならウチの身体も好きにしてもろてもええよっ!せやから、なっ?一緒に連れてってっ!なっ?なっ?」


 再び抱きつこうとするのを頭に置いた手で抑え、一歩後ろに退がるがミカエラがズイズイと付いてくる。あれほど金に拘った彼女が、それを投げうってまで最下層に行きたいのは何故なのか知りたくなったが、多分聞いても教えてはくれないだろうな。


「分かったからっ!最下層まで一緒に行こう。でも最初の約束は守れよ、くっつくな!俺が怒られるだろ!?いいからさっさと立て!みんなのところに行くぞっ」


 どうやらボスが帰ってくるのを待つつもりのアルとクロエさんを残し、何故だか知らないがくっ付こうとしてくるミカエラと格闘しながら皆の待つ転移魔法陣のある部屋へと降りて行った。



▲▼▲▼



 食事を終え、一人で片付けをしていたコレットさんを狙って忍び寄ると、コソコソ隠れていたつもりが呆気なくバレた。


「レイ様、何の御用ですか?」


 半目で ジトッ と見てくるので、俺の言い出す事にも見当が付いているのだろうと理解する。それでも言わなくては始まらないので、観念してコレットさんの前に立った。


「あ、あのですね。コレットさんには大変申し訳無いんですけど……」

「そう思われるのなら、仰らなければよろしいのではありませんか?」

「うぐっ……」


 どう切り込んでもお願いするのは俺の方なので立場が逆転する事もないだろう。怒られるだろうが仕方なしと腹をくくり、自分の考えを吐き出す事にした。


「今日一日頑張ったティナにご褒美をあげたいのです……。今夜はコレットさんと一緒に過ごす予定ではありましたが、明日に変更していただいてもよろしいでしょうか?」


 しばらく無言のまま、半目で見つめられていた。何も言ってもらえない事がこれほどプレッシャーになるとは初めての体験で、冷や汗が背中を流れて行くのがはっきりと感じられる。

 しばらくして小さくも深くて長い溜息を吐くと、魅惑的な赤い唇が動きを見せた。


「レイ様、普通に喋ってくださいませ。私はモニカお嬢様の護衛メイド、ひいてはその旦那様であるレイ様のメイドなのです。何もためらう必要はなく、ただ指示していただければそのように致しますわ。

 それでも私などの我儘を聞いてくださる事に感謝致します」


──あ、怒ってる。絶対に怒ってる。こりゃ不味い。


 きっと前の時も “明日” と言ったにも関わらずすっぽかされたのを思い出してるんだろう。あの時は相当にストレスが溜まっていたようで、それを解消するのに身を粉にした……。

 だがあの時は仕方がなかったんだ。それに、今回はそんなハプニングもありはしないだろう。約束は……守れるはずだ!


 どうするか悩んだ末に一歩近付くと、それを避けるようにコレットさんは一歩退がる。だがここで引いてはいけないと思い、もう一歩踏み込み逃げられないように肩を抱くとそれ以上の抵抗はしなかった。

 しかし、それは彼女の意思なのか、メイドとしての対応なのか判断に迷う所ではあったものの自分の都合の良いように解釈するに留める。


「俺の都合でごめん。でも、今度はちゃんと約束を守るから。だから明日は一緒に過ごそう」


「レイ様、お気遣いは無用ですわ。レイ様の都合の良いように扱ってくださいまし」



“不満だけど聞いてあげる”



 発した言葉とは裏腹にそう言っているのが コツリ と肩に当てられた額から伝わって来た。

 少しでも申し訳なさが伝わればと思い、ギュッと抱きしめるとキスをして、もう一度「ごめんな」と謝ってから離れると、そのまま立ち尽くすコレットさんの姿がある。

 後ろ髪引かれる思いだったが、これ以上ここにいても何もしてやれないと思いその場を離れた。



 対照的に嬉しそうなのは当然ティナだ。気持ちを切り替え「風呂行くぞ」と手を差し出すと、そんなモノは目に入らないとばかりに飛び付いて来るので危うく二人して転ぶところだった。


 こうした人間関係を上手く取り持ってあげなくてはならなくて大変なところもあるが、それを選んだのは言うまでもなく俺自身だ。

 全部が全部上手く行くとは思えないが、それでもなるべく不満の無いようにしてあげなくてはと改めて心に刻み、今日の主役である大はしゃぎのティナと共に風呂へと向かった。



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