30.仲よろしきことは嬉しきことかな

「お兄ちゃん、起きてっ。お兄ちゃんってばっ」


 目を開けると覗き込むモニカの顔があった。頭がスッキリしている、モニカの柔らか膝枕のおかげでよく眠れたようだ。

 右手を伸ばし頬に手を添えると嬉しそうな表情を浮かべ、その上にモニカの左手が添えられた。


「……ハッ!じゃなくて、ティナが疲れたから休みたいって言ってるよ」


 ほらっと、指差す先には風の壁に額を擦り付け、恨めしそうにこっちを見る、むくれた顔のティナがいた。俺と目が合うと プクッ と頬を膨らませて不満を訴えてくるので、苦笑いで応えると結界の内に入れてやった。


 膨れっ面で目尻を吊り上げ、のっしのっしと肩で歩いてくる。こりゃ不味いと思い、俺の腹を枕にしていた雪をそっとどけると正座をしてティナの到着を待った。


「むぅっ!」


 オデコとオデコがぶつかるくらいまで ズイッ と近寄って来るが、結局、寸止めではなく勢い余ってぶつかった。だがそんな事は気にもせずに睨みつけてくるので、ティナの怒りの強さに若干の焦りを覚えると、冷や汗が頬を流れて行くのが感じる。


「レイ!私、頑張ってたんですけど!?」

「いやぁ、ほら、あれだよ……お疲れっ!」

「なぁにが、お疲れっですかっ!!レイの言う通りずっと頑張ってたのに、一人だけグーグーと寝てるとか信じらんないっ!みんな魔法の練習してたのにっ、一人だけモニカの膝枕で安眠とかなんなのよっ!!」

「いや、あれだよ。俺だって魔法の練習してたよ?ほらっ、この結界だって照明の光玉だってちゃんと機能してたんだろ?ティナと同じでちゃんとみんなの為に魔法使ってたじゃないか、な?一緒だろ?」

「かぁぁぁっ!違う違うっ!私が言いたいのはそういう事じゃなくって……」


 分かってるよ、頑張ったなって褒めて欲しかっただけだろ?拳を握り締め、怒りのあまり プルプル と震えだしたティナを少し強めに ギュッ と抱きしめると動きがピタリと止まり大人しくなった。


「疲れたろ?たくさん頑張った後は、しっかり休むんだ。それも強くなる為に必要なことだぞ?」


 小さく丸まって俺の腕にスッポリと収まったティナの頭を出来るだけ優しく撫でながら静かに話しかけると、それだけで落ち着いたのか、力なくもたれ掛かり俺の胸に頭を埋めてコクリと頷いた。


「アル、そろそろ魔力探知はモノに出来たろ?実践トレーニングはどうだ?」


「ん?そうだな、行ってみるか。じゃあ次の三十五層は俺がやるよ」


 ん?ちょっと待て。次が三十五層……だと?つまりティナは三階層分も頑張ったって事か?単純計算でおよそ六時間、そりゃ疲れるよ。

 魔力探知は微弱とはいえずっと魔力を消費し続けるものだ。そんなに長い時間、よく魔力が持ったものだなと感心する。


「ティナ、ちょっと頑張り過ぎじゃないか?こりゃご褒美をあげないと頑張りが割りに合わないよな。どうする?ティナがよければ今夜……あれ?ティナ?」


“飴と鞭は使いよう” とはよく言われる。厳しくして頑張ったご褒美はすぐにあげないと効果を成さない、そう思ったのだが当の本人は頑張り過ぎてご褒美を貰う前に寝てしまったようだ。


「寝ちゃったね」


 モニカが覗き込んで来たので鞄からマントを出してもらうと、俺の太腿を枕に寝かせたティナにかけてもらった。それが気持ちいいかどうかはかなり微妙だと思うが、少しでもティナの傍にいてやりたいと思ったのだ。


 マントをかけ終えたモニカは膝立ちになり、ティナの上を通り越して俺の首に手を回すとキスをしてきた。突然どうしたんだと思ったが拒否するはずもなく、そのまま受け入れると舌まで入れてきたのでびっくりする。

 なんだかティナに見せつけているような気がしてちょっとした罪悪感を感じたが、妙に積極的なモニカの気が済むまでキスを続けた。


「急にどうしたんだ?」

「あら、妻が愛する旦那様にキスを求めちゃダメなのかしら?」

「そうは言ってないだろ?」


 唇に人差し指を当てる仕草が妙に色っぽく感じたが、何処となくいつものモニカらしくない行動に何かあったのかと心配になった。


「何かあった?」

「ん〜?なんでもないわ」


“何も無い” ではなく “なんでもない” 、つまり何かしらあったけど “教えない” ってことだな。

 夫婦なのだから教えてくれてもいいのにとも思ったが、モニカにも言いたくない事の一つや二つはあるだろう。夫婦だからといって全てを曝け出せなんて言えないし、お互いにプライベートは必要だとも思う。


「そっか、何かあれば遠慮なく言ってくれよ?俺達夫婦なんだからさっ」

「そう、じゃあ遠慮なく言うわ」



──えっ!!言うの!?



 そんなあっさりと教えてもらえるような事だったのかと心配して損した気になったが、モニカはそれほど甘い女ではなかった。


「愛してるわ、ずっと傍にいてね」


 何だよそれと思いつつも、返事の意味を込めて、今度は俺からキスをすると、ニコッ と笑ってくれた。



 視線を感じて首を回せば、寝転がって仰け反り、肘を突いた両手で顔を支えて ジーッ と無表情で見ていたエレナと目が合った。足をパタパタとしている姿が可愛らしい。

 こんな狭いところでイチャイチャしてれば当然目に付くのだろう。モニカとしていたディープなキスを見られていた事に恥ずかしくなってきた。


「サラさん、私達にはしてくれないんですかね?」

「そうよねぇ……モニカだけっていうのは、現場を見てしまった以上、ズルく感じるわね」


 隣で同じ格好をして寝転ぶサラも ジーッ と見ていたので、そう言われてしまっては無視することも出来ず、俺は動けないので手招きすると ニコッ と笑顔で寄ってきて順番にキスを受け取ってくれる。


 あれ?もう一人は?と視線を巡らせると、何が気に入らなかったのか プイッ と横を向いたので「リリィ?」と呼んだが返事が無い。動けない身の上では仕方なく、今は放っておくことにした。


 その隙を狙い不意打ちでモニカがキスをして来たのでびっくりしたが、その俺の顔を見て小悪魔のように悪戯っぽく笑っている。


「あ〜っ、ズルっ子ですっ!サラさんっ、ズルっ子登場ですぅっ!」

「エレナ、しーっ!ティナが起きちゃうわ?」

「へへ〜んっ、妻の特権ですよ〜だっ」

「くぅ〜、レイさん!今すぐ結婚しましょうっ!そうしましょう!!」


いつも賑やかな我が妻と婚約者達だった。

仲がよろしいようで俺は満足です。



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