9.海上バカンス

 カナリッジの港はリーディネで乗せてもらったミョルニル号のような全長五十メートルクラスの大型の船が何隻も停泊しており、世界きっての港町だというのが納得出来る。


 そんな港で一際目を惹くのが俺達が乗り込んだ《ケラウノス号》と呼ばれる見るからに豪華な装飾を施された金持ちがバカンスに使う超大型客船。

 漁船や商船よりも横幅が遥かに広く造られた船体は中央の甲板部分がパーティーも開けるような広場になっており、テーブルや椅子、はたまた日光浴の為のリクライニングチェアーまで置かれていて乗客の為のくつろぎスペースとなっている。


 船首甲板にもここまで広くはないが似たようなスペースが設けられ、一段高くなっている船首にも自由に上がれるようになっている為、心地良い海風を全身で浴びることも出来る。


 普通の帆船であればバウスプリットと呼ばれる長い角のような物が船首から伸びていて、そこからマストへと伸びるロープやら、ロープに張られた帆などがあり、危なくて一般の客が船首に上がることは許されない。

 だがミョルニル号もそうであったように魔導帆船というのは魔力炉という動力源があり、帆船としての象徴と能力の要である帆の数が少なくともそれなりのスピードが出せるように造られているので、船首という一番見晴らしの良い場所を客に解放する事が出来ているのだ。


「奴等、来ますかね?」


 サングラスという太陽光を遮る為に黒色に着色されたガラスの嵌め込まれたメガネを掛け、水着姿でリクライニングチェアーに身を預けて心地良い海風を満喫していると、同じくサングラスに水着姿の大きな男が俺へと影を落とす。

 しかもその男が履いている水着というのが、俺が履いている膝丈のハーフパンツのタイプではなく、女性用の下着のような逆三角形の水着なので股間がもっこりとしていてなかなかに笑える。


 だがケヴィンさんによると今流行りの水着らしく、男の肉体美を魅せるならコレ!と豪語するほどのことはあり、ジェルフォのムキムキの筋肉姿にはとても似合うのだから不思議だ。


「さぁ?どうだろうね。昨日ケヴィンさんがこの船が出港する事を町で広めてくれている。俺達という餌に釣られてくれれば探す手間が省けるけど、それはそれで一先ず置いておいてジェルフォも今を楽しんだらどう?」


 俺が指差すのは、螺旋階段が設けられ、誰でも簡単に登れるようになっているメインマスト。その途中から水平に生える一枚の板の上に立っているはモニカだ。

 中央甲板の真ん中には空間魔法のかかった特殊なプールが設置されており、見た目はごく普通のプールなのにその水深は十メートルもあるという。


 プールの上へと張り出す板にいたモニカは ぴょん と軽くジャンプして飛び降りると、くるくると綺麗に三回転してから小さな水飛沫を上げてプールへ飛び込んだ。


「ぷはぁ〜、あぁ気持ちいい。お兄ちゃんはやらないの?」


 その勢いのままに水中深くを泳いで俺の寛ぐすぐ近くに顔を出し、濡れた髪を掻き上げプールサイドに両手を着くのでカラフルな水着に包まれた形の良いお胸の谷間に目が行ってしまう。



「すっ・けっ・べっ」



 隣で寝そべっていたティナが俺の視線に気が付き耳元でそっと囁くと、プッと笑ったモニカから水が飛んで来て見事に俺の顔に直撃した。


「冷てっ!んだよ〜、自分の嫁さんのおっぱい見てただけだろ?文句言われる謂れは無いぞ?」


「あらあらぁ〜?じゃあ私のは見たら駄目よねぇ?」


 反射的に振り向いた先にはツバの長い白い帽子を被ぶり、肌が透けるような薄手の生地で作られた羽織りの白いパーカーを着た黒いビキニ姿のイルゼさん。

 今朝までは四十歳という風格のある上品な貴婦人というイメージだったのに、二十代でも通るのではと思えるほどの抜群のプロポーションはあまりにも若々しい。


 本人も自信があるのか、片手はくびれた腰に、もう片手は帽子のツバに手を置いてその姿を大いに自慢してくるので目のやり場に困る。するとどうだろう、その隣にいたケヴィンさんが『俺の嫁はどうだ!』みたいなドヤ顔でニヤニヤと自慢げに笑っていた。


「イルゼちゃんの胸、大きいよね?何食べたらこんなになるの?」


 ケヴィンさんとは反対側から忍び寄った、イルゼさんとは対照的に白いビキニを纏ったアリシアは、女性同士だからなのか遠慮の欠片もなく豊満な胸を下から持ち上げ弄び始める。


「こらっ、アリシア、いくら女同士だからって男の見てる前でそれは止めなさいっ」


「あら、レイ君は身内だもの、構わないわよ?」


 せっかく止めに入ってくれたライナーツさんを制してボール遊びでもするようにポヨポヨと胸を触り続けるアリシアの頭を撫でると「レイ君も触ってみる?」などと言い出すので「それはダメ」と、今度はケヴィンさんが止めに入ってくれた。



「いぃぃぃいぃ〜っ!やぁぁぁああぁぁあぁっ!!」



 頭上から少女の叫び声が聞こえるので何事かと見上げたのだが、心配して損をした気分だ。

 背後からエレナに抱きかかえられたセリーナがマストの間を飛び回っている、ただそれだけだった。



「きゃーーーーっ!ぉかぁさまぁぁぁっ!たぁすけてぇえぇぇえぇ〜っ!?」



「セリーナぁ!楽しそうねーっ!後で代わってねぇーっ!!」


 我が子の助けを求める声がどう聞こえているのか疑問を感じるが、にこやかに微笑みながら大きく手を振る姿に唖然としつつも柔軟な頭の人で良かったと少しホッとしたのだが、ケヴィンさんは娘が心配なのか苦笑いしている。



「いやぁぁぁぁぁっっ!」

ドボーーーンッ!!



 メインマストの頂上付近からプールへ向けて急降下すると途中でセリーナを ポイっ と放し、自分は水面スレスレをにこやかな顔で飛んで来て俺の座る横へとダイブするので椅子が悲鳴をあげている。


「あんなもんで良いですかね?」


 後で飲もうとすぐ横のテーブルに置いておいた、カットされたオレンジがグラスに刺さしてある水色のシュワシュワする飲み物に口を付けると、眩しいほどの原色黄色の生地で作られたホルターネックの水着に包まれた胸を突き出し一息で半分も飲みやがった。


「えぇ、もっとどんどんやっちゃって頂戴。多少なら怪我しても構わないわよ」


「イルゼ、それはやり過ぎ……」


 ケヴィンさんがボソリと呟くものの聞く耳持たずといった感じで無視を決め込むと、彼女が隣のリクライニングチェアーに腰を降ろしたタイミングで銀のお盆を持った赤と黒の水着姿のコレットさんがやって来る。

 前回同様にワンピースの癖にビキニより布地が少ないセクシーな水着なのはコレットさんの趣味なのだろうか。


「そろそろ昼食など如何ですか?」


「あっ、食べる食べるっ!」

「私もお腹空いてきたところなのよね〜」

「凄い量のサンドイッチね、まさかコレットが一人で作ってないわよね?」

「おかわりもありますし、ここの専属の者がもうすぐ飲み物も持って来てくれるそうですよ」

「コレットさん、エールってあった?たまには飲みたいんだよね」

「おぉっ、レイ殿。私もワインよりエールの方が好きなのでお付き合いしますぞ?」


 みんなが寄って集ってサンドイッチに群がり始めた時 ジャバジャバ という水の音で注目を集めると、恨めしそうな目で俺達を見るセリーナがプールから顔を覗かせていた。


「ちょっと……私を忘れてませんか?」


「ごめんっ!忘れてた」


 サンドイッチ片手に慌てて近寄りプールサイドから手を伸ばしたのは、白のレース紐が縁取りをする紺色に白い水玉模様の入ったビキニ姿の女の子。茶色い髪を活発そうな印象を与えるショートヘアで整え、耳の上辺りで結んだ少しの髪を細い三つ編みにしてアクセントにしている可愛い感じの子だ。

 まだ成長しきっていない年相応に少しぽっちゃりとした身体付きのカンナはセリーナと同い年の幼馴染で親友なのだという。


 本日、サザーランド家で貸切にしたケラウノス号には俺達の他にケヴィンさんのごく親しい商人の家族が二組乗っており、その一家族がカンナの両親でケヴィンさんとは子供の頃から付き合いがあるらしい。


「カンナまで忘れるとかどういう事よ……どうせ私はいつも部屋に篭りっきりの存在感薄き人間ですよぉ〜だっ」

「あら、自覚あったの?それならイルゼおば様の仰る通り、たまには私とも遊びなさいよ。あんまり放ったらかしにすると、友達の縁切るわよ?」

「わかった、わかった、わかりましたぁ。私が悪ぅございましたっ!」


 きちんとわかり合っているだろう漫才のようなやりとりは彼女達の仲の良さを物語るものであり、“引き篭もっている” と言っていたセリーナにも人並みの友人がおり、他人と密接する商売人という職に就きたいという彼女の夢が思ったほど難しいモノではなさそうで少しだけ安心した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る