10.襲撃

「エレナさん、私も空を飛んでみたいです」


 セリーナより積極的なカンナはエレナに連れられ大空へと舞い上がる。

 垂直急上昇からのスパイラル急降下、マストに張り巡らされた狭いロープの輪くぐりなどキャッキャと楽しそうな声を上げるものだから調子に乗って船の上を飛び回ると、最後は二人仲良く大きな水飛沫を上げてプールへとダイブした。


「ぷふぁ〜っ!レイさん、レイさんっ、待ち人が来たみたいですよ?遠くに黒い帆の船が見えました」


「おっ!マジで!?」

「本当に来たの!?」

「案外簡単に釣れたね」


 さかさず『抱っこ!』と手を伸ばしたピンク地に白の水玉模様のビキニを着た雪を抱えエレナに続いてみんなでドタドタと船縁へ向かうと、アレが本当に見えるのかと疑いたくなるほど目を凝らさないと見えないほど遥か向こうに小さな船らしき影がポツンと見える。


「お客さんが現れたんだって?」


 息を切らしながら遅れてやって来たケヴィンさん以下、カンナを含むサザーランド一家と、更に一歩遅れてケラウノス号の乗組員達も気が付いたようで、俺達の寄り掛かかる船体左舷にぞろぞろと集まってくるので心なしか船が傾いているような気になった。


「あれあれ?なんか方向変えてませんか?」


 真っ直ぐ向かってくる船をケラウノス号に乗るほぼ全ての人が見守る中、それが海賊船だと認識出来るような距離まで近付いた頃、急に船の腹を見せて回頭を始めてしまう。


「もしかして護衛の冒険者がいるのに気付かれたかな?」


「俺?」と自分を指差してみるが、俺達は何もしていない上にそんなこと言っても今更だ。


「モニカ、足止め出来るか?」


 自信に満ちた笑みを浮かべ「雪ちゃんっ!」と呼べば、俺の腕からピョンッと飛び出し青い光の粒子となった雪はモニカの抜き放ったシュレーゼへと吸い込まれて行く。

 その様子に驚いた俺達以外の人の注目が集まる中、透明だった刀身が青へと変わると眩いばかりの光が溢れ出し膨大な量の水の魔力が解き放たれた。


「相変わらずモニカの水魔法は凄いわね」


 サラの呟き通り、凄いを通り越して凄まじいまでの水の魔力。ケラウノス号の周囲の海面に浸透し海面そのものを支配すると、海なのにも関わらず波一つ立たない無風の湖のように穏やかになる。


 見えないウェーバーが走って行くかのように、魔力の波が海面を突き進み海賊船へと向かい真っ直ぐに伸びて行く。出来上がったのは波の立たない道のようなモノ。

 ものの一分足らずで目標まで到達すると海賊船付近の海面をも支配し、逃げ帰ろうとする動きを封じたところで二隻が引かれ合うようにゆっくりと距離を詰め始める。


「よし、じゃあ一足先に向こうに行ってるから、ゆっくり来てくれ。エレナっ」


「はいは〜い」と軽く返事をしたエレナが宙に浮いたのを確認した後、なんの前触れも無しに近くにいたセリーナの手を取ってやったので驚いた顔を向けてくる。


「社会見学だ、行くぞ?」

「冗談、ですよね!?」


 頬が引き攣り明らかに嫌そうな顔で言葉を絞り出すと、それとは正反対のワクワクした笑みを浮かべたカンナがここぞとばかりに飛び付いてくる。


「レイさんっ!私も一緒に行きたいです!」



「「カンナ!?」」



 事態を把握した両親が慌てて止めに来ようとするが、当の本人はにこやかな笑顔を向け続けて「いいでしょ?」と訴えてくるので物怖じしない子だなぁと思いつつ二人の肩に手を回すと風の魔力を纏わせ空へと舞い上がった。



△▽



 空の散歩はゆったり二分程、怖がり、目を瞑ってしがみ付くセリーナと、楽しそうに目を輝かせてしがみ付くカンナを見てなかなかの凸凹コンビだなと微笑みを浮かべていると目標である海賊船へと到着する。


 消えかかる文字で《ドーファン》と書かれた黒塗りの船。全長はケラウノス号より短く三十メートル程だが、風をより多く受ける為か、空へと伸びる三本の高いマストに張られた真っ黒い帆は船体よりも大きく感じる程に何枚も張り巡らされ、それを操る為のロープが其処彼処に垂れ下がっている。


 先に着いていたエレナは通常サイズに戻したフォランツェの柄を甲板に突いた状態で、お揃いの赤いバンダナを頭に巻いた厳つい顔の男達に剣や槍を突き付けられていたので、そのすぐ横に降り立つと流石のカンナも頬を引攣らせた。


「あ、レイさん」


 ごく普通の仕草で俺へと視線を移してくるエレナは、これだけの武装した男達に囲まれても普段と変わらないにこやかな笑顔。俺の連れる二人の少女に対して『何故ここに?』と首を傾げる余裕すらあるほどだ。


「お前達は海賊団リベルタラムズで間違いないよな?」


 ざっと見でここにいるだけでも五十人程、船内や他の場所にもまだいるかもしれないが、例え百人居ても邪魔なだけでそう変わりはないだろう。


 動かず答えずの海賊達の中央を掻き分けて現れたのは赤いバンダナに黒い虎縞模様の入った中ボスチックな細マッチョ。

 シミターと呼ばれる剣幅が手のひら程と剣にしては広めの三日月型をした片刃刀を抜き身で携え、鼻と口を覆う黒い逆三角形の布とバンダナとの間から見えるギラギラした目は悪人そのものと言った感じで少女二人を更に震え上がらせる。


「あっしは現在この船の副船長をまかされてやすテツと申しやす。兄さんの指摘通りこの船は我等リベルタラムズの海賊船、そして当然この船に乗るのは海賊団の野郎連中にございやす。

 空が飛べるほどの魔法を操るお二人さんは、子供連れで海賊船の観光でございやしょうか?」


 取り囲むだけで全く動きの無かった海賊共にニヤニヤとした笑みが浮かび下品な笑いが漏れ出すと、そろそろ我慢の限界なのか、セリーナもカンナも震えながら顔を背けて力一杯しがみ付いているので一先ず恐怖を緩和してやらなくてはならない。


 水の魔力に火の魔力を加えて温度を調整すれば氷を作ることなど簡単に出来る。


「一瞬だぞ?怖くても大丈夫だからよく見とけよ」


 二人に小声で伝えると、恐る恐る視線を上げたタイミングで俺達四人と海賊達の間に豆粒ほどの氷が無数に浮かび上がる。


『何だ?』と訝しげな顔をでソレを見る海賊共に向かって解き放てば、其処彼処で小さな悲鳴が上がると同時に手に持っていた筈の武器がガシャガシャと音を立てて甲板を叩き始めた。


「ぐぅぅ……」

「いってぇ〜〜っ!」

「んだよ、これ!」

「ぁいたたたたたたっ」


 手や身体の一部を押さえて一斉に蹲った海賊に何が起こったのか理解出来なかった二人は、先程まで怖くて震えていたことも忘れてしまったかのようにポカンと口を開けて唖然としている。


「やってくれやすね、兄さん」


 唯一立っている副船長が殺気立ち、ヤル気満々で一歩を踏み出そうとしたとき、メインマストの立つ一段高い場所から鋭い声が降る。


「待ちなっ!あんたじゃ敵いっこない相手だと分かっているだろ?これはアタイの仕事だよっ」



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