26.ワールドオブリリィ⑤ねがい
綺麗な星空の下、王都にあるカミーノ家別邸の広い庭に座り空を見上げるレイが居た。
占い師に言われた事が気になってしまい、ごく普通の “話しかける” という行為にすら高鳴りをみせる鼓動。木の影に身を寄せて心を落ち着かせようと深呼吸を繰り返すうちに、迷いなく足を進めた者に呆気なく先を越されてしまう。
ティナと二人で寄り添う姿を闇に紛れて眺めていれば『いいなぁ』なんて思っている自分がいる事に気が付く。やっぱり私もレイを求めているのだろうか?それとも占いというものに焚きつけられているだけなのだろうか?
すると大胆にも良い雰囲気の二人に コソコソ と近付く頭に長い耳の生えた女の姿。空気を詠まない彼女の行動には呆れたが、その胆力だけは羨ましくも思える。
ティナとキスをするのが遠目にも分かり ズキンッ と一際大きな衝撃が私を襲った。
目眩を感じるほどの突然の不調だったけど、二人がキスしているのを羨ましそうに間近でジッと眺めるエレナの様子に笑いが溢れて少しだけ気が紛れた。
三人でわちゃわちゃし始めたかと思いきや、仲良く団子になって収まりをみせた。そんな二人を羨ましくも思うが、やっぱり私はレイの恋人にはなれないんじゃないのかと暗い考えが重くのし掛かる。
ティナという大きなライバルが居て、更にエレナという特攻隊員がその隙を伺っている。
それに加えて女の私から見ても超がつく程の美人であるユリ姉までもがレイを狙ってる。スタイルが良く、性格もみんなを包み込んでくれるようなほんわかな人。ギルドで大人気なのも納得の人だ……私なんかが敵うはずがない。
イライラと、そしてモヤモヤとした心の全てをぶちまけてやりたい気持ちで肺に溜まった空気の全部を溜息に変えて吐き出し、二人の間に潜り込んだエレナを羨ましく思いながらも部屋へと足を向けた。
レイとユリ姉で村までお使いに行っていた筈なのに、二人はルミアに連れられて帰ってきた。
「フォルテア村は魔族にやられて壊滅した。みんな死んでしまったよ」
深刻そうな顔で話し始めたレイの口から漏れたのは衝撃的な事実。
死んでしまったってどういうこと?ついこの間行ったばかりじゃない。みんな楽しそうにお酒を呑んで騒いでたじゃない。お母さんだっていつも通り元気だったわ、それが……みんな死んだ?
意味が解らない。魔族に殺られた?なんで?どうして?そんな理不尽な事があるの?
「俺はユリアーネを生涯の伴侶にすると決めた」
なぜ?どうしてよ?あんなに仲が良かったティナでもなければ、あんなに積極的にアタックしてたエレナでもない。
──どうしてユリ姉なの!?
たまたまヤっちゃったから?その責任でも取るつもり?そんなのユリ姉が仕掛けたことじゃない!
じゃあ私はどうなるの?私のこの気持ちはどうすればいいの?唯一の家族であるお母さんが死んで、帰るべき村も無くなった。
アルはクロエと結ばれたらしいし、私が好きだと思い始めたレイはユリ姉に取られてしまった。
──私は一人ぼっちになってしまった
「リリィ、大丈夫か?」
ベッドで泣いていた私の元に来て優しく頭を撫でてくれるレイ。
本当は来て欲しくなかった。私を選んでくれなかったレイには今は会いたくなかった。
お母さんを失って、レイにも見放され、一人ぼっちになったイライラをぶつける私をいつになく優しく抱き寄せてくれる。それに甘えてそのままレイの膝の上に転がり込んだ。
暖かかった。とても居心地が良かった。このままずっとこうしていたいと思ったが、少しすればこの人はユリ姉の元へと帰って行くだろう。
──もう、全てがどうでもよく思えてきた
冒険者になったのはフォルテア村の助けがしたかったから。お母さんや、レイやアルの家族、村のみんなが今以上に笑って暮らせるようにしたかったから……なのに、そのみんなはもう居ない。
私の生きる目標が無くなってしまったのだ。存在意義が消えてしまったのだ。
「何もかも忘れらるようメチャクチャに抱いて欲しい」
なけなしの願いですら無情にも「無理」と呆気なく断られた私の気持ちなど彼は知ることはないだろう。けど、それも仕方のないこと。
何故ならば彼は私のものではなく、私はただ近くにいるだけの幼馴染。自分の意にそぐわぬ無理なお願いを聞いてやる理由などありはしないのだ。
レイが出て行き部屋の扉が閉められると真っ暗闇の中に一人きりになった。
──まるで私の心のようね
食事の時に顔を合わせるレイは活き活きとしていた。仲睦まじくしている二人を見ていると『何故あそこにいるのは私じゃないの?』などと考えている自分に気が付き、人の幸せを願ってあげられない事に苛々が増す。
ユリ姉と二人、剣の鍛錬をしている音も部屋の窓から聞こえてくる。私は一人、ただボーッとそこに存在しているだけ。
──私って、必要?
先生は師匠と、アルはサマンサと、レイはユリ姉と。唯一のボッチ仲間であるエレナは気にした様子もなく今まで通りレイにアタックしてるけど、私はあの子のようにはなれないわ。
剣の練習?してどうするの?何の為に強くなるの?
魔法?何に使うのか分からない。
私は何をすれば良いの?
何故……生きてるの?
誰にも必要とされず、なんの目標もない。他の生き物の命を喰らい只そこに存在するだけの害獣……あぁそうか、私って害獣なんだ。
そのうち誰かに討伐されるんだ。
それなら早く討伐してくれないかなぁ……
机の上に置きっ放しになっていた愛剣を見つけると無意識に手に取り抜いていた。細い刀身に写るのは酷い顔の私、髪はボサボサで肌の色も青白い。エレナが夜中に浄化の魔法をかけに来てくれているがお風呂にもしばらく入っていない。
──私という害獣を誰も討伐に来てくれないのは、討伐する価値も無いから……かな
笑いが込み上げてくる。掃除する価値もないゴミ、か。
誰も討伐に来ないのなら自分で討伐すれば良いだけのこと。そうだっ、そうしましょう!
両手で剣を逆手に持ち、切先を喉元に当てると手が震えていた。
あはっ、怖いんだ。存在することが何の意味も持たない私でも、消えて無くなるのは怖いと思うのね。
「何してるんですかっ!!」
動かす勇気のなかった刀身に誰かの手が掴みかかる。そんな事をすれば血が流れるのは必然、赤い液体が伝い落ちてくるのを目の当たりにしてようやくそれがエレナだと気付いた。
奪い取られた短剣。次の瞬間、目の前には初めて目にする彼女の怒った顔。
「馬鹿な事は止めて下さい!リリィさんが居なくなって嬉しがる人なんて居ません。みんな悲しくて泣いてしまいますよ?リリィさんはみんなを悲しませたいのですか?違いますよね。ただ少しだけ……家族や村の人を亡くしたから少しだけ寂しく思ってるだけですよね?
それはレイさんやアルさんも同じ気持ちの筈です。それなのにリリィさんまで居なくなったら、残されたレイさんやアルさんはもっと悲しみますよっ。リリィさんはお母さんや村のみんなの分まで生きて、幸せになる義務があるんです。
だから早く元気な元のリリィさんに戻って下さい。それで私と一緒にレイさん攻略に乗り出しましょう!ユリ姐さん一人だけ幸せなんてダメなんですっ!
ね? 約束ですよ?」
言いたいことだけ言うと剣を持って出て行った……けれどエレナは私の力を侮ってる。
簡単なイメージと少しの魔力さえあれば結界魔法で作られた透明な剣が形を成す。
再び喉元へと剣先を突き付けたとき『レイさんが悲しみます』そう言ったエレナの言葉が頭の中に何度も響く。
小刻みに震えるくせにそれ以上は動こうとしない自分の手を見ていると心の奥底では死にたくないと思っているのが分かり、その滑稽さに笑いが込み上げてきた。
なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまい剣を消せば、頬を伝う冷たい感触がする。手を当てるとそれは一筋の涙だった。
本心ではしたくなかった自殺を思い留まった事に対する安堵なのか何なのかよく分からなかったが、まだ私は泣くことが出来るんだと害獣では無い人間らしさに少しだけ嬉しくも思えた。
「ユリアーネは魔族に殺された。レイも行方不明になってな、今ギルドの方で探してもらっとる最中じゃ。なぁにアイツの事だ、しばらくしたらヒョッコリ戻ってくるじゃろて、安心して待つといい」
──ユリ姉が殺された?また魔族!?
魔族って一体何様なの?そんなに偉いの?だから私達人間を面白半分に殺して回るの?
レイも行方不明ってどういう事?レイは無事なの?生きてるの?
台所で話を聞いた私は、それだけで気分が悪くなってしまいそのまま倒れて意識を失ったらしい。
気が付いた時にはベッドに寝かされ、額に置かれた濡れタオルを変えてくれるエレナの姿があった。
「あ、やっと気が付きましたね。気分はどうですか?どこも痛いところはないですよね?
ユリ姐さんの事は残念です。せっかくこれから一緒にレイさんを愛して行こうと思ってたのに居なくなってしまうなんて……。魔族さん、許せませんね。きっと全ての魔族の方が悪い人ばかりではないのでしょうけど、それでも恨む気持ちを持ってしまうのは私だけでしょうか?
いけませんね、こんな暗い気持ち。後ろ向きな気持ちでは幸せが逃げてしまいます。
あ、良い事もあったんですよ。レイさんなんですけど無事みたいです。今朝ギルドから連絡があって何処か遠い所のギルドからレイさんのお手紙が届いたそうです。
それが可笑しくってですね、手紙が届いたのはいいんですけどレイさんの字が汚くて読めないってみんなして大騒動してたんですよ!可笑しいですよねっ!あ、ここ笑う所ですよ、ほら笑って笑って!
それでしばらくしたら帰るという事しか分からなかったんですけど、元気そうで何よりですよね。だからリリィさんも早く元気にならないとレイさんが帰ってきた時に笑われてしまいますよ?」
明るいエレナの様子に少しだけ心が和んだ。
レイは無事……遠いところなら帰ってくるのに時間がかかるかもしれないけど、きっとココに帰ってくる。だってココこそが彼の家なのだから。
「レイ……」
エレナの真似をして頑張って笑ってみた。笑うという行為が意識しないと出来なくなっている事に気が付くと悲しくなる。せっかく死ぬのを止めにしたというのに自分の意思とは裏腹に心はどんどん弱くなっていく。
「あ、久しぶりに笑いましたね!その調子ですよっ。笑っていればきっと良いことあります、これ私の教訓なんですよ?実際にほら私なんて奴隷で人生終わりだーって思ってたのに、今はこんなところで自由奔放に生きられてます。
いいですか?リリィさんも少しずつでいいんです。最初は辛いかもしれませんが頑張って笑いましょう!そしたらきっと良い事が集まってきますよ!」
エレナの励ましに応えようともう一度頑張って笑ってみた。それを見てエレナが笑い返してくれる。ただそれだけで私にはとても嬉しい事に思えた。
──でも一人になるとやっぱりダメみたい
夢に見るのは実際には見てない筈なのに、フォルテア村が燃えてみんなが悪魔みたいに卑しい笑いを浮かべた魔族に惨殺されて行く光景。私はそこに居てそれを見てるのに、助けることはおろか、動く事も、声を上げることすら出来ずに、ただみんなが殺されて行くのを黙って見ているだけ。
涙ながらに目が覚めても私一人きりの暗い部屋、他には誰も居ない……もしかしたら私という存在も既に無くなっているのではないかとさえ思えるくらい時が止まったかのように何も動かない無音の空間。不安になり自分の手を見ると、骨だけになった手の幻覚まで見えたりして自分を見ることですら怖くなってしまった。
ただひたすら恐怖に怯えて誰かが助けてくれるのを待つだけの哀れな存在。
時折目が覚めている時にエレナが来てくれると心が癒される感じはするけど、エレナだってこんな私の側にはずっとは居てくれない。
寝てても恐怖、起きてても恐怖。せっかく頑張って生きようと思ったのに私の心はそうはさせてくれない。
お願い、誰か……誰か私を助けて。……レイ、早く帰って来て……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます