27.ワールドオブリリィ⑥拒絶
「お願い、誰か私を助けて……レイ、早く帰って来て……」
悲痛な声が聞こえると同時に全ての思い出の心象風景が消え、ただの黒い鏡のトンネルに成り変わった。
長い長い記憶の回廊。リリィの思い出を覗き見て秘めていた想いを知ってしまった俺は、やはり人の心など見てはならないものだと思えた。
気持ちを伝える気があったのか無かったのかは聞いてみないと分からない。しかし、その選択の自由を奪い去ったという事実が重くのし掛かってくる。
だがそれでもリリィが想ってくれていたのだと知れとても嬉しく思う自分がいると同時、彼女を一人きりに追いやった罪の意識も感じていた。
──俺がリリィをこんな風にした
そんな考えに至ったとき、地面に足が着く感覚がしたと同時に ビシッ! という嫌な音と共に視界を埋め尽くす黒い鏡に大きなヒビが入った。
間髪入れずにビキビキ、ミシミシと聞こえ始める耳触りな音の連続。枝分かれするように走り始めた細かなヒビが全面を埋め尽くかの如く陣地を拡げ始める。
──崩れる!?
このまま全てが割れ、大量の鏡の破片が崩れ落ちて来たとしたら……多分、俺は死ぬだろう。
考えてるうちに細かな欠片が降り始め、全てが壊れるのも時間の問題。前後左右の全てを囲まれた完全なる袋小路には逃げ場などは無く、魔法も使えない現状。焦りが加速する頭では対処法などまるで浮かばなかった。
ミシッ!
遂に耐えきれなくなった黒い鏡が一斉に砕け散ってしまう。唖然と見上げれば、大小様々な破片が雨のように俺達を目掛けて降って来ている。
──もうダメか!!!
これも人の心を覗き見た罰なのかと、サラを胸に押し付け背中を丸めて『せめてサラだけでも!』と祈りつつ、降り注ぐであろうガラスの雨の衝撃を想像して身を固くした……が、背中を襲うだろう苛烈な痛みは待てど暮らせど一向にやって来ないではないか。
「ありゃ?」
床に伏せたままで恐る恐る目を開けると、鏡の破片はおろか何も存在しないただただ真っ暗な闇の中に俺とサラだけがポツンと居た。
「助かった……のか?まじで死ぬかと思った……ここで死ぬと追い出されて自分の体に戻されるのか?」
「いやいやお兄さん、そんなに甘くないですよ。今の私達は言わば精神体。精神、つまり心が死ねば……?」
「肉体も死ぬって事か。つまり死んだら駄目ってことなのね……早く言えよ!!!」
「…………えへっ♪」
「えへっ……じゃねぇだろっ!丸裸にしてお仕置きしてやろうか!?」
「いやーっ!変態っ!衛兵さーーんっ!!」
「ここにはそんなのいねーよ!さぁっ、反省して謝るのか、お仕置きされるのか、選ばせてやろうっ」
「ごめーんちゃいっ♡」
「お仕置き決定!」
「えぇっ!謝ったのにっ、私謝ったのにぃ!」
「反省が足りんっ」
「最初からお仕置きがしたかっただけじゃないっ!やっぱり変態だっ、いやーーっ!えっち!スケベ!変態〜ぃっ!!」
無事だった事にホッとして夫婦漫才などしてイチャイチャしていると、こちらを見ている視線を感じて二人して固まる。
恐る恐る視線を向けた先には、記憶の回廊に落ちる前に会った幼き姿のリリィ。あまり見たことのない感情の無い彼女の顔は暗闇の中で少し不気味にも思えた。
「リリィ……」
明らかに彼女からの視線を感じるにも関わらず、名前を呼ばれて初めて気が付いたようにハッするとようやく感情が宿る。
「リリィ、君を迎えに来た、心配かけてすまない。これからはずっと俺が君の側にいると誓うよ。だから……帰ろう」
「レイシュアなの……?レイ?レイなの!?」
花が咲いたように表情が明るくなり、いつものリリィの顔になる。
小さな体にも関わらず全力で走って来たのだが、そのまま俺の胸に飛び込んでくれると思いきやそうは行かなかった。
「その人……誰?」
突然走るのを止めたリリィ。見開いた目が突き刺す視線の先は俺の顔ではなく胸、そこにいるのは手に乗る小さな天使姿のサラだった。
せっかくリリィが心を開いてくれたのにこれは不味いかもしれない……。
「彼女はサラだ、リリィを迎えに来るのを手伝ってくれたんだよ。大丈夫だから一緒に帰ろう?」
「いや……嫌っ、嫌ーーーっ!!!」
差し出した手から逃げるように、今にも泣き出しそうな顔で大きく首を横に振りながら少しずつ後退る。そして両手で顔を押さえて蹲ると、癇癪を起こして泣き出してしまった。
慌てて駆け寄り覗き込んだと同時、少女とはとても思えない強い力で突き飛ばされる。
「どうして!?どうしてよっ!!私を迎えに来てくれたんじゃないの?私を選んでくれたんじゃないの?また……また他の女の所に行ってしまうの?私はいつになったら幸せになれるの?ねぇ、いつなのよ!!
ユリ姉が死んで少し嬉しく思ってる自分がいた!私は最低よっ!!
今度は私の番じゃないかって嬉しく思ったのに!ティナでもないっ、エレナでもないっ……私でもない!!その女は何っ?誰なの!?
レイは私の事が嫌いなの?いつになったら私の事を見てくれるのよっ!!どうして次から次へと他の女が現れるの!?私は……私は生まれた時からずっと貴方と一緒なのに、どうして私の番は来ないの?
私が選ばれる事は……無いの?
フォルテア村も無くなりお母さんも居なくなった。沢山の可愛い女の子に囲まれるレイも、私を必要としないわ……誰も私を必要としない、私なんか居ても居なくても一緒だもんね。
じゃあ私はもう要らない人よ……ね?
要らないのなら消してよ……要らないのなら殺してよっ!!
私を殺してよ!レイ!!!!」
立ち上がり涙を流しながら胸に秘めていた想いをぶちまける、そんな姿を見せられればもっと早くに気付いてあげられたならと自責の念が俺の心に重くのし掛かる。
だが今は後悔する時ではない、リリィを助けないと!
「リリィ!聞いてくれっ。君を迎えに来たと言っただろ?リリィが必要なんだ!傍に居て欲しいんだ!だから、一緒に帰ろう?」
「うそ、ウソ、嘘!そんなの嘘よ!私は騙されないわっ!もうそんな嘘は要らない、少し優しいとこ見せれば私が言うこと聞くとでも思ってるの!?アンタもアルみたいに私を都合の良い女にしようとしてるっ!
最低よっ!アンタ最低よ!!
最低……?あぁ、私と同じだね……仲間、だね。
でも私は仲間の筈なのに独りぼっちの要らない子。寂しい……な。
もう寂しいのは嫌、独りぼっちも嫌、いやっ、いやっ、いや!何もかもがもう嫌なのっ!!
私を殺してくれないの?ねぇ、どうして?殺す価値もないから?
そうよね、こんなゴミ以下の女をわざわざ殺したくなんてないわよね……我儘言ってごめんなさい……生きてて、ごめんなさい……」
逃げるように走り出したリリィ、どう説得すれば良いのか分からないがこのまま姿を見失うのは不味いと慌てて後を追う。
「来ないで……追いかけて来ないでっ!」
「待てってば!俺の話を聞けよ!!」
「来ないでって言ってるで、しょっ!」
振り向きざまに何かを飛ばしてきやがった……あれは、魔法?
当たったら駄目だと本能的に感じて咄嗟に転がり避ければ、俺達を通り越して行ったかと思いきや派手な音と共に強烈な爆風が背後からやって来る。
「うぇ!?」
「ひゃっ!」
思わず振り向けば暗闇に膨れ上がる巨大な炎。背筋を冷や汗が流れるのを感じながら唖然としていれば、その隙にリリィは走って行ってしまう。
いかんと気を取り直し慌てて追いかけるものの、こっちは魔法が使えないのに向こうは平然と使ってくる。しかも当たろうものなら即死亡確定な状況にどうしたもんかと頭を悩ませながらも足だけは動かし幼いリリィを追いかけ続けた。
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