25.ワールドオブリリィ④揺れ動く心

 私の頭に迫る木剣に『ぶつかる!』と緊張が走り集中力が増す。

 咄嗟に両手が上がり持っていた二つの木剣を交差させた瞬間、三つの木剣がぶつかり合い、なんとか頭に当たるのは避けられたものの勢いを殺す事までは出来ずに背後に飛ばされた。


「キャッ!」


 思わず悲鳴が口を突いた事に後悔しながらもお尻を地面に打ち付けた痛みが全身に響く。木剣を打ち込んだ張本人を睨みつけると木剣を肩に預けて得意げに笑っていた。


「おいっレイ、少しは加減ってものをしろよ。怪我でもしたら特訓禁止にされるぞ?分かってるのか?」


 差し伸べられたアルの手を取り立ち上がると、まだジンジンと痛みを訴えるお尻に着いた埃を払い除ける。


「大丈夫か?」


 私を心配して優しく覗き込んでくる紫紺の瞳に笑顔を返すと「大丈夫よ、ありがとう」と笑顔で告げた。


「リリィならアレくらい防げるさ、なぁ?

だいたいそんなこと言ってたら練習にならないだろ?俺達三人で強くなるって約束したじゃないか。多少の怪我なら仕方ないさ」


「そうじゃないだろ! もちろん強くはなってやるさ、村のみんながもっと楽に生きられるように金を稼ぐんだろ?それは賛成だが、それとこれとは話しが違う!リリィの綺麗な顔に傷が付いたらどうするつもりだったんだ?お前が責任を取るのかよっ」


 アルはいつも私に優しい。無茶をするレイに怒り私を庇ってくれることもしばしばあった。

 けれどレイは反省する事もなく同じ事を繰り返す始末。レイももう少しアルのように大人になってくれれば良いのになぁなどと思ったりもした。





 夕暮れに染まるフォルテア村、その全てが見渡せる村一番の眺めの良い丘に座りぼんやりしていると、夕飯の支度をしているのか、家々の煙突からは煙が登り始めていた。本当は帰って女手一つの母の手伝いをしなければならないのだが、ちょっとそんな気分にはなれず気分転換にと風に吹かれたくてココに来ていた。


 少し冷たく感じるが心地の良いそよ風が吹き抜け髪を揺らして行く。

 私はこの場所が好きだ。何か嫌な事があったり落ち込んだりすると必ずココに来てこうして村を眺めていると、何故か分からないけど心が落ち着いてくる。


「なんだ、先客かよ。ここは俺の場所だぞ?」


 黒髪の少年は無遠慮に私の横に腰を下ろすと、私と同じく村を眺めて動かなくなる。


 俺の場所なんて偉そうな事を言うけれど、別にそんな決まりがある訳でもないし名前が書いてある訳でもない。

 この人はいつもこうだ。自分勝手と言うか我儘と言うか……もうすぐ十歳、村を出て人の多い町に行くのだから他人の気持ちを考えて行動出来ないと上手くコミュニケーションが取れなくて困るのにと思うのだが、村の大人達とは上手くやっているのを見ると意外と大丈夫なのかも知れないとも思う。


 レイは不思議な人だ。アルのように気を遣って優しく接してくれる訳ではない。それでも私達三人が仲良くやって来れているのは、彼には不思議と人を引き寄せる力のようなモノがあるからじゃないかと時々思うこともある。


「ここは私の場所よ?ほら、名前書いておくわ」


 すぐ側に落ちていた小枝を拾い地面に自分の名前を書き込んであげた。これで文句はないでしょう?


「ばーか、そんなもの無くてもここは俺の場所って決まってるんだよ。でも、仕方がないからお前にも貸してやるよ。ありがたく使うが良い、ハッハッハッ」


「何よそれ、アンタの方が馬鹿じゃない」


 何の真似か分からなかったけどお馬鹿な様子に顔が綻んだ。

 するとふと気が付くことがある、心のモヤモヤが何処かに行ってしまっているのだ。そんなに大した事を気にしていたわけではなかったが、少し言葉を交わしただけで私の心はリフレッシュされてしまった。


「ばーかっ」

「はぁ?なんだよ、何回もいうな馬鹿」

「うるさいわね、馬鹿なんだから分かるまで何回も言うわよ、ばーかっ」

「何だとっ!馬鹿って言ったお前が馬鹿なんだよっ!」

「先に馬鹿って言ったのはレイじゃない、ばーかっ」

「うっせっ!ばーかっ、ばーかっ、ばーかっ」


「くっだらない言い合いしたら疲れたわ、今日のところは私が退いてあげる。感謝しなさい?じゃあねっ」


 この人はいつもこうだ。優しく言葉をくれる訳でもないのに私に元気をくれる。


 立ち上がると家に帰ろうと歩き始めた。振り返ればさっきの私のように村を眺めてボーっとするレイの姿『また明日ね』心の中でそう告げると無意識に口から言葉が漏れた。


「ばか」


 自分でもハッとしたが聞こえなかったのか、あるいは聞こえないフリをしているのか、レイが振り返る様子はなかったので何事も無かったかのようにそのまま家路についた。





「美味しいっ!!」


 串に刺さっている甘いタレの肉を頬張ればこの上ない幸せが込み上げてくる。

 それを噛み締めれば肉の旨味と一緒に少し ピリピリ とした辛味がする、甘辛い、なんとも素敵な食べ物。こんな物、村では食べたことが無かった。


「おい、付いてるぞ」


 呆れた顔だが優しい表情かおをしたレイが手にするハンカチで口の周りに付いたタレを丁寧に拭いてくれる。私の事を気に掛けてくれることに嬉しくなり、その時ばかりは口を動かさずされるがままにジッとしていた。


 私は食べる事が大好きだ。美味しいものを食べている時が一番幸せな時だと断言出来る。そんな私は美味しい物があると夢中になってしまうので、よく口の周りを汚し、こうしてレイが拭いてくれるという構図が出来るのもしばしば。

 私の為に何かをしてくれることのないレイだが、何故かこの時だけは私の事をよく見ていてサッと口を拭いてくれる。毎回思うけどとても不思議だ。





「リリィは俺の腕の中で寝るって選択肢もあるが……どうする?」


 ミカ兄はワザといやらしい目をして私を見てくる。これは “そんな選択をするなよ” という私への注意勧告、ミカ兄なりの優しさだとはすぐに分かった。


 男の腕の中、つまりその男に抱かれれば簡単に暖かい布団で寝る事が出来るし、お金も稼げるだろう。こう言っては何だけど普通以上には良い容姿だと自分でも思うので、そういう仕事をすればお金には困らない生活も出来る自信もある。


 だがミカ兄がわざわざ警告してくれなくとも私自身もそんな生活は嫌だと思っている。

 いつか素敵な人が現れ、恋をして結婚。私が一人っ子で寂しかったから子供は二、三人は欲しいかな。ありきたりだが、そんな夢のある私が運命の人でない男の腕に抱かれるなどありはしない。


 ミカ兄の言葉に合わせて私もワザと不機嫌なフリをすると、先に床に転がったレイの隣に横になりミカ兄がくれたマントを布団代わりに被って寝ることにした。


 すると私の隣にアルが来て横になる。


 そう、私達三人はいつも一緒だ。出来る事ならいつまでも一緒にいられたら良いなと考えてると、初めての冒険に疲れたのか然程の時も置かずに眠りの国へと落ちていった。





「私、レイさんの事が好きなの!」

「俺もティナの事が好きだよ」


 抱き合う二人を演劇を観るかのように眺めていた──そっか〜、レイはティナが好きなんだ。


 それは何日か前の出来事、そんな事を言っていたくせに部屋から出てきた二人を見て信じられない思いに駆られたが、男なんてそんなものなのねと半ば諦めつつも納得した自分もいた。


「どうしてユリアーネさんと一緒に部屋から出てくるのっ?ねぇねぇなんで?」


 他人事だと割り切り明るく話しかけるが不機嫌そうな態度。更にミカ兄に怒られたかと思えばアルまで女連れ……なんなんだろう、この疎外感。


 美味しい夕食を食べていればたまたま来た綺麗なお姉さんに釘付けの男共、男って何なの?ねぇ、私は?私はそんなに魅力が無いの?





「リリィがいつも側に居るから俺が下手でもいいんだよ」


 私が書いた字を褒められ、下手くそなレイは練習しろと言うとそんな事を返してくる。

 なんで私がずっとレイの側にいなくちゃいけないの?レイにはティナという好き合っている人がいるじゃない。私にだってそのうち素敵な王子様が現れるんだからふざけた事言ってなくていいわ。


「ずっとレイのお守りなんて嫌よ?」


 理由までは分からなかったけど私の言葉が胸に刺さったらしく悲しそうな顔になったレイ。その顔を見ると飛び火したかのように自分の胸にまでチクリとしたモノを感じたけど、私は便利なメイドさんじゃないのよ?





「お前は俺の事をどう思ってるんだ?」


 二人きりの森の中、突然アルがそんな事を聞いてくる。どうって、どういう意味だろう?私達三人って幼馴染だし、今はパーティーメンバー?


「そういうんじゃない、男としてどう思ってるのかって聞いてるんだ」


──え?男として?


 そんな考えた事もなかったモノに突然答えを求められても凄く困る。だいたいそんな事を聞いて来るアルはクロエと良い感じじゃないの。クロエの事も自分のモノにして、私にまで手を出そうって事?


「そうね、アルは優しいしカッコいいもんね。何も知らなかったらアルの彼女でも構わなかったかな。でもお生憎様、私は都合の良い女になんてなりたくないわよ?」


「都合の良いとか……クロエの事か?彼女とは気が合うのは確かだよ、けど違うんだ。俺は昔からお前の事が好きだった。でもお前は俺よりレイの事ばかり見てた。俺がどれだけ辛かったのか分かるか?

 だがお前はレイの事を否定した。じゃあ俺の気持ちをぶつけても、いいよな?」


 突然の告白にビックリしてしまい、抱き付いてきたアルにされるがままになっていたがハッと正気に戻る。


「やめてっ!離してよ!」


 キスをされる寸前でアルを突き飛ばすと飛び退いて距離を取る。あと少し遅かったら唇を奪われていたところ。私の初めてのキス、そんな風に奪われるのは絶対に嫌だった。


 思わず作り出された透明な壁、それは正しく私と彼とを隔てる心の壁だ。


「そんなに俺が嫌かよ……」


 俯くアルに多少なりとも申し訳なく思うけど嫌なものは嫌なのだ。もし、クロエの事をキッパリ清算して私と付き合い、私の心がアルに傾いたのならその時には許そう。


──けど、こんなのは違うっ。


「都合の良い女にはならない、そう言ったわよね?まずはクロエの事にケリを付けなさいよ。 大体さ、いきなり何してくれるの?そんなことされれば誰だって嫌がるわ」


「クロエを捨てれば俺と付き合ってくれるのか?レイにもそう言えるのか?」


 アルの言葉にチクリとしたものが胸を刺した。あれ?なんでだ?



 アルの言うように私はレイの事を見ていたの?

 私はレイが……好きなの?



「ごめんなさい。私には分からないわ」


「そうか……突然すまなかった。でも俺の気持ちはお前を求めてるって事だけは覚えておいてくれ」


 アルはカッコ良くて、優しくて、口数は少ないけど気が利いて……良い男だと言うに相応しいとは思う。でも男として好きかと聞かれたら、今は『はい』とは答えられない。

 じゃあレイの事はどうなのか、レイもアルに劣らずカッコ良い。アルとは反対によく喋るけど気が利くなんて言葉はまるで似合わない。でもそれが嫌だと思った事は一度も無く、一緒にいて居心地の良さを感じる。


──好きってどういうことなんだろう?


 アルの求めを断っておきながら今更ながらにそう思い始めた。





 アリサとレイが見せつけるようにキスをしているのを呆然と見つめる。アルに言われた事が気になっているのか、私の心臓は ドクドク とうるさいほどに高鳴り、隣にいる獣人に聞こえないかと心配になるほどだった。


「レイは特別な男よ、一緒に居て惹かれないはずはないわ」


 特別な男?アリサが言うのはどういう事だろう。レイはちょっとカッコ良いだけの普通の男なのに特別とは一体?この胸に感じる チクチク としたモノがレイが特別だということなのだろうか?


「貴女も特別よ」


 アリサに言われた一言で益々訳が分からなくなってしまった。特別ってなんだろう?私とレイだけって事は、単純に王家の血を引いているってことなのかな?じゃあこの胸に感じるモノは何なんだろう?



「貴女は生まれながらにして運命の人に出会っているとても幸運な人。その男は幾人もの女性に愛される運命を背負い、更に世界をもその背に背負う事になる。そして貴女も彼と共に在るべき存在、彼の両脇を支える二柱の内の一人よ。

 今はまだ自分の心が分かり始めたばかりで戸惑うでしょうけど、思い切って飛び込んでしまいなさい。そうすれば必ず幸せが訪れるわ。

 運命に導かれし乙女、貴女の胸が幸せで一杯に満たされることを祈ってるわ」


 怪しげなフードを被った素敵な声の主、よく当たると噂の教会の占い師は私に優しく語りかけた。それを聞いていると私の運命の人は完全にアルかレイのどちらか。アルは既に私を諦めたのかクロエと隠れてイチャイチャしている……じゃあレイってこと?たまに胸に感じる チクチク としたモノは、レイに恋をしている証拠なの?


 幾人もの女性に愛される、なんて浮気症なの!?でも愛されるだけでレイが私を愛するとは言わなかったわ。現にレイはティナを始めエレナにも好かれ、ユリ姉も好意を持っているのは バレバレ だ。


──そんな中で私を選んでくれるの?


 その疑問にはあの夜の事が答えとして私に降りかかった。



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