11.飽きの来る状況

 やらかした本人が隣で呆然と立ち尽くしているのを横目で眺めていたが、一向に現実に戻ってこずに前を向いたまま固まっていたので肩で トンッ と軽く押してみた。そこでようやく戻ってきたサラはゆっくりと俺に顔を向けると、頭に握り拳を当てて首を コテン と傾け小さく舌を出す。


 いや、まぁ、それは可愛いんだけどね……やり過ぎたのが自分で分かっていればいいか。


「いや、あの……ほら、複数の属性混ぜた方が魔法の威力って上がるのよね?先生との訓練もそれを主体にやっていたのですけれども、ちょっと思い付きで試しにやってみたりしたらあんなになっちゃったかなぁなんて……エヘッ」


 小首を傾げて微笑むサラは可愛いのだが エヘッ で済む事じゃないだろ……風の幕が無かったら俺達も黒焦げだったんだぞ?


「そうか、ちなみに何を混ぜたんだ?」

「えっと、火魔法を主体にしていつものように風、それから今日は水をブレンドして光もトッピングしてみました」


「おいっ!四属性も同時に使ったのかよ……凄げぇな姫さん」


 いや、俺だって出来るぞ?アルも剣だけじゃなく魔法も頑張れよ。どちらかと言うと魔法を頑張れ!


 それにしても光とは……サラも使えるなんて聞いてなかったよ?


「光魔法ってね、多かれ少なかれ、みんなが使えるんだって。 “使える量” が少な過ぎると使える事が分からないから “使えない” と認識されてるのが殆どらしいの。

 私が使う癒しの魔法も光の魔力を使っているらしくて、先生に魔力を教えてもらったら認識出来るようになったわ。

 でもレイやモニカみたいには使えないみたいで、普通の人よりちょっと使える量が多いだけみたいなの。それでも光の魔力を混ぜた魔法とそうでない魔法とでは、さっきの結果の通り凄く違ってくるようですね」


 光の魔力は他の魔法のブースターだとルミアは言っていたな。あれだけ小さな火の玉が凄まじいまでの爆発を産んだのも光の魔力の影響が大きいってことなのだろうか。

 少量の光の魔力でそこまで威力が変わるのなら、そこそこ使える俺やモニカが他の魔法に混ぜたら一体どうなるのだ?ダンジョンが破壊されて生き埋めに……とかは勘弁してくれよ?


「まぁ、この辺に人は居ないようだし、ちょっとずつ調整していけばいいさ。気を取り直して進もうぜ」



 何度かの過剰爆発から来る轟音と爆炎を、安全を見越して “幕” から “壁” といえるほど厚くなった風の壁で防いでいれば、次第にその威力は収まりをみせ、ほど良い具合に調整されたようだ。


 サラの火玉無双で第五層を通り抜けると、待っていたのは次のフロアへの長い階段ではなく、十段そこそこしか無い短い階段だった。

 それを下り着いた先は奥行きも横幅も百メートルは有りそうなだだっ広い空間。そこは照明も無いのに何故か薄明るくて、部屋の中には魔物はもちろん誰も居ないのが見て取れた。


 その部屋の真ん中にはダンジョンに入って来た時と同じ魔法陣が二つ並び、ご丁寧に看板が立っている。

 向かって左側の黄色く光る魔法陣のすぐ横には “第六層” と書かれた看板が立てられており、右側の青く光る魔法陣の横には “出口” の看板が立てられている。


 なんて親切な!とも思ったが、ダンジョンの仕様ではなくギルドが立てた物だろう。


「五層毎にこうやって出口までの転移魔法陣が設置されてるんよ。親切やろ?」


「それは分かったが、なんでこんなに広い部屋にポツンと二つだけ魔法陣があるんだ?何かおかしくないか?」


「ん〜、細かいことは分からんけどな、ダンジョンを探索する冒険者達はこのスペースを利用して寝泊まりしとるんや、便利やからええんちゃうん?

 一応言っとくとな、各フロアにも必ず中央付近に広場があってな、そこがキャンプ地になっとるんよ。そういう所では譲り合いがマナーやから覚えといてなぁ」


 別に人と争うつもりもないので大丈夫だろ?

まぁ取り敢えず、まだ行けそうなのでこのまま進む事にして、みんなで黄色の魔法陣の上に立つとミカエラが魔法陣に向かって魔力を送った。




 体を包み込んだ光にまたしても視界を奪われると少しばかりの浮遊感がしたので無事転移されたのだろう。


 視界が戻った時に見えたのは最初に転移された部屋と同じで何もない小さな部屋。一瞬『戻って来たのか?』と錯覚するが、ただ一つだけ違う事がある。部屋自体は先程の広い部屋と同じで照明も無いのに薄明るいのだ。だが、部屋の出入り口の一歩先は真っ暗な空間になっていた。


 光玉を飛ばし先程までと同じように先を照らしてみれば第五層までと同じく赤茶色のレンガ造りの三メートル通路、またあれが続くのかと思うといい加減嫌になってくるものの、文句を言っても現実が変わることはない。


 小さく溜息を吐くと俺の腕がそっと握られる感触、視線を移すとモニカの笑顔が向いていた。


「そんなに嫌そうな顔しないで。まだ先は長いんでしょ?今度は私がやるよ」

「モニカっ!順番抜かし!」

「歩くだけは飽きちゃったもん、私にもやらせてよ」


 振り返ってティナに小さく ペロリ と舌を見せると、俺の腕を引っ張り「早く行こ」と催促してきた。


──そうだな、まだダンジョンは始まったばかり、気長に行こう。


 しばらく歩くと出てきたのは飽きもせずにネズミ達、しかし少しばかりの変化が現れていた。


 さっきまでは体長十センチほどの大きさだったネズミ君だが、今、目の前にいるのはおよそ五十センチはありそうだ。流石に数は減ってはいるが、それでも ドタドタ と集団で歩く姿に少しばかり戸惑いを感じたのは無理もないことだろう。


「うげっ、でかくねぇ?」

「おっきなネズミ、ちょっときもい?」

「そうですかぁ?可愛いじゃないですか?」

「あんたおかしいわよ……」

「キモいのです」

「昔レピエーネで見たやつより小さいな」

「あぁ、あの、死ぬかと思ったほど大量に出て来たやつね?」

「そうそう、それっ!」


 不意に二十センチほどのいつもよりかなり小さな水蛇が三匹も浮かび上がるので不思議に思いモニカを見ると『何?』と見返されてしまった。


 俺の腕に絡んだまま、反対の手ではシュレーゼを握っている。だがそのシュレーゼは透明なままで、いつもの綺麗な青色にはなっていなかった。

それもそうだろう、肝心の雪は俺の胸を枕に眠りの国に遊びに行っているのだ。それはつまり、シュレーゼの能力である “水魔法の威力の増幅” がされていないという事に他ならない。


「私だって成長してるのよ?雪ちゃんに頼らなくてもこれくらい自分で出来るわ。本気出せばもっといっぱい出せるんだからねっ!シュレーゼを持っているのだって、水の魔力を流してあげないといけないからってだけよ?」


 モニカは普段、魔法の練習などしている様子はない。だが急激な成長を見せているという事は単に才能や道具のおかげだけではなく、積み重ねられた確かな鍛錬がそこにある事を物語っている。


「流石、俺の嫁さんだな」


 魔法の集中を乱さないように頬にキスをすると、口にしろとばかりに目を閉じ顎を上げてきた。勿論拒否などするはずも無く、ご期待に応えると満足気な顔で前を向き水蛇を操り始めた。



 鮮やかに舞う水蛇を眺めていると、あっという間に次の階層への階段が見えてきた。


「あら、もう終わっちゃった」


 やはり手応えが無さ過ぎて物足りないのだろう、残念そうに言うモニカが俺の腕を離れると、すかさずエレナが滑り込んでくる。


「えへへっ、次は私の番ですぅ」

「魔力は大丈夫なのか?それにお前さっき踊りながらやってたけど、そんなにくっついててやれるの?」

「一人で前に行けって言ったのレイさんじゃないですかっ。くっ付いててもアレくらい出来ますぅっ。パワーアップした私を見ててくださいね!」



 次の階層も大きなネズミが出て来ただけで キラキラ 無双するエレナと味気ない場所でただ散歩しているだけだった。その後も、八、九、十と階層を重ねても五倍に膨らんだネズミにコウモリにと代わり映えのないバリエーションの魔物がいただけだったので暇つぶしを兼ねての魔法の練習をしただけに終わった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る