12.ダンジョンキャンプ
第十層もあっさり終わり、またしてもあった短い階段を降りれば転移魔法陣がある部屋へと辿り着く。そこでダンジョンに入って初めて目にした他の冒険者達、見た感じ俺達より若そうな二組のパーティーがそれぞれでキャンプをしていたので離れた角に移動すると一先ず腰を下ろした。
鞄から出したのは十センチ程の カチコチ と音のする手のひらほどの銀の円盤、蓋を開けて中身を確認すれば長い針が十二を指し、短い針は六のところにあった。
これは《時計》と呼ばれる機械仕掛けの魔導具で長い針と短い針とで時を教えてくれる物だ。大きな物は町の目立つ建物なんかに設置してあり目にする事も多いが、室内用のものだと上流階級の一部の家にしかなく、持ち運び出来る小さな物ともなれば滅多にお目にかかれる代物ではない。
だがしかし、流石は我らのルミア先生「持って行きなさい」と ポンッ と手渡されたときには驚き開いた口が塞がらなかった。
外ではそろそろ夕暮れ時、ただ歩いていたに過ぎなかったが、それでも十時間近くも歩いていればいい加減に疲れてくる。
それに加えて慣れないダンジョンと言う圧迫感のある空間。視界も悪く、見える景色も代わり映えのない同じ壁が延々と現れるだけの中、魔法の練習台としてだが魔物も全て片付けながら歩き続けていたのだ。精神的に疲れていて当たり前の状況だと思う。
全五十層と言われるダンジョンを一日で十層も来たのだ、楽な階層という事もあり進むペースが早いのかもしれないが、無理をすることもないので今日はここまでにしてキャンプを張ることにした。
「調理用に火は焚いていいんだよな?」
「他の人の迷惑にならないのなら大丈夫やで」
ミカエラに確認してから薪を取り出すと後のことはコレットさんに任せた。火を付けると保冷庫も取り出しエレナと二人で覗き込んで晩御飯の相談をしているようだ。
「に、兄さん!アレは何んやの!?」
保冷庫が気になり ジッ と見ていたミカエラは、コレットさんが取り出した生の野菜を見てビックリしていた。
「何って、魔法の鞄と似たようなもんだぞ?そこまで驚くことか?」
「せやけど……生の野菜なんて持ち歩いとるん?」
「あぁ、あれは特別製なんだよ。美味い飯が食えるから良いだろ?」
尚も保冷庫に釘付けのミカエラは放っておいて、俺は皆と一緒にテント張り。三角柱を横に寝かせた型の二人用のテントを焚き火を取り囲むように六個も張った。人数が多いとこういうのも数が多くて大変だな。
モニカ達も慣れない手付きながらも俺とアルの指示通りに組み立て終わると、やり切った達成感からか清々しい顔で出来上がったテントを眺めていた。
お次はテントの中身だ。ゴツゴツとした煉瓦の上に寝るのは少々寝心地がよろしくない。
“硬い水” という、かなり硬いゼリーのような不思議な物が詰まる五センチほどの厚みのマット型の皮袋を敷き、その上に綿で出来た布団を敷けば完璧だ。軽くて柔らかい鳥の羽根を詰め込んだ掛け布団をその上に乗せて完成、これで野外でも快眠間違いなしだぞ?
俺が六つのテントにせっせと布団の用意をしていると、美味しそうなご飯の匂いが漂い始めた。これはきっと野営の定番、野菜たっぷりの優しいスープだな。
布団の準備が終わりテントから出ると、みんなで火を囲んで手にしたカップの中身を美味しそうに食べている。俺……置いてけぼりですか?みんなが喜ぶようにと一人で黙々と寝床の準備してたんだけどなぁ……まぁ……いいか。
「美味しそうですなっ」
「えっ!?」
「なっ、何!?」
モニカとリリィの間が少し空いていたので後ろから顔を突っ込むと二人共にビックリされた。何その顔?まさか……俺の存在、忘れてなかった……よね?そんな事ない……よね!?いくら疲れてるからってそんな事ないよね?……ねぇ?
「お、お兄ちゃんも早く食べなよ、お魚美味しいよ?」
改めて座り直すと「魚?」と疑問が浮かんでくる。いくら保冷庫があるとはいえ魚は足が速いので生など難しいだろう。
「コレットが魚を買うなら良い方法があるって、氷の入った皮袋で魚を挟んでおいたの。そうすると二、三日は持つんだって。それでも早目に食べた方が良いって言うから今日は魚のスープになったんだよ。
早く食べてみてっ、魚のお出汁が出てすっごい美味しいから!」
氷などという高価な魔導具でしか作れない高価な物を使って冷やすとは流石貴族のメイドをしていただけのことはある。肝心の氷はどうしたのかと不思議にも思うが、そこは実力のほどが知れないコレットさん、自分で作り出したとなれば流石としか言いようがないな。
それならばと鞄からカップを取り出し、鍋に挿してあったオタマで掬うと ゴロゴロ と大きな魚の頭やら骨が現れる。それを避けて野菜と魚の身を掬い一口口に入れると、様々な野菜の味と魚の旨味が合わさり “美味い” と言わざるを得ないスープの味が口一杯に広がった。
「んま〜っ、ほっとする味だね」
「お気に召して何よりですわ」
「いっぱいあるから沢山食べてくださいね」
お腹いっぱい美味しいご飯を食べ、みんながキャッキャと楽しそうに談笑してる横で ユラユラ 揺れる焚き火の炎を見ながら ボーッ としていると、頬に冷たい物が当てられビックリする。
振り向けば紫色の液体の入った透明度の低いグラスを持ち、中腰で顔を近付けて微笑むコレットさんがいた。
「お疲れですか?」
隣に座りグラスを俺に渡してくるので受け取るが中身はどうやらワインのようだ。「ありがとう」と口を付ければ葡萄の甘い香りが口に広がり、少しばかりのアルコールが鼻から抜けていく。うん、甘めの美味しいやつだ。
「慣れない場所に長時間居るのは疲れます。まだ初日、幸い魔物も弱いのであまり気を張らずに気楽に行ってみてはどうでしょう?」
この人は本当に他の人のことをよく見てると思う。初めての場所、初めての婚約者達を連れての危険な旅『みんなを守らなくては!』と気を張っていたのを知っていたようだ。
ここにいるメンバー全員が冒険者としてそれなりに実力を持つ者ばかりなのだが、それでも俺の大事な人達、出来れば少しも怪我などさせたくはない。本音を言えば一緒にいられることよりも、こんな所に連れてきたくはなかったのだ。それでもそんな希望など彼女達には通らないだろう。
だからこそ、ダンジョンに入ってからはなるべく危険な目に遭わずに済むようにと終始魔力を張り巡らせて周りを用心深く見続けてきた。しかし自分の中の封印が解かれてから魔力切れって起こるのかと思えるほど魔力の増えた俺だったが、魔力よりも精神に負担がかかっていたらしく、気が抜けた今、疲れが ドッ と来て ボーッ としていたのだろう。
「コレットさんには敵わないな」
柔らかに微笑むコレットさんに心惹かれる想いを感じていると、ゆったりとした足取りでやって来たエレナが俺達の前にしゃがみ込み、お盆の上に乗せられた小さなカップケーキを差し出してくる。
「デザート如何ですか?焼き立てですよぉ?」
「焼き立て?」
小さな銀色の粒々があしらわれた可愛いカップケーキを一つ手に取ると暖かい。エレナの言う通り本当に焼き立てのようだ。
「雑貨屋さんで持ち運び出来る小さなオーブンを見つけたんです。ベルカイムで卵も買ったので今作ってみたんです。食べてみてくださいな」
「んっ!んはいっ!」
エレナが喋ってる横からカップケーキを取ると即座に口に放り込むリリィ、こういうことに関しては行動が素早い。口にケーキが入っているので何喋ってるかわからないが「美味しい」のだと言いたい意思は綻んだ顔を見れば一目瞭然だった。
「コレット、私にもワイン頂戴」
「あ〜私も飲みたいですっ」
「チーズあるよ、ジャーキーも出す?」
まだ食べるのかとちょっと驚きだったが、こんな所だ、息抜きは必要だろう。
やる時はやる、休む時は休む、切り替えって重要だよな。
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