13.癒しの時間

「あ、あのぉ……すみませんっ!」


 思わぬところから声がして振り向くと、反対側に居たパーティーの子だろうか?見た感じ十二、三歳の男の子とその後ろに隠れるようにして立つ女の子。二人しておどおどとした感じでこちらを窺っている。


「どうした?」


「えっと……あの……」


 なんだか言いにくそうな感じで俯き、声をかけてきたのに今更言おうか言うまいかと迷っているような感じだったので、彼の意思が固まるまで黙って待つことにした。


「す、すみませんっ。あの……お願いがあるんですが、その……僕らのキャンプの所にまで甘い良い匂いがしてきて……えっと、この子が、その、食べたいと言うので……もしよかったらソレを、売って頂けませんか?」


 ソレとはカップケーキの事だろうな。エレナを見ると キョトン としてたが、理解が追いついたのか俺を見て ニコリ と微笑む。


「そうか、いくらだす?」

「ちょっ、ちょっとレイ?」

「ケチ臭いわね、あげればいいでしょ?」


 それでも顔色の明るくなった女の子は、男の子の袖をぐいぐいと引っ張っているのが目に入り微笑ましく思える。

 恐らく恋人かそれに近い関係なんだろうな。こんな場所で見ず知らずの、しかも明らかに自分達より格上の相手、さらに言えば大人数でワイワイしている人達に一人で声を掛けることほど勇気の要ることはないだろう。


「えっと、いくら払えばいいですか?」

「じゃあ、金貨一枚で」


「ええっ!?」

「レイ、ぼったくりもいいとこだぞ?こんなもんに金貨一枚なんぞ出せないぞ?」

「アルさん、それ……酷くないですか?」

「いや、あの……すまん、言葉が過ぎた」


 ほんの僅かな時間だけ困った顔をした男の子だがすぐに決心し、懐から皮袋を取り出すと中を漁り指定通りの金貨を一枚自分の手のひらに乗せて見せてくる。


「これでいいですか?」



──俺はその男の子に感動してしまった



 こんな場所なので手に入れる手段がこれしか無いとはいえ、たかがカップケーキ一つに金貨一枚というぼったくりにも殆ど躊躇することなく自分の女の為に身を削る、なかなか出来ることではないと思う。

 この勇気ある若者が彼女の為にどれだけの事をするのか見てみたくなってふっかけてみたが、予想以上の “男” を見せてくれた。自分も見習わなくてはと思わされるだけの行いに大満足だ。


 まっすぐ見つめてくる男の子に精一杯優しく笑いかけ、鞄から皮袋を取り出し男の子の金貨の上に乗せると チャリッ という金の音が聞こえる。


 自分の手の上に乗せられた物が何なのか分かったようだが、何故こうなってるのか分からないとばかりに俺と皮袋を何度も行ったり来たりする男の子の視線。ちょっと笑えたのは心の中で謝っておくよ。


「いや、ごめん、謝るよ。試したりして悪かった。それはお詫びの印だ、受け取ってくれないと俺がコイツらに叱られるから黙って懐に入れておいてくれると助かる。

 それで、そちらのお嬢さんはカップケーキをご所望なんだよな?こっちに来て好きなだけ食べなよ。甘いワインもあるけど飲むかい?」


「あ……え?」


 理解が追いつかない様子の男の子、それとは対照的に嬉しそうな顔ですかさず離れた女の子は、遠慮も無しにエレナの持つお盆からカップケーキを一つ手に取ると躊躇なく頬張った。その素直で無邪気な様子と美味しそうに食べる姿に初めてのダンジョンで疲れた心がほっこりとしてくる。


「君も一緒に食べないか?大丈夫、毒なんて入ってないし、お金もいらないよ」


「えと……あの……本当にいいんですか?」


 俺のせいで遠慮が消えない男の子の背中を押し、一緒に来た女の子の隣に座らせると、にっこり微笑んだエレナが彼の前にお盆を差し出した。


「お一つ如何ですか?」


 獣人を見たのが初めてなのかも知れない。「ありがとうございます」と言いつつも視線はエレナの目ではなく白い耳に釘付けだったので再び笑いがこみ上げてくる。


 彼が食べ始めたのを見計らい、何故俺が試すような事をしたかの説明をするとみんな一様に納得してくれた。

 だが冒険者の先輩として言っておかなくてはならない事がある。


「君の勇気は大したもんだと思う。けどな、勇気と無謀もまた違うものだと覚えておくんだ。

 今回はたまたま相手が俺達だったから良かったものの、冒険者の中にだって良くない奴等がいるのが現実だ。

 もし君が声をかけた相手が悪どい奴で、君を脅し、君の身包みを剥いだとしたら?君の大事なその子に乱暴をしたらどうする?

 たとえ君がある程度の実力があろうとも、この人数を相手にしたら太刀打ち出来るのか?


 町中でも安全とは言い難いが、町を一歩出てしまえば周りはみんな敵だと思った方がいい。いつ何時、何が起こっても対処出来るように注意深くいた方が良いと、俺は思うよ」


 ふむふむと素直に俺の言葉を噛み締めてくれる男の子。しかし俺なりに良いことを言ったつもりの言葉を右から左にスルーした女の子は三つ目のカップケーキに手を伸ばしている。この子を守って行くのはなかなかに大変そうだな。


「兄さんの言う通りやね、世の中ええ人ばかりやあらしまへん。でも兄さんはええ人やなぁ」




 しばらく喋った後、彼等のキャンプで待つ仲間の分のカップケーキもお土産に持たせると、ペコリ と頭を下げて帰って行った。


「さて、そろそろ風呂入って寝るとするか」

「そうですね、そうしましょう〜」

「待って!今、お風呂入ってって言わなかった?」

「お風呂!?」

「あれ?お風呂入らない?入りたくない?」

「まさか、そんな物まで持って来てるのか?」

「頭おかしいのです。でも、あるなら入りたいのです」

「でも、丸見えなんて嫌よ?」

「そうよ、どうすんのよ!」


 波乱を呼んだお風呂ちゃん。俺達の鞄って何でも入るから何でも持って来て良いんじゃないの?お風呂……入れた方が気持ちいいじゃん?その為に自室用の他にキャンプ用を二つも買っちゃったんだからっ!まぁ、一つは師匠たちにあげたんだけど、ちゃんと買い足してあるもんね!


 土魔法を使い四枚の壁を作り部屋にしたところで振り向くと、興味津々でその様子を見ていたみんなは一斉に親指を立てる。

 オッケーが出たところで壁の一枚を更に加工し、出入り口を作って中に入るとバスタブを設置した。


 さてもう一つ、と思い部屋から出ようとすると、入り口から覗く顔がいち、にぃ、さん、しぃ……って、アルまで含む全員かよっ!

 期待を孕んだ顔で キラキラ と目を輝かせて風呂部屋の中を見回していたが、どれだけ見てもバスタブと着替えを入れる籠しか置いてないんですけど?


「順番つかえる、誰でもいいから早よ入れ」


 みんなして『誰から入る?』と顔を見合わせる中、外に出てすぐ隣にもう一つ同じ物を作った。中を整え二つ目の部屋から顔を出せば、女性陣全員によるガチンコジャンケン大会が行われていたので溜息を吐きたくなる。


「「「「「「「「最初はグーッ!ジャンケン、ショッ!あいこでショッ!!」」」」」」」」


 誰かが入れなくなる訳でも無ないのに、たかだかお風呂の順番だけで何故だか分からないが真剣なご様子。クロエさんは分かるとしてコレットさんまであんなに真剣になるとは、女性とは時として理解し難いモノなのだと思い知らされた。


「あっ!兄さん!お背中流しましょか!?」

「はぁ!?アンタ、何言ってんのっ!」

「そうよ、意味分かんないわ。私達を差し置いて何しゃしゃり出てるの!?」


 全くの同意見である、何を言っているのか意味が分からない。

 そんなミカエラはスルーしてエレナに手招きをすると『私?』と自分を指差し キョトン としている。


「一緒に入らないか?」


 すぐに理解が追い付くと パァッ と笑顔が花咲く。みんなを飛び越えると一目散に空を飛んで来たエレナ。満面の笑顔で迫る彼女を両手を広げて抱き留めるが、あまりの勢いに思わずよろめいてしまった。


「チッ、今日はエレナの番か」

「むぅっ、ズルいぞ」

「ティナは昨日一緒に寝たじゃないですか」

「そうですよティナ様、順番です。独り占めは不公平ですよ」

「コレット!?あんたもソノ順番に入るつもりなの!?」

「あら、私は仲間はずれですか?」


 すぐそこに居たのにどれだけのスピードで突っ込んで来るんだよと内心突っ込みを入れつつ、不穏な会話など聞こえないフリをして風呂の扉をゆっくりと閉めた。



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