14.サラのご講義
「いいお湯でしたねぇ〜」
やはりお風呂は良い。身も心もリラックス出来て今日一日の疲れが全て汚れと一緒に流れて行った感じがする。
気分もリフレッシュされ上機嫌で風呂から出てくると、焚き火のすぐ脇で丁寧にマントを広げて寝床を作っているミカエラの姿があった。
「お前、何してんの?」
「へ?」
見て分からないのかと キョトン とするミカエラ。いや、やってる事くらい見れば分かるけど、何故そんな事をしてるのかと問いたいのだがな。
「せっかくテント張ったんだからテントで寝ろよ。それともそこが良い理由でもあるのか?」
「えぇっ!ウチもあのテントで寝てええの!?せやかてウチは余所者やないの。そんな……本当にええの?」
「何の為に六個も張ったと思ってるんだ?一つはお前のだ、好きに使えよ。別に嫌なら明日から張るのを止めるけど?」
「嫌やないっ!テントで寝るっ!」
広げていたマントを凄い勢いで仕舞うとテントの一つに転がり込んで行く。
慌てていたにもかかわらずちゃんと靴を脱いだのは褒めてあげよう。だが彼女の暴走はそれだけに留まらず、テントに入り込んだ途端に叫び声とも取れる大きな声が聞こえて来た。
「兄さん!何これ!?こんな豪華でええん?ここ、ダンジョンの中なんやで?」
「ええんよ〜」と入り口から顔を出したミカエラに彼女の言葉遣いを真似て答えてみたが、そんな事はこれっぽっちも耳に入らなかったようで目を キラキラ させて何かを呟いている。
「こっ、こんな……ウチの寝床より豪華やわ。持って帰ったらあかんかな……あかんわな。ああっ、こんなええ布団、ドキドキして今日寝れるか心配やわぁ。
なぁ、兄さん。一緒に寝ぇへん?」
プクッ と頬を膨らませたエレナが『貴女には渡しません』とばかりに ギュッ と俺の腕を掴んだ。そんな風に掴まえなくても君達を差し置いてアイツとは一緒に寝ないから……。
「今日は私の番なんですっ!おやすみなさい」
「風呂も入っていいからな〜」
エレナに引っ張られてテントに入ると、エレナもテントの中を見て驚いていた。早速一人で布団に潜り込みゴロゴロと寝心地を堪能すると、嬉しそうに俺の顔を見て笑う。
「外だと思えないくらいのお布団ですねぇ、よく眠れそうです。先生特製の鞄は便利過ぎて困ってしまいますね!
レイさんも早く来てくださいよぉ」
手招きするエレナの横に転がれば満面の笑みを浮かべて寄り添ってくる。
──んーっ!エレナ可愛いっ!
物欲しそうな顔に誘われてキスをすると、普段の元気いっぱいの太陽の様な笑顔にちょっと照れたような顔が混ざるのがまた一段と可愛いらしい。
「今日はなるべく声を我慢しないとみんなに聞こえちゃいますね」
「心配しなくても大丈夫だよ、見てろ」
身内ばかりだし聞こえても良いんじゃないかとも思ったが、やはりプライベートというのは大事だろう。
わかりやすいようにと天井へ伸ばした俺の手から薄い緑色の魔力がテントの壁に這うように延びて行き、すぐに全体に行き渡ると俺特製、風結界の完成だ。
「何ですか?これ?」
「風魔法で作った結界だよ。これで誰も入ってこれないし、エレナの色っぽい声も外に聞こえない。安心だろ?」
「えぇっ!?こんな事が……凄い。いつもこんなものを作ってたんですか?」
「まぁな、師匠の家だって壁薄いだろ?自分達にも、他の人にも配慮は必要だよ」
それを聞いて安心したのか、俺のモノである証の指輪の嵌った左手が頬に当てられる。ゆっくりと俺に覆いかぶさるようにしながらはにかむエレナ。ほどなくして唇が重なると、自分の想いに従いその細い身体を抱きしめた。
▲▼▲▼
「レイさ〜ん、起きてくださ〜い」
耳元で囁かれる声。甘く、優しい声で目覚めると、すぐ隣にぴったりとくっ付いて転がり、俺の胸を手のひらで撫で回すエレナがいる。
「あ、おはようございます。朝食の準備をしてきます、結界を解いてください」
──あぁ、そのまま寝ちゃったんだっけ。
言われるままに結界を解くと座った姿勢で顔を覗き込んで来た。既に身支度を整えたエレナ、にっこり微笑みかけてくる彼女の笑顔は寝起きからでもテンションが上がるな。
テントから出て行こうとする彼女と離れたくなくて起き上がるとエレナに抱きつき、昨晩、散々触りたくったその胸に顔を埋めた。何も言わずにそっと背中に手を回し、優しく頭を撫でていてくれたが、しばらく経つと トントン と背中を叩かれた。
「後で起こしに来ますからレイさんはもう少し寝ててください。また一緒に寝てくださいね?」
身体を離しキスをすると、暖かな温もりと落ち着く香りだけを残してテントを出て行く。
いつもみんなの世話を焼いてくれるエレナ、彼女に頼りきりなのは良くないとは分かっていても頼ってしまう。そのおかげで、こうして一緒に居たいと思った時でも、その時間は削られてしまうことになる。自業自得だな。
エレナ、いつもありがとう。
「トトさま!おはようございますっ」
「おはよう、お兄ちゃん。テントの中、凄い布団だったね、びっくりしたよ。
それでね、今って何時なの?」
テントから出てすぐのところに雪とモニカが居た。ここはダンジョンの中、太陽の光など当然届かない地下深く。今が朝なのか昼なのかなど分かるはずもない。
モニカと “おはようのキス” をすると腰に抱きついてきた雪を抱き上げ、雪の頬にもキスをした。
鞄から時計を取り出し時刻を確認すると五時を指している。空が明るくなり始める時間、つまり毎日起きる時間だな。太陽が見えなくとも体内時計というのは割と正確に時を刻むものらしいと三人で笑いあった。
朝食も食べ終わり、テントの中に入って一晩彼女達の使った寝具に一つ一つ丁寧に浄化の魔法をかけては鞄に仕舞っていく。アルとクロエさんのテントに入ってコレをやるのか……と少しばかり憂鬱になるが、そこで閃く一つの思い付き。
“布団を敷いたままの状態でテントに浄化魔法をかけたら全部いっぺんに綺麗にならないだろうか?”
一先ず片付け途中だったそのテントは一つずつ丁寧に片付けると、次のテントの前に立ち浄化魔法をかけてみる。淡い光がテントを包み込み、しばらくすると光が消えたので浄化完了の合図だ。
中に入って布団を確かめると、ふんわりフカフカお日様の匂いっ。完璧だ!
こういう、言わば横着が出来るともう一つ気になっていた事もやってみたくなる。
“皮袋に入った物の出し入れが出来るなら、テントの中に布団を入れたまま出し入れも出来るんじゃね?”
ある程度の確信があった俺は ニヤリ と一人で笑いを浮かべ、浄化したてのテントに鞄を近付けると一瞬にしてテントが消える。
少しだけ膨らんだ期待を胸に鞄を漁ると、テントを取り出し中を覗くがそこには何も無い……そう、肝心の布団が無かったのだ。
「あれ?おかしいな」
予想とは違う結果に首を傾げていると「どうかしたの?」と、サラが不思議そうな顔をして近寄ってくる。
「布団ごとテントを鞄に入れたんだけど、出してみたら布団が無くなってるんだ。何でだと思う?布団は何処に行った?」
周りを見渡したサラは人差し指を顎に当てて少しだけ考えると「全部出してみて」と言うので、既に鞄に仕舞った二つのテントも取り出すとそれぞれの入り口に顔を突っ込み中を覗いていた。
その姿をヒントに自分で納得したのだが、彼女が「こっちにあるわよ」と言う方が早かった。
「同じ物を鞄に入れて取り出すとき、取り分けるのって難しいのよ。普通の鞄なら何処に入れたか中を覗けば分かるだろうけど、この鞄は余程しっかりしたイメージが無いと無理ね。でも逆に、しっかりとしたイメージさえあれば可能になるわ。
例えばお財布にしてる皮袋。皮袋って取り出すときに “皮袋” とはイメージしないでしょう? “金貨の入った皮袋” をイメージする事で自分の取り出したいと思ったお財布が手に取れるの。
同じ金貨の入った皮袋でも、皮袋の大きさや、中身の量のイメージを変えると、似たようなものがいくつあっても目的のものがちゃんと取り出せるわよね?
それと同じで、ただ “テント” をイメージしていただけじゃ “どのテント” が出てくるのか分からないのよ。今回のはそんな感じですね」
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