34.魔族を探しにチェラーノへ

 隙間から差し込む陽の光が一日の始まりを告げる。気持ちの良い布団ともう少し仲良くしたかったが、まぁまた今夜だな。


 それにしても気持ちよく寝れた気がする。昨日は初めての強敵との戦いで心も身体も疲れていたようだな。ぐっすり眠れたのは今日の布団君が甘酸っぱいような良い匂いがするからか?寝るときは気にならなかったがシーツ洗いの洗剤でも変えたのかな?


 さて、と目を開けると視界の端に写る鮮やかな色。なんぞ?と横を見た瞬間、それまでの和やかな気分など消し飛び凍りついてしまった。


 蜜柑色の髪を乱し、こっちを向いて丸くなりむにゃむにゃ言っている美女。



 はぁ!?なになになにっ?なんで!これってヤバくね!?



 物凄い速さで引いていく血の気、代わりに現れる嫌な汗。昨日寝たときは一人だったはずだ、しかしこれは一体……身動きすら出来ず、何故こうなっているのかを回らない頭で考える──が、寝ていただけなのだ、思い当たるフシなどありはしない。


 諦めという名の勢力が頭の中の支配権を拡げる。無駄な思考など止まってしまい、どうせならとすぐ隣に眠る超絶美人のお姉さんをただただ眺めていた。

 まつ毛、凄く長いんだなぁ。肌もスベスベしてそうで綺麗だ。あぁ、髪も綺麗で、フワフワで、艶々で……触ってみたいなぁ。


「うぅ〜ん、もぉ飲めないよぉ……」


 まだ飲んでるのかっ!?なんて突っ込みを心の中で入れてみると、それが聞こえたかのようなタイミングで瞼が持ち上がった。意思の感じられない眠そうな目の奥、琥珀色の瞳が ボケーッ と見つめてくる。

 そのままでいる事しばし、ようやく活動を始めた頭が見慣れない光景を受け入れれば可愛らしく目をパチクリとさせる。


 事態を理解し耳まで真っ赤に染まる綺麗な顔。どう対処して良いか分からなかったが、とりあえず目を覚ましたお姫様に朝の挨拶を告げてみた。


「おはようございます」

「ぇ、ぇ、ぇ、えぇっとぉ……レイ君?こ、こ、こ、これはどういうことかなぁ?……お姉さん怒らないからぁ、ちゃ〜んと説明してくれるかなぁ!?」


 赤くなった頬を引き攣らせながらも、どうにか “お姉さん” を保とうとするユリアーネさん──説明が欲しいのは俺なんですけど……。


「えっとですね。俺は確か昨日の夜、みんなより先に部屋に戻って一人でベッドに入ったんですけど、ユリアーネさんこそなんでここにいるんです?」


「えっ!?」


 目を白黒させて驚き、考え込む。


「ここは四階の俺の部屋ですよ」

「わ、わたし三階のはず……」


 状況を理解しポツリと呟くお姉さんに思わず吹き出しそうになったがなんとか堪えた、オレエライ。


「な、何も無かった……よね?」


 布団を目の所まで被り、上目遣いで恥ずかしげに聞いてくる姿に ドキッ とする──無かったと思います……たぶん。

 このまま既成事実を作っても良いのかなぁなんて妄想は途中で止め、取り敢えず朝御飯を食べに行こうと言う話になったのだが……二人で部屋を出た所でリリィとバッタリ会うというお決まりのパターンに溜息が出る。


「レ、レイ!?どうしてユリアーネさんと一緒に部屋から出てくるのっ?ねぇっ、どうして?ねぇねぇねぇっ」


 そんなこと目を キラキラ させて聞くなよっ!!


「何でもない」と言ったのにしつこく聞いてくるリリィを無視して食堂へと向かう。テーブルに着くとミカ兄も来て一緒に座ったと思ったら、待ってましたとばかりにウキウキしながらリリィが言葉を放つ。


「ねぇねぇねぇ、ミカ兄っ。ユリアーネさんお泊りだったみたいよ!ウフフフッ」

「は?誰が誰とナニしようが良いだろうがっ、デバガメすんじゃねーよっ。なんなら今夜、お前が俺の部屋に泊まるか?」


 呆れた様子のミカ兄に話に乗ってくれないことに プクッ と膨れるリリィ。朝なんですからもう少しゆったりと行けませんかねぇ?


 そこにアルと桃色髪の女の子が降りてきて『あっ!』って顔で固まった。一晩限りじゃなく付き合ってたのか?リリィの薔薇色の瞳が再びキラキラしだしたのは言うまでもないだろう。

 朝からなにやら波乱を巻き起こした俺達だったが朝飯は美味かった。繰り返す、朝飯は美味かった。


 食事が平和に終わると桃色髪のフィロッタさんは『仕事あるから』とそそくさと出て行った。何もそんなに慌てて逃げなくてもいいのに……ねぇ?




 ミカ兄はここ三週間、ベルカイムの南の町チェラーノに行っていたらしい。なんでも魔族の目撃情報があったとか。一人で飛んで行ったのは良いのだが手が足りず、ギンジさんを呼びに一旦ベルカイムに戻ったのだと言う。


  “魔族” とはこの世界にいる人種族の一種で、かつては “人間” と同じくらいの勢力で国を築き世界の半分を支配していたのだという。

 それが今から三百年ほど前、人間を支配しようと企んだ魔族の起こした『人魔戦争』によって魔族の国は滅び、数の少なくなった彼等は大陸の奥地でひっそりと暮らしているそうだ。


 人間と似たような容姿をする彼らは、背中から生える羽根や、頭に生える角、お尻に生える尻尾のいずれか、もしくは複数個の種族特徴を持っている。それらを隠してしまえば人間と区別はつかない為、人間の中に紛れて普通に暮らしている変わり者もいると聞く。


 ただ、未だに良い感情を持たない人間が殆どらしく、魔族だと知れると迫害を受けるのが目に見えているらしい。正体を隠して生活することを余儀なくされているものの魔族の国より豊かな人間社会での暮らしを望み、どの町にも数名の魔族が潜居生活をしているのが現実なのだそうだ。


 今回ミカ兄が追っていた魔族は過激派と言われる一派で、人間を魔族の支配下に置くことを目的として暗躍する、人間にとっては排除するべき危険な奴等だ。


 俺達もエルシュランゲを倒せた実績を認められミカ兄に付いてチェラーノまでお手伝いに行くことになった。

 だがそこにイレギュラーが混ざる。


「わたしも行っていいよねぇ?」

ユリアーネさんが手を挙げたのだ。


 何故彼女が一緒に行くことにしたのかは分からないが、右手を ピョコッ と豊かな胸の横に挙げる姿に ドキューン! と来たのは内緒だ。



 こうして俺達三人にミカ兄、ギンジさんに、ユリアーネさんの六人でベルカイムを発ち、問題のチェラーノへと向かう事となった。


 出立の朝、乗り合い馬車の集合場所に着いた俺達六人。


「俺達……必要か?」


 乾いた笑いを浮かべならがら漏らした護衛の冒険者さん達の呟きが妙に耳に残ったが、何も言わずに心にしまってこくことにした。


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