33.勝利の美酒

 深い傷を負わされたエルシュランゲは怒りに燃えていた。食事のついでにそこに居た人間でも食べておこうかと欲を出したら思わぬ手傷を負わされたのだ。たかが群れるだけの弱き人間、動きも遅いこんな奴らに何故自分が傷など負わされなければならないのか。

 嬲り、遊んでから喰ってやろう思ったがもういい、うざったい小虫共などさっさと腹に収めてしまおう。



▲▼▲▼



 意を決したリリィがエルシュランゲの頭を目掛けて飛びかかるが、そんなものはどうしたとばかりにサッと身を引き避けられてしまう。しかしリリィの狙いは頭ではなかった。

 計算された着地地点、傷を負って動きの鈍くなった胴体に双剣を突き立てると離脱しながらもそのまま尻尾の方へと傷を広げていく。


「キシャーーーーッ!」


 堪らず身を捩ると共に憎らしきリリィに頭突きを放つエルシュランゲではあったのだが、頃合いを見て離脱されてしまい柔らかな地面を抉るのみ。その隙を狙い飛び込むアルの剣が首筋へと振り下ろされるが、それに気付き素早く首を引いて回避した。


 地面へと刺さるアルの剣、そんな事はお構い無しにと逃げた頭を追い果敢に飛び込んで切り上げる。


「シャヮヮヮワヮッ!」


 口の下から目にかけての肉を抉り血飛沫が飛び散る。痛みに耐えかね地面に顔を打ち付けたエルシュランゲがのたうち回って痛みを訴えた。そんな隙だらけの姿に勝機を見れば、心に巣食う怖さなど微塵も残さず消え去っていく。


 アルの作ったせっかくのチャンス、この好機を逃す訳にはいかないと未だ痛みを訴える身体に鞭を打って走り出した。


「うぉぉぉっ!」


 トップスピードからの大ジャンプ、地面を転がるエルシュランゲの首元を狙い体重を乗せた渾身の力で剣を振り下ろす。鍛錬で学んだこと、剣を振るうとは、身体とはどう使うのか、この二十日間の成長を、今、この剣に込めて黒き鱗を切り裂く!



ザシュッ!



 鈍い音と共に食い込んだ俺の剣。しかし手に伝わってきたのは硬い物と打つかる鈍い感触、持てる全ての力を叩き込んだにも関わらずエルシュランゲの硬い骨に阻まれ首を切り落とす事は叶わなかったのだ。



「どけぇ!レイっっ!!」



 背後からの声に食い込んだ剣を力任せに引き抜く。その反動を利用し慌てて身を退けば間髪入れずにアルが飛び込んで来る。

 俺の斬り込みで骨の見える場所、全身をしならせた大上段からの剣が振り下ろされれば『ゴッ!』と言う鈍い音と共にエルシュランゲの首が胴を離れて転がり落ちる。


 首を失った巨大な蛇はさらに激しくのたうち回り、紐をくちゃくちゃに丸めるように自身の身体が絡まり身動きが取れなくなっていった。それでもしばらくはモゾッモゾッと痙攣するかのような動きがあったのだが、やがてそれも落ち着き、力が抜けたかのように不意に硬直が収まると完全に死肉と化し動かなくなる。


 首を切断後、すぐさま離脱した俺とアルは遠巻きにその様子を見守っていた。


「やったわね!」


 リリィも合流して巨蛇の最後を見届けると、三人でハイタッチしてエルシュランゲという初めての強敵を討伐した喜びを分かち合うのだった。




「おつかれさまぁ」

「ギリギリ合格かな、次はもっと余裕をもって倒してよね」


 ユリアーネさんと、ギンジさんも寄ってきて声をかけてくれる。あんなの倒せたんだから、もうちょっと褒めてくれてもいいんだよ?


 討伐部位は牙だったので胴体と離れた頭部に近寄ろうとする俺達。だがそこに待ったがかかった。

 止めたギンジさんが木の枝を拾い未だ生きているかのような頭の前に立つ。横になりながらも大きく開かれたエルシュランゲの口は人間が丸っと入ってしまうくらいに開かれており、生きているかのように見開いたままの金色の目がより一層の恐怖を煽る。


「蛇ってね、生命力が強くてさ……ほらっ」


 手に持った枝を口の中に放り込むと……


バンッ!!


 勢い良く口が閉じ、思わず ビクッ としてしまう。

 唖然とする三人に、にこやかに振り向くギンジさん。


「と、こうなるから気をつけてね。しばらくすれば動かなくなるから先に胴体の皮を剥いちゃおう、ギルドに持っていけば高く売れるよ。本当は傷が少ない方がより高く売れたんだけどねぇ、次の課題ってことで。さぁ、チャッチャとやってね」


 軽く言うなぁと思いつつも皮を剥ぎに行くのだが、そこは体長二十メートル、太さ一メールの巨大な蛇。

 最初は慣れない作業で上手くいかずブチブチと途中で切れたり穴が開いたりしてしまったのだが、ユリアーネさんの親切丁寧な説明と指導で徐々に上手くなり、全てが終わる頃には身と皮がスーッと剥がせるようになっていた。


 作業しながら聞いたのだが、この皮は鞄や鎧などを作るのに使われる為なるべく傷が少なく、そして大きく切ることができればそれに応じて買取額が高くなるのだとか。獣の皮はそういった物が多い為、余裕があればなるべく傷を少なく倒すのがお金を稼ぐコツだと教えられた。



▲▼▲▼



 ギルドに戻ればあからさまに ホッ とした顔を向けるミーナちゃん。心配してくれるのは嬉しいなと思いつつもカウンターに討伐部位であるエルシュランゲの牙を二本と、剥ぎとった皮を出すと目を丸くして驚かれた。


 事務処理を終えて戻ってきたミーナちゃんの後ろにはギルドマスターのウィリックさんがいた。


「やぁ久しぶり、エルシュランゲを討伐してくれたそうだね。いやぁ、助かったよ。誰に頼もうかと悩んでたところでね、ほら、ちょっと大き過ぎたでしょ?安全に狩れる人探さないといけなかったんだよ」


 チラリとギンジさんとユリアーネさんに視線を向けるウィリックさん。なんだ?と思い二人を見るが二人とも軽く首を振っていた。


「そうか、三人だけで狩れるとは本当に驚きだね。さすが期待の新人ってとこだ。いやはやギンジ君やユリアーネちゃん達以来の大物だよ、君達は。これからもよろしくねっ」


 手渡された皮袋を覗くと金貨が十枚も入ってた!驚いてギンジさんをみるとニコリと微笑む。


「いっぱいもらえた?今夜は君達の奢りでいいよね?」

「これ、どう分ければいいの?」

「ん?三人で分ければいいよ。僕とユリアーネは道案内だけだし、夜飯で手を打つよ。ユリアーネもそれでいいよね?」


 親指を立ててウインクする蜜柑色の髪の美女はちょっとした仕草まで可愛い。こんな素敵な容姿なのに実力もあり、たぶんギンジさんやミカ兄と同じくらい強いんだろう……。


「さぁ今夜は飲むぞっ!」

「おぉ〜、飲むぞぉっ」


 ギンジさんとユリアーネさんが肩を組んで食堂へと歩いて行く。ちょっ!まだ陽も沈んでないよ?今から飲むの!?

 横を見るとリリィが口に手を当てて笑ってる。


「行くぞっ、先輩方を見習え」


 俺の肩を叩き嬉しそうに言うアルに溜息を吐くと、俺達も二人を追った。




「おじちゃんっエール五つ追加ぁっ。あとぉ唐揚げ四つとぉ餃子五つちょうだぁいっ」


 空のジョッキを掲げてユリアーネさんが楽しそうに追加の注文をする。酒の席なんて楽しんだもん勝ちだ。

 最初は五人でお疲れ様会をしていたんだが、ユリアーネさんに声をかけてくる人の多いこと多いこと。ギンジさんもなんだか絡まれてたけど、そんなの比では無いくらい沢山の人が訪れる。物凄い人気だなっ!


「よぉ兄ちゃん、どでかい蛇を殺ったって?すっげ〜じゃねぇか。俺のダチの仲間がアレに飲まれたらしくてな、仇討ってくれてありがとぉよっ」


 俺とアルの間に入ってきた筋肉ムキムキのでっかいおっちゃんが力任せにバンバンと肩を叩いてくる……痛いって。


「ほぉ、君達みたいな若い子がねぇ。そりゃまた凄いな。そういえば君達はスネークヘッドもやったって話題の子達じゃないかい?」

「おおっ、こいつらか!話題のガキ共はっ。スーパールーキーすっげぇな。どうやったらそんなに強くなれんだよっ、教えてくれよぉ!」

「お嬢ちゃん、かっわいいねぇ。どうだい?俺んとここないか?うちはムサイのしかいなくてねぇ、可憐な花が欲しぃんだよ」

「お前達、なんでユリアーネさんと一緒に居るんだよっ!どう言う関係なのかじっくり聞かせてもらおうか!?」


 なんか俺達にまで絡んでくる人が段々と増えてきたぞ?声をかけてくれるのは嬉しいけど、絡むのはやめてほしいな。


 食堂全体が俺達を中心となってる、そんな気がしてくるぐらいの人の波にそろそろ撤収するか?なんて考えてた矢先……


「おぅおぅ、なんの騒ぎだよ?ギンジっ、なんかあったのか?って、ユリアーネじゃねーか。引きこもり止めたのか?」


 なんだか懐かしい声が聞こえた気がする。んん?っと視線を向ければ見知った赤髪男の姿。



「「「ミカ兄ぃ!お帰りっ!!」」」



「なんだお前等もいたのか、こんなところで何お淑やかにしてるんだ?酒が入ったら目一杯騒いで楽しめっ!酒の席での唯一のルールだぞ?」


 腰に手を当て「しょうがねぇ奴等だなぁ」と言うミカ兄はいつもの感じだった。これまで散々離れていて、今はたったの一ヵ月ぶりに会うだけなのになんだか妙に懐かしい感じがする。


 俺とリリィの間にミカ兄を招き入れるとジョッキを渡たす。


「ミカ兄はどこ行ってたのさ?」

「散歩だ、散歩。それよりなんの騒ぎだ?」


 俺達は今日の討伐の顛末をミカ兄に説明すると「なるほど」と頷き一息でエールを飲み干す。


「なら飲まないとだな!お前等も飲め飲め、乾杯だっ!おやじぃ!酒くれよっ!エール四つ、最速でっ!」


 待ちきれなかったのか、自らカウンターまで取りに行くと四つのジョッキを手に戻って来たミカ兄。ニヤリと不敵な笑いを浮かべて俺達の前に ドンッ と置く。


「ほら持てっ!お前達の成長を称えて乾杯っ!」


 またも キューッ と一気に飲み干すと、嬉しそうな顔で俺達の肩を加減もなく叩きまくる。


「おやじぃ!お代わりっ!エルシュランゲってなぁ、割と強い魔物なんだぜ?しかもなんだ?体長二十メートルだぁ?冒険者になってたかだか一ヶ月のガキが倒せる相手じゃねぇんだよ。俺の知らない間に何があったか知らねぇが、随分と成長しやがってっ!もう俺がいなくても心配ねぇな。ガハハハッ」


 俺とミカ兄の間に銀髪が ニュッ と生えた。


「ミカルはなーーんにもしてあげてないから、威張らないでよねっ。僕のおかげだよねぇ」

「っせーなっ、ちゃんと指導してたぜ?採取とか採取とか採取なっ!」


 プププッ 採取ばっかりじゃん。

でもミカ兄言ってたよね?いざという時役に立つって、必要な事だって。ちゃんと感謝してますよ。



 その後も宴会は続き夜も更けた頃、そんなに酒に強くない俺は フラフラ とした足取りながらも一人で自室へと戻りベッドにダイブした。


 今日は疲れた……朝から森に入り、蜘蛛に捕まり、蜥蜴ちゃんとご対面したら目の前で丸呑みされて巨大な蛇と格闘。

 夕方前から酒にまみれ、人に揉まれ、もう深夜だ。


 明日は予定がないので少しゆっくり寝よう。そう心に決め、心地よいアルコールの波に飲まれながら意識を手放した。


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