32.特訓の成果
緊張と共に握り締める剣、格下を相手にするが如く舌を出し入れして余裕を感じさせる巨蛇に走り寄る。渾身の力を込めて両手で振り降ろすも首をしならせ ヒョイッ と簡単に躱されてしまった。返す刃で斬り上げるものの、そんなものは当たらない。
「チッ」
勢いそのままに更に突っ込みながら幾度も剣を振るうが、巨体にも関わらずしなやかな動きで擦りもしない。
剣を振り上げた次の瞬間、俺の狙う頭とは逆側、尻尾の辺りが鞭のようにしなれば腹部に鈍い衝撃が走り、なす術なく弾き飛ばされる。
「くぅぅっ」
「がはっ」
途中、走り寄っていたアルと打つかり二人まとめて地面を滑る。
俺達と入れ違いに飛び出したリリィ、分かりやすい急所である頭を狙うも軽く身を退いただけで呆気なく躱されてしまう。だがそれだけでは攻撃の手は止まらず、頭は高すぎて届かないと判断すれば胴体へと行先を変える両手の剣。
横から迫る極太の鞭、それを詠んでいたリリィは一旦しゃがんで回避する。尻尾が頭上を通り過ぎた直後の急転、尻尾の動きの起点に狙いを変えると迷いなく身を滑らせた。
「このぉっ!」
見事にヒットし鱗を切り裂けば、黒い巨体に一筋の赤い線が入り僅かな血が流れ出る。
「シャーーーッ!!」
浅かったとはいえ痛みに暴れ出し、それに弾かれてしまうリリィ。
「キャーーーッ!」
「大丈夫か?」
丁度俺の所に飛んできたリリィの勢いを殺して受け止めると、苦悶の表情を浮かべる彼女を残してエルシュランゲへと向かった。
先行したアルが暴れる尻尾を狙い剣を振り下ろせば、赤い線が増えて先程の傷よりも多くの血が流れ出す。
傷を負わされた事に怒りを覚えたエルシュランゲは矢のような勢いで顔を近付けると、憎らしいアルを食い殺さんとばかりに口を大きく開けた。
桃色の肉壁の奥へと続く暗闇、その入り口は人の身長よりも広く、子供である俺達など余裕で一飲みに出来るだろう。それを飾るのは四本の白い牙と絨毯のように敷かれた赤い舌。あれをまともに向けられてしまえば恐怖のあまり身動きが取れなくなりそうだ。
「こんなろぉ!」
アルに迫る大口の下から剣を振り上げる。見事に決まったものの骨にぶち当たった一撃は奴の皮膚を少し傷つけた程度、しかし大きく開かれた口を強制的に閉じさせることには成功していた。
仰け反るエルシュランゲ。だがそれで目が覚めたのか、勢いに逆らわず身体を戻すと距離を置く。今度は俺を捉えた金色の目、黒く細長い瞳孔が シュッ と細くなる。
「シャーーーッ!!」
すぐ隣のアルには目もくれず気味の悪い視線で俺を睨み続けたかと思いきや、極太の槍のように突き出される奴の頭。
慌てて横に飛び退き回避するもののそれだけに終わらず、何度も何度も俺だけを執拗に襲う直径一メートルの巨大な槍。そんなものを受け止める事など出来るはずも無く、ただ地面を転がり避けることに必死になった。
攻撃範囲が広い為、避けるのにかなりの移動を必要とされる。だがなんの捻りもない直線の攻撃、奴の動きをよく見ていれば避ける分には問題は無かった……が、避けているだけでは倒す事は叶わない。
(どうする?)
自身に疑問を投げかけたタイミングでエルシュランゲの頭が迫る。
転がり避け、視線を向ければ視界を埋め尽くす黒い鱗。先程までのように頭だけ突き入れるのではなく、二十メートルの巨体が空を飛んで移動して来たのだ。
「あ、まずいわねぇ」
そのままの勢いで俺の後ろに回り込むと、長い身体を巻き付け締め上げにかかるエルシュランゲ。その顔は俺の正面に迫り、自分を痛めつけた獲物が苦しむ様を楽しんでるかのようだ。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
締め付ける力は徐々に強まる。身体の殆どを物凄い力で押さえつけられ争うこと適わず、身動ぎすら取れない俺はただ痛みに耐える事しか出来ない。
「レイ!」
アルとリリィが挟み込むように攻め込むものの鞭の様に動く素早い尻尾が行く手を阻む。
しかしそれを逆手にとり、自身に迫る素早い尻尾を全身の力を込め叩き落としたアルの剣。
「今だっリリィ!」
言われるまでもなくアルの後ろから飛び出すリリィ。俺を締め上げる
空振り、空中へと飛び出せば、抗う術のないところを狙い大きな口が襲いかかる。
『食べられる!』
数秒後の未来を悟り目を瞑ってしまうリリィ。しかしそれに反して、食らいつくはずだった蛇頭が思わぬ攻撃をくらい横へと吹っ飛ばされた。
「諦めたら終わりよぉ」
おっとりとした声がリリィの耳に届くと同時、蜜柑色の髪が風に靡くのが視界に入る。
頭を強打されたエルシュランゲは締め上げていた俺の事も忘れて全身から力が抜けてしまったようだ。だが、ようやく解放されはしたものの痛めつけられた身体が思うように動かずその場で崩れ落ちる。
「どけぇぇっ!この野郎ぉ!」
動きの鈍ったエルシュランゲ。今がチャンスとばかりに渾身の力を込め、長い胴を両断する勢いで剣を振り下ろすアル。黒く硬い鱗を切り裂き肉の中まで食い込むが、強靭な筋肉に阻まれ半分も行かないうちに止まってしまう。
「くそっ!」
斬られた痛みで暴れる胴体から素早く剣を引き抜きもう一度振り下ろしたが、硬直した筋肉により先程より浅くしか入らない。
「力任せでは限界がある、鍛錬を思い出せっ!斬るとはどういうことだっ?剣とはどう使うものだ!?」
いつもののんびりとした声ではなく、鋭く厳しいギンジさんの怒声が俺達の戦場に響き渡る。
「相手が人間でないから、自分よりでかいからって臆するな!相手を良く見ろ、動きを詠め!やることは何も変わらんぞっ!」
食い込んだ剣を強引に引き抜くアルに、隙を見て飛びかかろうとしていたリリィに、痛みを堪えて立ち上がろうとする俺に、ギンジさんの声が届く。
何の為の鍛錬だった?実戦で使えない技術など無いに等しい。二十日に渡る鬼の様な特訓を無駄にしてなるものか!
敗戦の気配を感じて弱気になっていた三人の瞳に再び闘志が宿った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます