31.身の丈に合わない敵
「んん〜、どうしようかなぁ、蛇でも行っとく?見たことある?でぇっかい蛇!」
両手を目一杯広げて大きさをアピールするギンジさん。 そんなに大きいの!?それって俺達でも勝てるんですよね?逆に食べられたりしないよね?
もの凄く不安になったがギンジさんがいれば大丈夫だろうと手渡された依頼書を見て目を疑った。
【《エルシュランゲ》体長五〜三十メートルになる巨大な蛇。ベルカイムの東の森を二時間ほど入った沼付近に体長二十メートルの個体が現れ冒険者二名を飲み干したとの報告有り。素早い身のこなしの為、討伐の際は十分注意すること】
二十メートルの蛇ってなんだよっ!!
「どうした?」
「なになに?」
固まってる俺を見てアルとリリィが依頼書を覗き込んでくるが、すぐに二人もピシッと音を立てて同じように固まる。
「「「ギンジ(さん)っ!!!」」」
「何かあった?早く受付してきてよぉ。日が暮れちゃうぞ?はいはいっ、行った行った」
背中を押されて無理矢理カウンターまで連れてこられた俺達は『どうなっても知らん!』と半ばヤケクソに依頼書とカードを受付カウンターに叩きつけた。
「あ、あの、この依頼は……」
ミーナちゃんが困惑して話しかけてきたが覗き込んだギンジさんがパタパタ手を振り言葉を遮る。
「大丈夫大丈夫、僕が付いて行くから平気だよ」
聞いたからねっ!ちゃんと助けて……よ?
聞く耳持たずの態度に説得を諦めて大きな溜息を漏らすと、渋々ながらも受付処理してくれる。今生の別れもあり得ると思いミーナちゃんの手を取り「行ってきます」と涙ながらに言えば「気を付けてニャ」と心底気の毒そうな顔をされた。
永遠の別れにならない事を祈りつつミーナちゃんに何度も手を振り、名残惜しく思いながらもギルドを後にした。
▲▼▲▼
ベルカイムの東側には街道が無い為、門も無い。当然人通りもほとんどなく、いるのは俺達みたいな冒険者だけだ。森がすぐそこまで迫り魔物がよく出る為、討伐依頼が多い場所。
そんな危険度の高いところを新人冒険者の俺達が進んでいて良いのだろうか?いや、きっと駄目だろう。さぁ、早く帰るんだ!
立ち止まり横を向くと俺の心を詠んだのか、ギンジさんの銀色の瞳が『往生際が悪いぞ』と無言のナイフを容赦なく突き立ててくる。見えない攻撃に精神をやられた俺は再び前を向きトボトボと歩き出す。すると視線攻撃は収まりいつものニコニコ顔へと戻るのだった。
森に入り一時間くらい経った頃だろうか、死刑台に送られる囚人の如くトボトボと歩みを進めていると背筋に悪寒が走る。
突然の事に慌てて周りを見回したのだが何も異常は見当たらない。立ち止まりしばらくキョロキョロしてみるが原因と思しきものは見当たらない。何かに見られている、そんな気はするのだが至って普通の森があるだけで特に変わったところがないのだ。
「どうしたの?」
「何か視線を感じたようなき……うぉぉぉっ!!」
言い終わらぬ内に物凄い速さで上へと引き上げられていく。身体を捻り向かう先を見ると、ヤシの実ほどの黒い塊から光の加減でようやく見えるほどに細い糸のような物が伸びていた。
ピントがしっかり合うとそれが大きな蜘蛛だと分かる。
『喰われる!!』
理解した途端にものすごい勢いで恐怖が襲いかかる。固まり動かない身体、急激な速さで迫る蜘蛛。奴の口にある二本の牙が近付く獲物に合わせて蠢いたのが見えた時、このまま丸かじりにされる姿が頭を埋め尽くす──が、その瞬間、蜘蛛と俺とを繋ぐ糸がぷっつりと途絶えた。
「へっ!?」
我が目を疑う光景が見えた直後、視界が真っ白に変わる。
落下する浮遊感と共に理解が追いつき、誰かに助けられて抱きかかえられているのだと認識した。
白い布越しに感じる妙に柔らかくて心地の良い感触。仄かに香る柑橘系の匂い……こ、これはまさか女性!?と、言う事はだ。つまりこれは、お胸様ですか?うわぁおっっ!!
助けてくれた人の顔を見ようと身を捻ると「ちょっとぉ!!」と怒られた。顔に当たる肉が柔らかくて気持ちいい……ふふふっ。
「いってぇーっ!」
地面に着地したような軽い衝撃が来た直後、ポイッ と捨てられ腰から地面に激突。イテテッ……それはないぜお姉さん。
顔を上げると、腕を組み頬を膨らませて俺を睨む蜜柑色の髪の女の人がいた。 あれ?この人はギンジさんと一緒にいた人だ。
「せっかく助けてあげたのにぃ、おっぱいグリグリするってどぅいうつもりなのよぉっ!」
みんなして白い目で俺を見る……が、待て待てっ!誤解だぞっ!?
「ちょっと、レイ!?」
「お前なぁ、人としてそれはどうかと思うぞ?」
「わざとじゃないって!助けられたのは分かったけど、誰が助けてくれたか顔を見ようとしただけなんだよっ!勘弁してくれよぉ。あの、その……ごめんなさいっ!あと助けてくれてありがとう」
サッと立ち上がり腰を直角に折って精一杯の謝罪をする。おっぱい気持ちよかったです、てへぺろっ。
「わざとじゃないならいいわぁ」
真摯な態度が良かったのだろうか?一瞬 キョトン としたものの呆気なく許してくれるお姉さん。その顔も可愛くて素敵だったのだが、何はともあれ美人は心が広いんだなっ。惚れてまうやろーっ!
「んでよぉ、なんでお前ここに居るんだ?」
そんなお姉さんをジト目で見つめるギンジさん。そう言われてみればそうだよな。こんな人気の無い森の奥になんでいるんだろう?
「そ、それわぁですねぇ……、えぇぇっとぉ、魔物退治に決まってるじゃないのぉ?」
「ほぉ……?」
「ゔ……そ、それよりぃ怪我はなかったぁ?気を付けないと駄目だよぉ?《モルタアレニエ》は木の上の方から隠れて狙って来るからねぇ。捕まるとぉ食べられちゃうぞ」
あ、はい、ありがとうございます。気を付けます。
「そぉいえば、名前、聞いてなかったねぇ。私はユリアーネよぉ。どこに行くのか知らないけどぉ、どうせならぁ私も一緒に行っていいかなぁ?」
右手を差し出しにこやかに微笑むお姉さん。ユリアーネって言うのね、メモメモ。
挨拶を交わし目的を話せば、ユリアーネさんも同じくエルシュランゲを狩りに来たと言うので一緒することにした。
終始ジト目だったギンジさんが何を言いたかったのかは知らないが、これで生きて帰れる確率が上がった。感謝しますっ!
その後ユリアーネさんと一緒に森を進んで行くと、さっきの大きな蜘蛛〈モルタアレニエ〉が不意をついて度々襲って来た。たが、流石にそういうものがいると分かっていれば対処も出来る。
幾度となく降って来る糸だがやってくることは “糸で相手を吊る” だけ、見つけては使い捨てのナイフを投げるだけの簡単なお仕事だった。勿論吊り上げられて蜘蛛の巣に取り込まれれば身動きが取れず一貫の終わりなのだが、そうなることは一度もなかった。
蜘蛛の住処を通り過ぎるとしばらく森を歩くだけになった。地面が少しずつ水気を含み始めそろそろ目標の沼だと思い始めた頃、それは ガサゴソ と音を立てておもむろに姿を現す。
「かっわいい〜っっ!」
頭からお尻まで人一人分。お尻からは太くて長い尻尾がニュッと生えており、身体と同じくらいの長さがある。焦げ茶色の体に赤い大きな目が愛らしく、俺達を見つけると立ち止まり、つぶらな瞳をパチパチさせているソイツは大きな蜥蜴だった。
「可愛いねぇ。この子は《ハルトアイデクセ》これでもぉ討伐対象なのよ。近付いたら パクッ とされるからぁ三メートルくらいは伸びる舌に気を付けてねぇ」
お金持ちの物好きがペットにしてそうな可愛らしい容姿とは裏腹にガッツリ肉食のようだ。
行手を塞ぐ蜥蜴ちゃんを遠巻きに眺めてどうしようかと悩んでいると、まったりとした仕草からは想像も付かない素早い動作で首を回し、俺達とは違う方に向けて目をパチパチさせ始める。
「どうしたのかな?」
「あ、不味いかもぉ……来るよぉ」
急に向きを変えた蜥蜴ちゃん、その巨体に似合わないスピードで突然走り出す──が、ドドドッ と足音を立て始めた直後、大きな影が飛びかかって来た!
次の瞬間、愛らしい蜥蜴ちゃんは姿を消し、入れ替わりにヌメヌメと妖しげに光る奴がそこに現れる。
「まじか……」
細かい鱗の様な皮膚が全身を覆い尽くし、その太い胴体は直径一メートルを超えている。体はとても長く、途中の一箇所がポコンと膨らんでいる。
鎌首を持ち上げたそいつはゆっくりと俺達の方に頭を向けると、顔の端から端まである大きな口の隙間から二股に分かれた赤く細長い舌を出し入する。口の上にある二つの金色の目が此方に向けられており、今食事を終えたばかりだというのにデザート代わりに俺達を狙ってるようだ。
〈エルシュランゲ〉こいつが俺達の狙うターゲットの大蛇だ。想像よりも更にでかく、存在感がすごい。あのぽっこりしてるのは俺達の蜥蜴ちゃんか!ペロリと食べやがって……仇は討ってやるからなっ!
「ちゃっちゃと殺っちゃってねー」
軽い感じで ヒラヒラ と手を振るギンジさんに非難の目を向けるも、すぐに頭を切り替えて巨蛇に対峙する。
でもこんなでかい奴どうやって倒すんだ?鱗も滑りそうだし、斬れなかったりしないよね?
不安ばかりだが出来ると信じ、チロチロと長い舌を出し入れして俺達を品定めするエルシュランゲに、三人で間隔を空けてジワリジワリと間合いを詰めていく。
ギンジさんはのんびりと木に背中を預けて俺達を眺めているし、ユリアーネさんもその隣で腕を組み傍観の姿勢を見せている。
これは俺達三人の戦いだっ!
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