30.優男の仮面を被る鬼軍曹

 ベルカイムに戻ったその足でギルドに顔を出すとギンジさんが出迎えてくれた。いつもの胸のはだけたゆったりとした服装にのほほんとした声で「おぉ、おかえり〜」と言われると帰ってきたんだなぁと実感する。


「ミカルは今遊びに行ってるからしばらく帰ってこないよ、のんびり待てばいいさ。

 ところで貴族の報酬はどうだった?良い物貰えたの?」


 切れ長の目を細めニコニコと話すギンジさんはミカ兄とは正反対の性格だなぁと思う。別にミカ兄が怒ってばかりと言うわけではないけど、シャキシャキの熱情派のミカ兄に対してのほほんと穏やかなギンジさんなのだ。よく二人でパーティーなんか組む気になったものだ。逆にしっくりきたりするのかな?


 俺が ポンポン 鞄を叩いてアピールするとすぐに分かってもらえた様で驚いていた。


「随分と便利な物を貰ってきたね、僕の分は?ふふふっ、そんなに困った顔しないでよ、冗談さぁ。

 話は変わるけどさ、君達は強くなりたいかい?」


 腰に手を当てて爽やかスマイルで俺達を見るギンジさん。何の気まぐれか、ベルカイム最強の男が稽古を付けてくれるらしい。これでさっさと強くなれるぞ!


 三人揃って激しく頷いたのだが、この時の俺達は笑顔の下に隠された悪魔の顔に気付く事が出来ていなかった。




 翌日から開始された特訓一日目はただの筋トレ、剣術云々よりまずは基礎的な身体作りからやらなくてはならないらしい。飛んだり跳ねたり走ったりとやっている事は大した事では無いが、おかしいのはその量だ。半端なく回数が多く、しかも早くこなせと言われる。

 碌な休憩も無く言われるがままにひたすら動き続けたからだろう、たった一日で身体の隅から隅まで、ありとあらゆる場所から悲鳴があがり起き上がることすら出来なかった。


 二日目はというと、前日に酷使した筋肉が労働を拒絶する中、体力トレーニングと称して森の中を延々と走るマラソンだった。


「さっき休んだじゃん?そんなんじゃ強くなれないよ?」


 流石にへばり泣きを入れれば少しだけ休憩がもらえたのだが、その後は休憩なんてしない方がよかったと思えるほどに厳しいしごきが……。


 三日目以降も筋トレと体力トレーニングの日替わりを繰り返し、七日目にしてようやく丸一日の休みを与えられた。


 しかし休みだと気が抜けたのだろう。身体を動かす気力など欠片もなく、三人揃って自分の部屋でベッドと言う最高の友達とラブラブデートをすることとなった。

 当然ながら一日程度では回復するわけもなく、ズタボロの身体は動かす度に激しい悲鳴をあげてくる。



「リリィ……生きてるかぁ?」

「…………もういっそ死んでしまいたい」

「アルー?」

「強くなれるなら……文句は言わないさ」


 晩飯の時間に二人を呼びに行くと、死に体を引き摺りギンジさんの待つギルドの食堂へと向かう。

 当のギンジさんは蜜柑色の綺麗な髪の女の人と楽しそうに談笑していた。細身なのにはち切れんばかりの豊かなお胸様が目立つ、とびきりの美人さんだ。


「ギンジさん来たよ、その綺麗なお姉さんは彼女さん?」

「彼女違うしっ、それより身体はどうよ?少しは休めたかな?」


 なんだ違うのか、それにしても綺麗な人だな。


「ギンちゃん、この子達が噂のぉ?」

「噂の、だな。ぷふふっ」


 なぜ笑う……噂ってあの事かな?まだそんな噂流れてたのか?偶然で立てた功績なんて俺には重いだけだ。早く皆が忘れてくれる事を願うだけだな。


「ふぅん、三人共良い目をしてるわねぇ。これからも頑張ってねぇ。じゃあ私は行くわぁ、バイバイ」


「お邪魔だった?」

心配になり聞いてみたがフルフルと首を振るギンジさん、ちょっと安心したよ。


「彼女は昔馴染みでね、最近はあんまりここには来なくなったけど、僕やミカルと同じ時期に腕の立つ新人として名を馳せたんだよ。

 強くて美人、おまけにいい身体してるうえにいつも一人なもんだから大人気ってな。リリィも五年後にはああなっているのかな?」


「オッパイなくて悪かったわねっ!」


 豊かではない胸を隠すように腕を組み、ジト目で吐き捨てると可愛く頬を膨らませて横を向いてしまった。大丈夫、オッパイが全てじゃ無いし、可愛さなら負けてないよ?


「まぁ、ご飯食べなよ。そんでさ、明日から剣持ってきな?基本から見てあげるよ」



「「「!!!」」」



 身体の痛みも忘れて花が咲いたように顔が明るくなる俺達。そりゃそうだ、筋力や体力づくりも大事なのは分かるが剣を扱う技術もそれと同じくらい大事だと思うからねっ!ようやく剣を教えてもらえるっ!




 やっと本格的な練習にはいれる!そう意気込んで行った特訓八日目、ギンジさんはやはり甘くはなかった。


「まずストレッチからしよう。身体の柔軟性は大事だからね、出来れば毎朝やった方がいいよ。今日は最初だから特にしっかりとやっておこう。

 レイとアルでお互い身体を伸ばしあってね、僕はリリィの身体を伸ばしてあげるよ。そんな目をしなくても大丈夫、変な事なんて……多分しないよ」


「したらぶっ飛ばすからねっ!」


 朝からムスッとしたリリィはそれでもギンジさんとストレッチを始める。俺もアルとしっかり身体をほぐし剣術稽古に備える。


「逸る気持ちはあると思うけど、それより身体を温めて来てくれるかな?町の外周を一周、ランニングっ!」


 町の外周ってめっちゃ距離ありますがね!うぉー!さっさと終わらせるぞっ!

 早く剣術訓練がやりたくてかなりのペースで走った。二時間近く走り続け、終わった頃には体力が尽きる寸前。本末転倒とはこのことか……。


「さて、まず中段の構えからの正面への斬り下ろしだな、一番の基本だと言えるだろう。ほれっ、レイからやってみて」


 剣を抜き、中段でピタッと止める。そのまま頭の後ろまで振りかぶり、足を踏み出すと共に一直線に振り下ろす。

 アルとリリィも一人ずつやったのだが、俺が見た感じは皆同じに見える。


「うん、まぁまぁだね。悪くない。中段から振り上げたら刃の向きが振り下ろす軌道に真っ直ぐに向いている事、気をつけて。少しでもズレると剣線がブレてしまうよ。振り下ろす時は肘が開き過ぎでも、閉じ過ぎでも威力が落ちる。肩幅より少し広めが理想かな。

 後は身体の使い方だ。人間の身体はいろんなパーツで出来てる、つまりそれだけ複雑な動きが出来るんだ。剣を振り下ろす、この一つ取っただけでも足の踏み込み、腰の入れ具合、背筋の使い方、肩、肘、腕、手首の動かし具合とタイミング。  体に染み付くまでやるしかないことだから、しばらくは時間がある時にソレを意識しながらの素振りをするといいよ。まずは頭で考えながらゆっくりやってみようか、イメージは大事だ」


 踏み出し、腕を振るう。その動きに合わせて腰を動かす、背筋に力を入れる、肘を伸ばす、手首を動かす。一つずつやる分にはそこまで難しくない。何回かやればこれが一番良い動き方なのだろうポイントはわかってくる。だがしかし、全てを一度にやらなくてはならない。

 今まで気にもしてなかった事を意識してやる、たったそれだけで急に難しいことのように感じる。ただ剣を振り上げ、振り下ろす、それだけの事なのに……。


 納得のいくまで剣を振り続けた。今のは腰の入れ方が……今のは手首を捻るタイミングが……今のは……今のは……。

 やればやるほど納得がいかなくなり、ぐるぐると頭の中で思考が巡る。ぐるぐる、ぐるぐる……と。



「さっきより大分良くなったね、じゃあ次は当ててみようか。僕が剣を適当な所に出すから、今の素振りの要領で叩き返してみて。今の基本を忘れずにやるんだよ?後の二人は順番にやるから、それまで素振りしててね」


 目の前にギンジさんが立ち、そこから俺に向かって緩やかに剣を振る。その軌道は俺が返しやすいよう調整されており難なく叩き返すことができる。


「ほらほら素振りを思い出してっ!全身を使うんだ。腕だけで振ったら駄目だよ」


 右から、左から、下から、ゆるりと迫る剣を叩き返す。素振りと違って動きがあるとそっちに意識を取られ全身の動きが荒くなる。


「ちゃんと見て判断する!判断したらすぐ動く!はいっ!はいっ!はいっ!ほらっ身体の全てを動かしてよー」


 基礎ってこんなに難しいの!?俺ってこんなに駄目駄目だったっけ?自信無くなってくるわ……

 その後夕食までひたすら素振りを言い渡された俺は腕がパンパンになったのは言うまでもありません。



▲▼▲▼



 素振りの復習から始まり、基本の型、二人で交互に打ち合い、実戦形式の対戦と、ギンジさんの分かりやすい解説のお蔭で数日のうちにメキメキと力が付いた……ような気がする。

 ギンジさんと対戦してもなんとか付いて行けるくらいにはなったぞ。たぶんかなり手加減してくれてるとは思うけど……。


 そんなこんなで十日ほど経ったある日の夕方、いつものように晩飯をギルドの食堂で取ろうと行った所、見覚えのある蜜柑色の髪の女の人が沢山の人に囲まれてジョッキ片手に大盛り上がりをしていた。


 ギンジさんはチラッと見ただけで特に気にする様子もなく、空いているテーブルに座るとご飯を注文してくれる。

 お酒とおつまみの唐揚げが先に来て攻撃的な匂いを放ってくる。


「今日も一日お疲れぇ」

「「「乾杯っ!」」」


 三つのエールジョッキとオレンジ色のカクテルの入ったガラスのコップとがぶつかり合う。よく動いた後のエールは染み渡るねぇ。


「唐揚げうま〜」


 でかくて美味くて安い!流石看板メニューですな、冒険者の味方ですっ。


「明日から実戦訓練としてギルドのクエストを受けようか、何狩りたい?」


 口一杯にねじ込んだ唐揚げをモグモグしながら考えてはみるのだが俺の頭の中に選択肢などは無い。何せどんな魔物がいるのかほとんど知らないのだ。アルとリリィに視線を送るが大きな唐揚げに口を付けながら首を横に振っている。


「私に聞いてもどんなのがいるのか知らないわよ。ギンジのおすすめでいいんじゃないの?」

「俺も同じくだな。ギンジさんにまかせるよ」


「んー、じゃあ明日の朝適当に決めよう。いっぱい食べたらゆっくり休んでね。ただし寝坊したらお仕置きだからね?」


 唐揚げが無くなったところに頼んだご飯が届き、お腹がはち切れるほど食べて満足したところで部屋に戻り明日に備える。

 明日は久しぶりの狩りだっ!ワクワクして眠れるか心配……。


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