35.これって浮気なの!?

 特に何事もなく六日間の馬車旅を終え、チェラーノに着いた所で宿へと向かう。今回は旅の宿なのでミカ兄と俺、ギンジさんとアル、ユリアーネさんとリリィのペアで部屋を取った。


「ベルカイムでは食えない飯がある」


 ミカ兄が連れて来てくれたのは屋台街の端っこにある一軒の変わった屋台で、近くに行くだけで食欲をそそる匂いが一際強い。


 髪の毛の無い頭に捻り鉢巻、垂れた目尻が人の良さをより一層引き立てている。大きな鉄板の前で汗だくになり、両手に持つ銀色のコテを振るっている親父さん。

 鉄板の上で躍るのは薄くスライスされた肉と、細く切られた何種類かの野菜。そしてメインとなるのが、麺と呼ばれる長く極太の髪の毛の様な形をした小麦粉の練り物だ。数種類の野菜と塩や砂糖から作る黒いソースを絡めて炒められており、その芳ばしい独特の香りは生唾が溢れ出るほど強烈に食欲を掻き立てる。


 皿に盛られた湯気が立昇る〈焼きそば〉、逸る気持ちを抑えつつフォークで掬い口に放り込む。


 麺のモチモチとした食感、シャキシャキの野菜、少量しか入っていない肉からも旨味が出ており料理としての調和が取れている。それに加えて黒いソースである。匂いと同じく甘じょっぱいような何とも言えない味が口の中を支配し鼻に抜けていく。

 肉にかけても美味そうなソレは麺、野菜、肉の絶妙なコラボレーションをさらに一段……いや、三段ぐらい高い場所へと押し上げている。うん、これは癖になりそう。


「んまーーっ!なにこれ、ちょぉぉ美味しいよぉ!」

「んんっ!おいひぃねっ!」

「だろぉ?俺も匂いに釣られて食ってみたんだけどよぉ、ハマっちまってな。なっ、大将!」


「どんどん食ってくれぃ」と張り切り持っているコテを打ち鳴らす大将。コレはハマる味ですよ!食がめっちゃ進む。

 だいぶ大盛りに盛られた焼きそばだったがペロリと完食してしまった。これで銀貨一枚しないとか安すぎじゃない?



 満腹になったお腹をベンチで休ませみんなが食べ終わるのを待っていると、他のお客さんも匂いに釣られてやって来た。どこの屋台も美味そうな匂いを出してるけど、この匂いは反則級の強さだなっ。オマケにソレを裏切らない美味さと来た!


「何この匂い!お〜いしそぉっ!おじさ〜ん、一つ頂戴なっ」


 嬉しそうに屋台を覗き込むお姉さんは細身でスタイルがよく、お尻まで届く薄藤色の髪はゆったりとしたウェーブがかかっており見る者を惹き付ける。


 黒色の長袖ワンピースは膝丈で、袖口とスカートの裾部分に紫のレースがあしらわれており高級感を感じさせる。首元まで布が覆っているにも関わらず胸元が大きく開いているデザイン、程よい大きさの胸が谷間を覗かせることにより、より一層彼女を魅力的に見せていた。


 上品な微笑みはどこかの貴族令嬢を思わせ、その姿は屋台で商品を待つのが似合わない。だが、優雅さを醸し出す立ち方で長い髪をかきあげる仕草を見ていると、そんなのはどうでも良い事のように思えてくる。


 彼女を眺める視線を勘付かれたのか、切れ長で細い目に内包される紫色の綺麗な瞳が自分に向けられ ドキッ とする。その微笑みに心を撃たれて魅入っていれば、横から伸びた手がほっぺを ギュッ と摘まんできた。


「あんなに愛し合ったのにぃ、浮気ですかぁ?」


 痛い痛いっ、ユリアーネさんが可笑しなこと言い出したぞ!?あの夜は何もなかったはずだが……それ以来そんな事もなかったし!


「浮気は犯罪ですっ!」


 リリィまで反対の頬を摘んで俺を落とし入れようとしてくる。みんなして俺を虐めて酷い話だな。見てみろ、ミカ兄だってギンジさんだって見惚れてるじゃないか!なんで俺だけ駄目なんだよっ!


 その様子を見ていた美人さんも口に手を当て上品に笑っている──笑われたしっ!なんか知らないけど凄くショックだわ。



 俺達の隣のベンチに座り、長くて綺麗な髪を片手で押さえつつ焼きそばを食べ始めるユリアーネさんにも負けないくらいの美人さん。食べてる姿もどこか上品さを感じさせ、自然と綺麗だと思わされる。


「姉ちゃん、一人?良かったらこの後僕達と飲みに行かないかい?」


 ギンジさんの誘いに キョトン としながら口に入れた焼きそばを モグモグ してる美人さん。食べてる最中にナンパですか。時と場所を選ばないのね。ナンパとはこういうものなのか、フムフム。


「ごめんなさい、後で迎えが来るの。また今度お誘いくださいますか?」


 やんわりと断られ撃沈するギンジさん。だが、そんな事ではへこたれない。


「なんだよツレないなぁ。僕じゃ不満かい?それなりに外面にも自信あったんだけどなぁ」


「不満ではないわよ?むしろ好みではあるわね。でも、好みと言えばそっちの黒髪の子の方が好みかしら。フフフッ、また抓られてしまうわ、ごめんなさいね」


 笑顔を向けられ嬉しくなってしまい顔が緩むが、ウチの女子二人から刺すような視線が送られてくる……ギンジさんは良いのに俺が駄目な理由を教えてくれ!



 まだ焼きそばを食べている美人さんに別れを告げると俺達は飲みに出かけた。虐められた俺は少しばかり飲みすぎたのはご愛嬌というやつだ。


 明日からは魔族探し。でも、どうやって探すんだろう?


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