36.捜索という名のデート

「それで、魔族なんてどうやって探すんだ?」


 皆が集まる朝食の席でアルがもっともなことを聞いてくれた。そう、人里にいるのならば恐らく人間と魔族なんて区別がつかないのだろう。町の人全員に「魔族ですか?」なんて聞いて回わる訳には行かないし、本物の魔族だって「はい、そうです」なんて答えるハズも無い。


「だからお前達を呼びに行ったんじゃねぇかよっ!魔族は三人らしいぜ。貴族風の男と若い男女だ。この町の東の森の浅い場所で目撃されてる。手掛かりはそれだけだ」


 なにそれ?たったそれだけで探せるの?それに該当する人なんてどれだけいると思ってるんだよ!貴族風の男ならともかく若い男女って無理じゃね?


「とにかく、人里に現れたってことは何か企んでる可能性が高い。奴等がコトを起こす前に突き止めて阻止する必要があるんだよっ。

 こんな所にいる過激派の奴ならかなり強ぇはずだ。町中ぶらついてりゃ俺達なら何となく分かるだろう。そんな奴がいたらマークして尻尾を掴むんだ」


 えっとつまり……チェラーノの観光って事でいいんですかね?なんか思ってたよりのんびりとした作戦だな。魔族のアジトに潜入して打ち倒す!なんて事を想像してたのにちょっと拍子抜け?まぁ初めての町だし、ぷらぷら出来るのは嬉しいっちゃ嬉しいな。


「町中散歩でいぃのよねぇ?じゃあレイ君、一緒に行こっか!」


 俺の手を引きスタスタと歩き出すユリアーネさん。ちょっと待ってよ、なんで俺なの?いや、不満はないんですけど……なんでだろ?

 呆気に取られている四人を残して俺は半ば強引に連れ去られた。



 チェラーノは田舎ではあるもののそれなりに大きな町といった感じで、ベルカイムに比べると少しだけ落ち着いた雰囲気がある。ベルカイムは交通の要の町なので商人さんが多いのだが、チェラーノの町を行き交うのは冒険者や旅人らしき人が多く見られる。


 メイン路地は活気にあふれ、軒を連ねる店々に多くの人が出入りしている。そんな中をユリアーネさんと並んで歩いていると、まるでデートでもしているかのように思えてしまう。

 なんだか小っ恥ずかしくてバレないように横を見れば、俺の手を引く蜜柑髪美人のご機嫌な横顔。


「なんだかデートみたいだねぇ」


 ようやく手を離してくれたかと思えば腕に抱きついてきた!こんな美人に抱きつかれるのは嬉しいけど、恥ずかしいから勘弁してください。お願いすると渋々離れてくれたが、再び握った手は離してくれそうになかった。


 二人で店を眺めつつ町の奥へ奥へと歩みを進めて行くと、白くて大きな建物が遠目からでも目につく。似たような建物をベルカイムでも見た気がするがあれは何なんだろう?


「あれは教会だよぉ?まさかとは思うけどぉ、行ったことなかったりぃ?」


 コクコクと首を振る俺に若干呆れた顔をすると「じゃあ式を挙げに行きましょう!」などと意味不明な言葉を吐き出し鼻息荒く歩みを早めたので転びそうになった。


 カミーノ家の屋敷を思い出させる大きな扉、高く尖った屋根が特徴的な大きな建物は、想像していたお城を小さくした感じ。

 中に入ると薄暗く、高い位置に作られた沢山の窓には色とりどりのガラスが幾何学模様に嵌め込まれ幻想的な光が差し込んでいた。部屋は何百人も入れそうなほど広く、多くの人が座れるよう沢山の長椅子が規則正しく並べられている。

 入り口から奥へと真っ直ぐ伸びる少し広めの通路、その先の一段上がった所に祭壇のようなものがある。その後ろには五メートルはある綺麗な女の人の像が立ち教会内を見渡しているようだった。


 各町にある教会は人間達の女神  《エルシィ》を祀る為の物であり、様々な人が自由に出入りし祈りを捧げることが出来る施設なのだと言う。


 そして教会にはもう一つ役割がある。『転移石』の配布だ。


 転移石とは直径五センチほどの透明で丸い石のことで、魔導具の一種である。転移石を握り魔力を込めると、その石を配布した教会まで一瞬で移動する事が出来るという超便利アイテムだ。

 しかし配布と言っても建前だけで実際にはお布施をしないと貰うことが出来ない。そのお布施も金貨一枚と言う結構な金額の為、頻繁に使う人は稀だそうだ。

 しかも一教会につき一人一つしか持つ事を許されず、配布と転移した際にはギルドカードをチェックされる。さらに言うと一つの転移石で転移出来るのは一人だけなので、移動する全員が持っていないと誰かが取り残されるといった事も起きてしまう。なかなか使い勝手の悪い物となっているが便利なことは確かな為、遠出をする冒険者や仕入れに向かう商人などが利用するので結構な金額のお布施が集まるのだとか。


「魔力を込めるって、どうやるの?」


 お金はあるので試しに一つ貰い教会内の椅子に座り眺めて見た。光に当てて中を見るとなかなかに透明度が高く、真ん中に小さな炎がユラユラしているのが見える。


「ん〜、転移石に向かってぇ魔法を使うみたいな感じかなぁ?」


 えーっと、俺、魔法使えないんで分かんないんですけど?その事を教えると目を丸くして物凄く驚いた顔でつぶらな瞳をパチクリさせるユリアーネさん……か、可愛い。


「使えないって……少しも、ちっとも、まったくぅ?生活魔法って知ってるよね?ほらぁ火を付けたりぃ水出したりぃ風出したりぃ」


 いや、それくらい知ってますけど使えませんってばっ!すいませんね!

 ユリアーネさんの琥珀色の瞳が珍獣でも見るかのようにまじまじと俺を見つめて徐々に距離を詰める。そのままキスでもしそうなほどに近寄ったユリアーネさん、宝石のような目は綺麗だけど瞬きしてないよ!?近すぎててドキドキするけどちょっと怖い。嘘は付いてないってば!


「珍しいのねぇ、まぁいいわぁ。転移石を握ってぇ、目をつぶってぇ、それに意識を集中してみてぇ?体の中に巡る力をそこに送る感じよぉ」


 言われた通りに石を握り、目を瞑って体の中に巡る力とやらを探ろうと試みる。んんー?ん?あれ?こんな感じか?

 僅かに感じた浮遊感。かと思えば握っていたはずの転移石の感触が無くなり先ほどとは少し違う空気が感じられる。


 目を開くとそこはさっき転移石を貰った場所だった。


 教会の人が呆気に取られる中、カードの処理を急かしてそそくさとユリアーネさんの所に帰れば、こちらもこちらでやらかした者を見る呆れ顔。


「もぅ使っちゃったのぉ?無駄遣いはダメよぉ?」


 いや使うつもりはなかったんですが……まぁいいや。

 それはさておき気分を入れ替え女神像を見上げた。綺麗な人だなぁ、あぁ女神様か。ユリアーネさんとどっちが綺麗だろう。でもエルシィって名前はなんだか聞き覚えがあったような無かったような……何かの本で見たのかな?


 向けられた視線に気が付きその先を見ると、すぐ隣の長椅子に座る女性が綺麗な薄藤色の髪を手で抑えながらこっちを見ていた。あれ?あの美人さんは昨日の屋台のときの?

 視線がぶつかるとニコリと微笑み軽く手を振ってくれる。


「こんなとこで転移石を使うなんて贅沢な遊びをしてるのね。ビックリしちゃったわ」


 声に気が付き視線を向けたユリアーネさん、彼女の顔を見るなり何故か ギョッ とする。


「貴方、なんでこんなところに居るのよぉ。レイ君はあげないからねぇっ」


 俺、物と違いますが……


「レイ君……ね。ここは教会よ?祈りを捧げる為に来ただけだわ。貴方達は違うのかしら?」


「俺が教会って来たことなかったんで連れてきてもらっただけです。邪魔してすみませんでした」


 素直に謝ると美人さんは口元に手をやり フフフッ と上品な笑いをする。紫色の瞳を見ているとなんだか吸い込まれそうな気になるし、仕草や雰囲気が優雅でどこぞのお姫様のようだ。


「やっぱり貴方は私好みね。素直なカッコイイ男の子、好きだわ。また会いましょう、レイ」


 優雅に立ち上がり去って行く後ろ姿。それを目で追っていれば、ハンカチを噛み締め『キーーッ』っと何やら悔しがってるユリアーネさん。静かな教会内では悪目立ちして恥ずかしくなったので「俺達も行こう」と告げて手を差し出すと、それまでが嘘だったようにコロリと機嫌が直り腕にしがみついてくる。



 その後も街中を散歩し、チェラーノの町を治める貴族の家も見に来てみた。

 他の建物とは一線を画す屋敷、桁違いな財力を誇る貴族というモノはやはり住む世界が違う人達なのだと改めて実感したところで『ティナは元気かな?』と少しだけ寂しく思える。


 貴族の屋敷を見てても仕方ないので帰ろうかとした時、だだっ広い庭を歩いてくる赤髪と金髪が目に入る。

 だがそれはどうにも見覚えのあるシルエット。


「ねねっ!アレってミカルとリリちゃんじゃなぁい?」


 はい、俺もそう思います。なんで貴族の屋敷に居るんだ?不法侵入かっ!?

 見つけたものは仕方がないので戻ってくるまで待つことにした。


「貴族の屋敷に忍び込むとわぁ、ふとどきなりぃっ。このユリアーネが天に代わって成敗してくれようぞぉっ!」


 左手は腰に、右手の人差し指を ビシッ! とミカ兄に突きつけ高らかに宣言する。

 だが当のミカ兄は、溜息でも吐きたそうな冷たい視線……


「うっせ!ばぁか。ちゃんと門から入って門から出とるわっ。今回の情報の提供者への報告と追加の情報を貰いに来ただけじゃ、ぼけっ」


 貴族と知り合いだったのか、ミカ兄すげーなっ。追加情報って何があったのかな?まぁ、それは置いといてだ。


「クリーム付いてるぞ、ケーキ美味かったか?」


 ハンカチを取り出し口元を拭いてやると、バレたのが恥ずかしいのか、少し照れ気味ではあるものの嫌がりもせずされるがままのリリィ。


「う、うん。美味でございました」


 貴族の屋敷でのおもてなし……この野郎!羨ましいぞっ。俺のは無いのかっ!?




 陽も傾き、宿の食堂に六人集まり夕食となったが、やはりブラブラしてるだけじゃ成果は無いようだ。そりゃあ……ねぇ?


「今回の依頼主であるこの町の領主の話しだと、魔族と思わしき男が町の東側にあるスラム街で度々目撃されているらしい。明日はそっちに行くぞ。

 情報だと単独でしか目撃されていないが元々三人はいたんだ、もっと仲間がいる可能性だってある、気をつけろよ?メンバーは表をユリアーネ、レイ、リリィで調べろ。俺、ギンジ、アルは裏を探る。ただし発見しても手を出すな。質問はあるか?」


 この町のスラムがどんな所か分からないけど、だいたいが貧困層の居る所って無法地帯だよな。隠れるにはもってこいの場所なんだろうけど、調査するにしても俺達も襲われないように気をつけないとだな。


「目撃されてる魔族の男の容姿はぁどんな感じなのぉ?」


「すまん言うの忘れてた。鋭い目つきに青み掛かったグレーの短髪、細身の男で、身長は俺と同じくらいだな。布巻きの帽子を被りデカイ剣を持っていたらしいぞ。

 後はいいか?ないなら今日は解散だな」


 魔族だから、人間だからってなんで仲良く暮らせないのか不思議だな。それでもその魔族が俺達の生活を脅かすというのなら排除するしかない。いつか分け隔てなく仲良く暮らせるようになるといいな。


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