37.地下室での対面
スラム街──イメージは悪いがそこまでひどい場所ではなかった。町の中心部に比べたら古い建物が多く、あちこち雑な修繕の跡が見受けられる。たまに見かける住人の服装もそれなりに普通で、生きるか死ぬかの瀬戸際というよりは少しばかりお金に困ってるだけのようだ。治安が悪いようには見えず、貧しい人たちがどうにか暮らしている地域、そんなところだと感じた。
「そこそこ平和な所ね。けど、民家が多くて探しようがないわ」
リリィの言う通りなんだよなぁ。民家に押しかけて家の中を探すわけにも行かないし、取り敢えず両手に華でゆったりと散歩してるんだけど、どうしたもんかね。
「お店でも探してみるぅ?こういう所のお店ってさぁ、情報屋とかもやってそうじゃなぁい?」
一見平和そうに見えるスラムだが、やはりイメージ通り盗品や違法ドラッグなんかの危ない物を扱っている店があるのだろうか?もしそういう店であれば人目につかぬよう隠れて営業していてもおかしくはない。逆にそういう所なら俺達の求める魔族の情報もあるかもしれない。
店を探そうとメインストリートから細い路地を覗いてはみるが、それっぽいのは見当たらない。
散歩しながら路地を覗くこと三十分……うん、このままじゃ駄目な気がする。何か他の事をしないと進展がなさそうだ。
「ん〜、見つからないね」
リリィが痺れを切らしてきた頃、路地の奥で何かが動くのが目に入り立ち止まる。よく見ると、壁にもたれつつヨタヨタと歩いている男の姿。アレは酔っ払い?それともドラッガー?
他にアテの無い俺達は無言で頷き合うと、薄暗い路地裏にいた男を追ってみることにした。
意識がハッキリしないのか、壁に体を擦り付けたり体当たりしながらも路地の奥へ奥へと進んで行く男。気付きそうにはないものの万が一を考えてかなり距離を取り、後を尾ける。
人を見かけることの少ないスラムの中でも更に人気のない薄気味の悪さすら感じる路地裏。焦れるほどのゆったりとしたペースで進み途中で何度か曲がると、特徴のないありきたりな扉を開けて姿を消してしまう。
「少し待ちましょぅ?」
どうする?と顔を見合わせる三人だったがユリアーネさんの意見に賛同し様子を見ていた──が、三十分経っても戻って来ない。
痺れを切らして扉の前まで行き、中の様子に聞き耳を立ててみるものの物音がする感じすらない。
意を決して音を立てないよう慎重にドアノブを回すと鍵はかかっておらず、ならばと扉を開けて少しだけ中を覗いてみれば路地裏よりさらに薄暗いそこには地下へ向かう階段が闇の中へと伸びていた。
「地下に向かってるってことは家じゃない可能性の方が高いと思わない?」
縦一列になり僅かだけ開けた扉の隙間から中を覗く三人。リリィの言う通り、地下っていうのは怪しげな雰囲気を醸し出してはいる。もしかしてもしかすると当たりを引いたか?そんなラッキーあるの?
急がば回れと、一先ずはそっとその場を離れて男が出てくるのを待つことにした。
二時間近く経ち、やっぱり自宅だったのかと疑問を感じ始めた頃、先程の男だと思しき男が幾分マシになった足取りで扉から出てきた。その顔はニヤニヤと気味の悪い笑いを浮かべており、扉を閉めると更に路地の奥へと歩き去る。
「男より扉の奥が気になるわぁ」
俺の直感もユリアーネさんと同じだが、このままあの扉の中に入ってはたして無事に戻れるだろうか。地下であることを踏まえれば中はそんなに広くはないように思えるので、おかしな輩がいたとしてもそんなには多くないだろう。それに顔も知らない俺達が入って行っても追い出されるだけの可能性だってある。
「中に行きましょう。手掛かりは何もないんだものぉ、行動しないと始まらないわぁ。大丈夫っ!いざとなったらぁお姉さんが守ってあげるわよぉ」
豊かな胸をバィ〜ンと叩きつつ胸を張る。おっぱいめっちゃ揺れてますよ!?
うじうじ悩んでても仕方ないな、冒険者に安全な仕事などないのだ。よし、行こう!
なるべく音を立てないようゆっくりと扉を開ける、ギギギッと木製の扉が軋む音が鳴るがそれはどうにもしようがない。
静かに階段を降りて行けば光も無く真っ暗になった更に先にもう一つの扉があった。少しだけ慣れてきた目、俺達は暗闇の中で頷き合うと慎重に二つ目の扉を開いた。
カチャリと小さな音を立てて開いた先は、ランプの灯りのような優しい光が仄かに部屋を照らしていた。そこは狭い上に部屋を覆い尽くすように所狭しと訳も分からぬガラクタが山積みになっている。ヤカン、ナベ、フライパン、剣や、斧、瓶に入った蛇やらロープで縛られた大量の葉っぱ、薬のような物から乾燥肉や、萎びた野菜まである。
「誰だい?」
皺枯れた老婆のような声が聞こえて目を凝らすと、薄暗い店の一番奥に黒いフードを被った人物が鎮座しているのがぼんやりと見えた。
店の中、すれ違いさえ出来ない唯一の道をゆっくり進んで近付いてみると、小さな身体を丸め沢山のガラクタの中に埋もれるようにして座っている老婆がおり、俺を見るなり驚いたように ビクリ とする。
「こんな所に何しに来たんだい?此処はあんた達みたいな綺麗な子が来るような所じゃあないよ。命がある内にさっさとお帰り」
部屋に染み込むかのような老婆特有の嗄れた声、フードで直接見えないものの歳に見合わぬ刺すような鋭い視線がゆっくりとした言葉と共に余所者を責め立てる。
直感で感じた危険な香り。だが、せっかく掴みかけたきっかけなので手ぶらで帰る訳には行かないので退くことはできない。
「俺達、人を探しているんだ。情報、貰えないかな?青み掛かったグレーの短髪を布で覆ってる男なんだけど、知らないか?」
「……なんで私が教えてやらなきゃいけないんだい?ほら、さっさとお帰り」
不機嫌そうに帰れコールの老婆、知らないとは言わないんだな。つまり、知ってるって事か?
「頼むよ、この町の平和の為なんだ。婆ちゃんだって争いより平穏を望むだろ?それを聞いたらさっさと帰るから教えてくれよ」
視線がさらに強くなり睨んでいるかのように見つめてくる。俺からはフードに隠れて表情どころかどんな顔なのかすら分からない。
返事を待つ部屋の中は沈黙が流れる、やがて根負けしたかのように老婆の口が開いた。
「対価には報酬が必要な事くらい分かるね?私がその情報を渡すとしたら、お前は何をくれると言うんだい?」
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