44.隠し持ってきた宝物

 旅立つまでの一週間のやる事が決まり、夕食の席が解散すると、賭けの敗者である三人のジト目にも負けずに勝者モニカは堂々と腕を絡めてご機嫌で俺の部屋まで来た。


「良いもの出してやるよ」

「良いもの?」


 猛獣に襲われた昨夜はそんな暇が無かったのだが、こっそり忍ばせていた秘密兵器を鞄から取り出すと、俺の予想通りの反応をモニカが見せてくれてそれだけで満足してしまいそうだった。


「お兄ちゃん、こんなのいつ買ったの?」

「リーディネで俺だけ一人行動したろ?あの時ちょっと思い付きで探したんだ。俺の家はココだからな、ココにも欲しかったんだよ」


 そんなに広くはない俺の部屋、その隅に今しがた出したばかりの銀色の猫足に支えられている、ピカピカに磨きあげられて丸みを帯びた白い大理石の塊が存在を主張するように デデーン と置かれる事になった。



──そいつの名前は『バスタブ』



 俺は風呂が好きだ。特にティナの家で入っていた、このバスタブと呼ばれる大きな陶器の風呂桶にお湯を入れて浸かるのがとても好きだ。お湯に身を浸し全身の力を抜くと、それだけで身も心も癒されるのだ。


 だがしかし、一般的な宿ですらそうだが、当然のように裕福とは程遠いこの家にもそんなものは無い。だいたいは大きめのタライにお湯を入れ、そこに入って桶で体に掛けて汗を流すのだ。安宿だったりするとその桶ですら宿に泊まる全員で使い回しだったりもする。

 子供の頃はそれでも楽しかったのだが、大人になるにつれて体の汚れを落とすだけの作業になってしまい、どちらかと言えば面倒に感じたりもしていた。


 そんな時に出会ったのがカミーノ家にあったバスタブだ。

 それはもう、一度入ったらこれ無しではいられないほど惚れてしまい、それ目的で遊びに行っていたというのも裏情報として挙げておこう……もちろんティナには口が裂けても言えない事実なのだが。


 そんな経緯もあって、俺はユリアーネやモニカと一緒に入るお風呂がとても好きだ。だって考えてもみてくれ、お風呂だけで身も心も癒されると言うのに加え、愛する人と共にその喜びを分かち合えるんだぜ?至福の時とはまさにこの事、あれ以上の幸せな時間などありはしないだろう!



 熱い想いを胸に抱きつつ設置したバスタブに意気揚々とお湯を張っていれば、モニカがそっと抱き付いてきたので顔を向けると、いつの間に着替えたのかタオル姿のモニカが微笑んでいる。


「気が早いな、モニカも楽しみ?」

「うん、お兄ちゃんとのお風呂、好きだよ」


 同じ気持ちでいてくれることに益々嬉しくなりキスをすると、エヘヘっと可愛く笑ってくれる。あぁモニカ、君が俺の嫁さんで俺は世界一の幸せ者だよっ。


「はふぅ〜」


 お湯を入れ終わると、早速いつものように縦に並んで湯船に浸かれば心地良い感覚に思わず声が漏れ出た。

 背を預け、タオルを巻いた頭を仰け反るようにして肩に置くモニカが俺を見上げて笑いかけてくる。


「ほんと、お兄ちゃん、お風呂好きだよね」

「モニカの方がもっと好きだぞ?」


「もぉっ」と怒る演技をしながらも嬉しそうに笑うと、お風呂に沈んでいた魔留丸くんの一つを手のひらに乗せ、その中で光を放つ小さな六色の炎を眺めた。


「綺麗ね」


 実は “自分の部屋に風呂” と、もう一つやりたかった事があった。

 今はルミアの封印が解かれて魔法が使えるようになった事ですっかり出番を失った魔留丸くん。ユリアーネも一つ欲しいと言ったほどそれはそれは綺麗な物で、魔法を入れておけばその属性の色の小さな炎が チロチロ と光っているのだ。


 照明を落とし魔留丸くんを湯船に入れると、湯船全体が淡い光に包まれたように光を含み、とても幻想的な雰囲気になったのだ。


「モニカの方が綺麗だよ」

「もぉ、そんなのばっかり。本当にそう思ってるの?」

「勿論だよ。世界で一番綺麗だよ」


 頭を起こしたかと思ったらグルリと体の向きを変えて反転すると、俺の胸にある指輪を摘み上げて目の前に持ってくる。


「ユリアーネさんよりも?」


 ユリアーネの事など見たこともない筈なのに、それでも比べたがるのは、俺の心に居るユリアーネという存在が大きい事を知っているからなのだろうか。


「今、この時はユリアーネよりも、この世界の誰よりもモニカが一番だよ」


「ズルイ答え……」


 頬に当てられた俺の左手を取ると、手首に光る紅い光を見つめた。火竜サマンサのくれた火の魔力、こうして暗闇で見ると小さいながらも力強く光り輝いていてその存在がより鮮明に分かる。


「この光を集めるのね」

「あぁ、手伝ってくれるんだろ?」


 俺に寄りかかると首筋にキスをしてくる。


「お兄ちゃんが私の事を好きでいてくれるのなら……ね」


 指輪を弄びながら聞くまでもない事を確認するかのような物言いだ。やはりモニカの中で “一人だけの妻” でなくなってしまった事は相当大きな重荷となっているのだろう。


「俺はお前の事を愛し続けると誓った。その誓いに嘘は無いし、それが変わることは決してない。二人の時間が減ってしまったのは申し訳ないとは思うけど、モニカへの想いが減る事は無い……ずっと俺の側にいてくれるか?それとも、こんな生活など嫌になって逃げ出してしまうのか?」


 再び体を起こし俺の胸に手を着くと、のしかかる様にして顔を覗き込んでくる。モニカの青い瞳が魔留丸くんから放たれる魔法の揺らめきを反射し キラキラ と輝いて見える。


「私もお兄ちゃんへの永遠の愛を誓ったわ」


「愛してるよ、モニカ」


 顔を近付けモニカにキスをした。唇が触れるだけのキスだったが、長く、長く、触れ合いを続ける。それは俺からのモニカへの想い、それほど愛してるんだと伝えたくてしばらくの間口付けを続けた。


「私も愛してるわ、レイシュア」


 想いの全てが伝わったのかどうかは定かではない。それでも俺がモニカを愛してるという事だけは伝わったはずだ。


 今度はモニカからキスをされると堪らず抱きしめ、思いの丈を吐き出すように伸ばした舌で唇を割るとモニカを貪り始めた。



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