41.遊び過ぎ?

 落ちているハサミの殻に近付きエレナを降ろすと、しゃがみ込んだかと思ったら軽々と片手で持ち上げる。


「えっ!?」


 四分の一カットとはいえ洗濯のタライにもなりそうなほど大きいのに、何の苦も無く、いとも簡単に持ち上げクルクルと回し見ている。あんなに硬かったのにそんなにも軽いのかと度肝を抜かれたのは言うまでもない。


「うーん、モニカさんのようには行きませんでしたが、少しだけ削れました」


 ほら見てと向けられた殻の一部の光沢が無くなっており、触ってみるとザラザラとした感触がする。風の刃を打つけただけでこうなるには、一体全体何回叩き込めばいいのやらと頭が痛くなる思いだ。


「すげーなこりゃ、エレナも光の魔力が使えたらコイツに穴が空いていたかもな」

「えへへっ、もっと褒めてください」


 微笑むエレナの頭を くしゃくしゃっ と撫でてやると殻を持たせてもらった。


──これは想像より更に軽い


 文字通り羽根のように軽い殻は硬くて丈夫、こんなもので鎧なんて作ったら最強じゃね?と思えて、先程寄ってたかって倒したモラードゾンガルの素早い動きに納得がいった。


 加工出来たりするのだろうかと思い立ち、土の魔力を流し込んでみると、抵抗も無くすんなり魔力が通るにも関わらずいくら魔力を流し込んでもどんどん飲み込まれていくばかりだ。


 土魔法で物を加工するとき、自分の魔力を加工したい物へと流し込み、魔力が満たされて始めて柔らかくなって加工することが出来るのは体験として知っている。

 部分的に加工をする場合はその場所にだけ魔力を集めるのかも知れないが、残念ながら素人の俺にはそんな技術は無いので、素材全てに魔力を満たす必要がある。


「どうかしたんですか?」


 殻を手に動きの止まった俺を不思議そうに眺めていたが、魔力を感じたのか何かをしていることに気が付いたようだ。


「ちょっと気合いを入れるわ」


 それだけで意味など分かるはずもなく、キョトンとして小首を傾げているエレナを余所に、これでもかというくらい魔力を練ると『喰らえっ!』と心の中で叫びながら全力で叩き込んだ。


「何してんの?」


 エレナの横に来たリリィが訝しげな顔で俺を見るが今はそれどころではない。そりゃ殻を両手で持って力むような顔してれば『また馬鹿なことしてる』と思われても仕方がないかもしれない。


「兄さん……トイレなら我慢せん方がええと思うわぁ」


 思わず吹き出しそうになったが、俺の精神集中はそんなことには屈しない!

 ミカエラの妨害を気合いで耐えきると殻の周りを茶色の魔力光が包み込んだ。


「こんなものを加工出来るのですか?」


 サラが何をしているかに気が付いたようで、その声に視線だけ向ければ散らばっていたモラードゾンガルの残骸は麻袋に纏め終わったようで辺り一面が綺麗になっており、みんなが集まっていた。


「加工って、兄さん土魔法使えるんや。えらい驚いたわぁ」


 本気で驚いた顔をしてミカエラがまじまじと見ている。てめぇさっきは人をおちょくって邪魔しようとしたくせにっと、思いつつも更に魔力を注ぎ込んで行くと直感に来るものがある。


「来た!」


 最近あまりしてなかった苦労が実り、嬉しさから思わず言葉が漏れた。だがここで重大な問題に気が付いたのだが、一先ずそれは置いておいて、手で形が変えられるほどに柔らかくなった板状の殻を コネコネ と丸めてボール状にすると手のひら大の大きさになった。


「相談なんだけどさぁ……」


 滅多にお目にかかることのない土魔法による素材加工、みんなが注目する中、先程浮き彫りになった問題を解決すべく良い案がないか聞いてみた。


「何作ったらいい?」


 加工出来るかどうか試してみたかっただけなので何を作るとか特に考えていなかったのだ。呆れた様子のみんなの視線が チクチク と刺さるが、そんな目で見られても事実は変わらない。


「これと組み合わせてはどうですか?」


 エレナが差し出してきたのは先程拾ったばかりのコルペトラ、占いに使う水晶玉のような綺麗な丸い形をした赤い石なので出来ればそのままの形を使ってやりたい。

 少し考えたが一つしか思い浮かばなかったので後で良いのがあれば作り直せばいいかと思い、一先ずそれを作ることにした。


 モラードゾンガルの殻だった物を少し千切って丸めると、平たくのばしてコルペトラをふんわりと包み込むようにペタペタと何枚も貼り付けて行く。赤い玉を中心に紫の花弁が折り重なって出来たのは、少し変わった色の蓮の花。余った殻で一メートルぐらいの細長い棒を作ってくっつけるとお洒落な杖の出来上がりだ。

 最後の仕上げに土の魔力に乗せてイメージを流すと、手で適当に造られた花弁の一枚一枚の形が整い表面も滑らかになって行き、蓮の花に命が宿ったように綺麗になった。


「可愛く出来たのに気に入らないの?」


 ティナの言うように物としては十分な出来栄えだと思うのだが、やはり気になるのはその色だ。コルペトラの綺麗な赤色を殻の紫で殺してしまっている気がする。それにピカピカと光沢のある紫色は蓮の花の形には合わなかったようだ。


「色が合わないわね、ちょっと残念な感じがする。ペンキか何かで白く塗っちゃえば?」


──リリィ……今、何て言った?


 鞄にミスリルが残っているのを思い出して取り出すと早速魔力を込める。もう人数分の指輪は作り終えたので全部使ってしまっても問題ないだろう。


「ふぅ〜〜」


 大きく息を吐き出し精神を集中させる。上手く行くか分からないけど、出来ないことは無いはずだ。


 魔力が満たされ柔らかくなったミスリルを蓮の花に チョンッ と付けると、乾いた砂が水を飲み込むように スーッ と移動を始めた。俺のイメージする通りに接触した部分から徐々に変色すると、花弁の一枚が銀色へと塗り替わる。


「ふぅ……よしっ、次だ」

「お兄ちゃん、頑張って!」


 モニカの声援に笑顔で応えると、隣の花弁の先にミスリルを近付け色を変えていく。何度も何度も繰り返すとやがて全部に行き渡り、紫だった蓮の花の杖は銀色へと様変わりを果たす。

 リリィの言うように色を塗る為、既に形造られた蓮の花の上にミスリルを極薄に伸ばしてコーティングしたのだ。


 せっかく作った花を壊さないようにしつつその上にミスリルを這わせて行くのはペンキを塗るより遥かに難しく、物凄い集中力を要した。時間はかかってしまったがなんとかやり終えることが出来て ホッ と一息吐く。


「疲れたよ……」


 銀色の花弁に包まれた赤い石、可愛さが増し増しになり満足のいくモノになった。


「お疲れ様です。でもそのお陰でとっても可愛くなりましたねぇ」


 ニコニコとしたエレナにそれを手渡すと嬉しそうにクルクルと回して色んな角度から見て楽しんでいる。


「気に入ってくれたところ済まないんだけど、それはサラにあげてもいいか?」


 純粋に見て楽しんでいただけのエレナは目を パチクリ させると、「私?」と疑問を浮かべるサラと顔を見合わせていた。


 コルペトラに魔力を通したところ、火の魔力の反応が良かったのだ。色からしてもそうだが、恐らくこの石は火魔法の威力を増加させるもの。だったらフォランツェを持ち風魔法が主体のエレナより、火魔法を主体とするサラに持ってもらった方が良いと考えたのだ。


「良いですよ〜、はいどうぞ」


 俺の説明を聞いて『いいのかな』と戸惑いながらも杖を受け取ったサラ。それを打ち消すためにも「火球を作ってみろ」と言うと、杖に魔力を流す事に集中し始める。


「ひぇぇ〜、サラ!やりすぎっ!」

「熱っ、熱いですっ!」

「ストップ!ストップぅぅぅっ!」


「サラっ、魔力を絞れっ!」


 唖然とするサラが作り出したのは直径二十メートルもの巨大な火球、赤々と燃えるソレはまるで太陽が目の前に現れたかのように強烈な熱を発しており、一瞬で汗だくになってしまった。


 我に返ったサラが慌てて魔力を止めると火球は一瞬で消える。熱源が無くなると スーッ と吹き抜けて行く乾いた風が吹き出た汗を冷やしてくれて心地が良い。モニカの時もそうだったが、いきなり感覚が変わると制御に慣れるのも大変そうだな。


「ごっ、ごめんなさい……」


 元々火魔法に長けていた所に光の魔力が加わって威力が増大した。やっと制御に慣れて来た所に更にこんな恐ろしいアイテムまで渡してしまったのは間違いだっただろうかと少し心配になったが既に遅い。


「ま、まぁそのうち慣れるさ。それでなエレナ、この埋め合わせがしたいんだけど、何か欲しい物とかあるか?」


 人差し指を顎に当てて少し考え込むと、何か思い当たる物があったようですぐに笑顔になった。


「レイさん、ゾルタインの町に向かう時に私とした約束、覚えてますか?」


……約束?今度は俺が考え込む番だった。


「帰って来たら二人きりでデートしてくれるって言ってたのに、レイさんはちっとも帰って来ませんでした」


 むむっ!リリィの世話を頼んだ時の事か……言われてみればそんな約束をした気がする。


「でもそれは、この指輪でチャラにしてあげます」


 左手を掲げて薬指に嵌る指輪を嬉しそうに見せてくる。

 その手を下げて後ろで組むと背筋を伸ばして少しだけ顎を上げた。白い耳もピンと伸びており、なかなかに凛々しい姿だが、若干顔がニヤケているのが減点対象だ。そこがエレナクオリティか……。


「レイさんが何かくれるというのであれば、私はレイさんとの二人きりのデートを所望します」


「それは構わないけど、いつ、という約束が出来ないぞ?それでも良ければ必ず時間を作るよ」


「約束を忘れずに守ってくれるのなら、いつでも構いませんよ」


 今度は忘れずにしなくては後で何を言われるのか分かったものではない。出来る限りさっさと片付けようと心に決めた。


「でもぉ……」


 そう言って突然飛び付いて来ると、首に手を回して俺ごとクルクルと回り始める。

 何事!?とビックリしていれば、みんなの前だというのに ブチュッ と熱い口付けをしてくるので、こんな事しても丸見えだぞと思いつつもされるがままに受け入れた。


「えへへっ、利子の前払いですぅ」

「なんじゃそりゃ……」


 ジトッ とした目で何か言いたげに見つめるティナの視線を受けつつ、それより先に動き出すと、みんなが集めてくれたモラードゾンガルの殻を鞄に入れてボス部屋の奥へと向かった。



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