40.ものは試し

「私達にかかると、魔物も可哀想ね」


 今だに俺の腕の中で足をバタつかせてご機嫌なモニカがそんな事を呟く。

 いや、一番怖いのは貴女ですから……なんて事は口が裂けても言えないが、ウチの後衛三人の魔法はズバ抜けているな。これでモニカとリリィは防御も完璧というのだからケチのつけようが無い。


 トコトコ っと寄って来たサラは何気なく俺の隣に立つと、擦り合わせる足を モジモジ とさせて上目遣いで俺を見て来る。


「どうした?」と聞こうと思った矢先にモニカが耳元で「ご褒美」と囁くのでようやく納得がいき、それならばとモニカを降ろしたのだが「むぅっ」と頬を膨らませて唸っている。

 自分でそういう風に仕向けといて、とも思ったがそれもまた可愛いので苦笑いで頭を撫でてやると、今度はサラを抱き上げご褒美のキスをした。



「「ズルいっ……」」



 見事にハモったエレナとティナ、君達はまた今度出番があるさ。


「それにしても見事に焼け残ったな」


 チンッ チンッ と時折音を立てながら熱が冷めていくピッカピカのサソリの抜け殻。


「ちょっと叩いてみるか?」

「いや、お前の斬撃でも切れなかったんだ、俺じゃぁ無理だよ。っつか、よくあんなのとやりあえるな」

「アル……お前が教えてくれた身体強化だろ?もっと魔法の鍛錬に力を入れろよ。魔力が多くなればお前の奥の手も使いやすくなるだろうし、魔法が上手く使いこなせれば身体強化の効力も上げられる。剣の腕はそこまで変わらないんだから、あとは魔法だぜ?」

「わかった、わかったよ……」


 少し前の俺のように伸び悩んでいるアルを見ているともどかしい。今度は俺が何とかしてやれればいいのだが、魔力トレーニングは毎日の鍛錬がモノをいうので励ますことしか出来ないのだ。


「アルさん、魔法は試行回数と使用時間だと先生もおっしゃってました。微弱な魔法でもいいから常日頃から使い続けなさいと言われましたわ。

 日々の鍛錬、頑張ってください」


「はいはい、頑張りますよ……」


 俺に抱っこされ、嬉しそうな顔で片手間みたいに良い事を言ってるが、それでも説得力があるように聞こえるのは王女としてのカリスマ性が成せる技だろうか。



▲▼▲▼



キンキンッ

「わぉっ、本当に硬いんですねぇ」


 モラードゾンガルの足だろう筒状の細長い物を左手に持ったエレナは、右手に持ったフォランツェと打ち合わせている。

 すると今度は片目を瞑り、筒の中を覗いて辺りを見回しているので微笑ましく思いしばらく眺めていた。中身は全て焼けて無くなり綺麗に殻だけが残っているようで、よほど良く見えるのか、いつまでも キョロキョロ とあちらこちらを見て遊んでいる。


「ややっ! あれは何でしょう?」


 突然走り出すと抜け殻の山の中を丹念に掻き分け始めたと思ったらニコニコしながらこっちを見て手を振ってくる。その手に握られてる物が キラキラ と赤い光を反射しているので何か良い物でも見つけたのだろう。


「レイさんっ!お宝発見ですよっ!」

「へ〜、綺麗な石だなぁ。良い物見つけたなっ」


 文字通り飛んでくると手に握られた物をこれ見よがしに見せてくる。

 手のひらより少し小さめの赤い石、ただの宝石のようにも見えるがあの炎の中で燃えずに残ってたことだし、モラードゾンガルの置き土産なのだろう。


「ウサギの姉さん!それはまさかのコルペトラやないの!?」


「「コルペトラ?」」


 俺とエレナの声がハモリ、二人して首を傾げると意外と物知りなミカエラが説明をしてくれた。


《コルペトラ》とは魔物の心臓石の事らしく、強力な魔物の身体から稀に産出される魔力を秘めた石だという事だ。この石を通して魔法を使うと威力が上がり、より強力な魔法が使えるらしい。

 つまりモニカの持つシュレーゼに使われているテスクロライムや、名前は知らないがエレナの持つフォランツェの素材と同じ効果を持つ物だという事だな。


「つまり、お宝ってことですね?うふふっ、ねぇ、レイさん」


 後ろに回した手を組み、満面の笑みで見つめられた。揃えた両足の踵を浮かせては降ろしてと長い耳を揺らしリズム良く トンットンッ として、全身で早く早くと催促している。

 三度目ともなると流石の俺でも何をすればいいのか分かるぞ?


 右手を背中に回しつつ左腕を膝裏に滑り込ませると既に俺の首に腕が回っていた。待ち切れないとばかりに抱き上げた瞬間に唇を塞がれ熱いキスが襲いかかってくる。

 こんな事くらいいつでも出来るのにと思うが、彼女達の中でルールでもあるのか、こういう特別な出来事が無いときに積極的に迫られた事はないなと思い起こして初めて気が付いた。


「レイさん、レイさん、あっちに行ってください」


 モニカの真似をして足をバタつかせ上機嫌で俺にしがみ付くエレナの指差す先には、モニカが切り取ったハサミのカケラが落ちていた。


「あんな物どうするんだ?」

「いいから、いいからっ。ちょっと実験です」


 出会った時にもこんな格好でエレナを抱き締めてたよなと昔を懐かしみつつハサミのカケラの前まで来ると、アクセサリーのように小さくなったフォランツェの金具を指に掛け魔力を込め始めるではないか。


 黙ってその様子を見ていると、このダンジョンに入ってから開発した緑の霧が ふわ〜 っと湧き出てくる。

 やけに真剣な顔で深緑乱舞アネモスアンサンブルを行使しているのでイタズラ心が湧いてきて横顔にキスをすると、安定していた緑の霧は ぐにょんぐにょん と可笑しな形に伸びたり縮んだりし始めるではないか。


「ちょっ、ちょっとレイさんっ!今はダメですよぉ……」


 本格的に魔法を習い始めて二ヶ月経ったかどうか。風魔法の増幅器たるフォランツェがあるとはいえここまで魔法を使いこなせるまでになったのは凄まじい成長速度だと言えよう。だがその分、足りないところもたくさんあるようで、ちょっとした事で集中が乱れてしまうようだ。


「ぷっ、あはははっ。ごめんごめん、エレナがあまりにも可愛かったからさっ」

「いや〜、それほどでもぉ……」


 頬に手を当てて いやんいやん っと嬉しそうに首を振っているが、お前、魔法の制御はどうした?


 さっきより乱れた緑の霧は、変わった軟体生物のように空中で様々な形に変化している……こ、これが噂に聞くスライムってやつか!?女性の服を溶かしてイヤらしい事をしながら精気を吸うという伝説の……。


「あわわわわわっっ」


 などと馬鹿げた妄想をしていれば、魔法の暴走に気が付いたエレナが慌てて手をかざして制御に戻り安定させるのに苦労していたので笑えてきた。

 だがしかし、今ここで吹き出すとまた集中が乱れそうなので ぐっ と堪えて我慢した。



 緑の霧は雲のように流れて行きハサミのカケラに近付くとそのまま接触した。



キキキキキキキキキキキキンッ



 緑の霧の正体は、目に見えないほどに極小となった風の刃の集合体。それが超硬い殻にぶつかる音が響き渡り、モラードゾンガルの残骸を集めていた皆の視線がエレナに集まった。


「あれ?削れると思ったんですけど……もう少しやってみますか」


 どうやら俺でも斬れなかった殻を削るつもりらしい。確かにモニカの水の糸はこれを切り取った、やってやれないことはない筈なのだ。


 モニカの水の糸、アレは超速で循環するただの水らしい。水壁を強くするのに流れを付けたのをヒントに開発した魔法らしいが、今のモニカは光の魔力が使えるようになっている。水魔法に光の魔力を加えて強化された水の糸の循環スピードは想像を絶するほどで、ただの水があんな硬い殻をいとも簡単に切り裂いてしまった。


 俺、モニカと戦ったとしたら勝てるだろうか……末恐ろし嫁に成長したものだ。



キキキキキキキキキキキキッ!!



「うるさーーーいっ!!」


 さっきより甲高く大きな音になり、ティナの怒鳴り声も小さく聞こえるほどだ。

 だがその甲斐あってか殻が少し削れたように、艶々と光を反射していた表面は光を失いただの紫色へと変化している。


「エレナ、うるさいからそろそろ止めよう」


 耳元で囁くと鳴り響いていた金属音は ピタリ と止まり、キーーーンッ という耳鳴りを残して緑の霧は消えて無くなった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る