42.意表を突く旅程プラン

「おい……これってさ……」


 第四十一層に続き第四十二層も暗くて狭い迷宮ではなかった。

 世界を二分する見渡す限りの青い海と空、足元に広がる白い砂浜には穏やかな波が打ち寄せられ、耳を澄ましたくなるような心地の良い音を奏でてている。


 吹いてくる優しい風に乗って仄かに漂う潮の香り、もっともっと感じたくて深呼吸をした。


「わぁ〜っ!海っ!初めて見ましたぁっ」

「でかいなっ!でも、これは本物じゃあないんだよな?」


 そういえばアルは初めて見るんだったな。って事は……とリリィを見れば、微風に漂うフワフワの髪を細い指で掬い耳に掛けた。

 仄かに焼けた白い肌に映える色の薄い金の髪と薔薇色の瞳、それを引き立てるのは背景となる青と白のコントラスト。吹き抜けるそよ風が再び髪を揺らせば、それだけで絵になりそうな程の美しさを感じて胸が高鳴る。


「リリィも海を見るの初めてだろ?」


 左耳にある俺と同じ金の三日月のイヤリングを揺らして振り向くと「そうね」と素っ気なく呟き、物思いに耽けるようにまた海を眺める。


「どうしたんだ?」


 隣に並び肩を抱くと、珍しく素直にもたれ掛かってきた。リリィは人前でベタベタするのがあまり好きではないので「止めろ」と怒られるかと思ったが、予想とは違う反応で何か悩み事でもあるのだろうかと心配になる。


「お兄ぃちゃ〜〜んっ!」


 モニカの叫び声が聞こえてリリィと二人して振り返ると物凄い笑顔ながら全力ダッシュで向かって来る。何だ?と思った時には俺の手は捕まえられモニカに引っ張られて走り出す羽目になった。


「おいっ、何が……ちょっ!」


 海の上にポツンと浮かぶ五十メートルそこそこしかない小さな島、そんな勢いで走ればすぐに海へと辿り着く。


 引き倒されるようにダイブすると、海の中は結構なドン深で十メートルも沖に出れば急な斜面となっていた。驚いたのは、砂漠の地下にあるはずなのに透明度の高い綺麗な水の中を優雅に泳ぐ極彩色の小さな魚の群れがいるではないか。

 おぉっ!と心の中で感嘆の声を上げると繋いだままの手が引っ張られる。隣で浮かぶモニカが指を指す先には、鮮やかな青色をした食べ頃サイズの魚が無防備に海底を泳いでいる。



──美味しそう



 ベルカイムで買ってきた魚もいつまでも保つわけではないので既に食べ終わってしまい、しばらく魚を食べていない日々が続いてる。どう見ても普通の魚にしか見えないので食べたい欲求に駆られてダンジョンの作り出した魔物かどうか試してみたくなる。


 風魔法で五十センチほどの槍を作ると、今だにこちらに気付いていない平和ボケした魚ちゃんに向けて発射。水中でも何の抵抗もなく一直線に飛んで行くと斜め上から脳天を射抜き、そのまま海底へと突き刺さる。

 一度だけ ビクッ としたが、一瞬で天に召されたようでそれ以上動くこと無く風の槍に刺さったままだ。『どうだ?どうなんだ?』と期待を胸にしばらく眺めていたが一向に消え去る気配が無いので『当たりか!?』と意気込んで潜ると、槍ごと回収した。



「なぁ、これ食えると思う?」


 モニカと共に海から上がり、獲った魚を見せると「あらっ」と言ってコレットさんが近寄って来た。


「こんなのが居たのですね。これは《ブレピスキス》と言う美味しい海魚なのですが、一匹しかいませんでしたか?出来ればこの先の為に確保して置きたいのですが、お時間戴けませんか?」


 モラードゾンガルの処に長居し過ぎたようで時計を見ると既にお昼を回っていた。このまま目の前に広がる大海原に乗り出しても、砂漠と同じで目標が見当たらないことは容易に想像が着き、いくら魔導車の移動速度とはいえ海の上で夜を迎える事になりかねない。それならばと、コレットさんの提案に乗りリフレッシュを兼ねて食材を確保することにした。



▲▼▲▼



 ムニエルにされた白身の魚から漂う溶けたバターと香草の香りが食欲をそそるが、食べる前にもう一度鼻から息を吸い込むと芳醇な香りを堪能した。


「良い匂い〜、食べるのが勿体ないように思えてしまいますね」

「ご飯は食べられて初めて真価を発揮するのよ、モグモグモグ……」

「リリィの言う通りよ、いらないのならエレナの分も頂戴〜っ」

「ティナさん!?ダメですっ、あげませんっ!」


 エレナの魚を目掛けてフォークを繰り出したお行儀のよろしくない貴族令嬢、クレマニーさんが見たら嘆くぞと思いつつも冒険者として順応してきた証拠かと、俺色に染まってきたティナを微笑ましく見ていた。



カチャッ トンッ



 手に持つ俺の皿から音がすると、そこにいたはずの魚がフォークに刺されて何処かに向かう途中だった。



──な、なにっ!?



 釣られて目で追って行くと、バターでほんのりと光る赤い唇の洞窟へと姿を消して行った……あれ?俺の魚じゃなかったっけ?

 俺の魚が消えるのを見届け、目標を失った視界が広がれば、悪戯っぽく笑いながらも美味しそうに口を動かす娘の姿が目に入ってくる。


「モニカ……それ、俺の……」

「うん、知ってるよ。はいっ、あーんして」


 カチャッ と音がして再び切られる俺の魚、それをフォークで刺すと自動的に俺の口に運び込まれる──うん、美味しい。


 だが、そんな事では誤魔化されないぞっ!モニカが俺の魚を奪って行った事実は変わらないのだ。



カチャッ



 クスクス笑いながらも シレッ と自分の魚を食べるモニカをジト目で見ていると、またしてもアノ音がする──まさか!?

 自分の皿に視線を落とせばフォークに刺された俺の魚が宙を舞い、ニコニコ顔のサラの口へと消えて行った……何故だ!


「はいっ」


 愕然とサラを見つめていると、今度はサラの魚が俺の口にやって来たではないか。迷わず齧り付くと満足そうな顔をして微笑んでいる。

 普段は普通に食べているのに何で急にこんな事になった?


 二人がそんな事をすると黙っていない者もいる。案の定、二本のフォークが俺の皿を狙って来たので サッ と皿を退けると不服そうに頬を膨らますティナとエレナ。


「自分の食えよ……」

「けーちっ」

「私も食べさせ合いっこしたかったのに……」



カチャッ



 何で!?と、思った時にはモグモグと口を動かすモニカのフォークがもう一度俺の魚を切り取った所だった。口に物が入ったままで吹き出しそうなほどに笑いながら無言で俺の口に運ばれる俺の魚、取り敢えずそれをパクつくが……またしても俺の魚を食べたよね!


「お前ら……飯くらい普通に食えないのか?」

「まったくなのです」


 二人でピッタリと寄り添って食べている君達も言うほど普通ではないと思うがな、とは口にしなかったが、これ以上誰かに食われる前にさっさと平らげてしまう。

 せっかくコレットさんが素材の味を活かすべく美味しく調理してくれた魚、もっと味わって食べたかったよ……。




「このフロアは小舟で進む設定みたいだがどうするんだ?馬鹿正直に舟を漕ぐつもりはないんだろ?」


 アルが顎で指す先には木で出来た二十メートルほどの浮き桟橋があり、三人しか乗れない小舟が四曹も繋がれている。普通に進むとしたらアレを漕いで海を渡れという事なのだろう。いくら穏やかな海だとはいえ、行く先も見えないような距離を漕ぐのは相当しんどい筈だ。


 それに舟で行くには問題がある、それは夜だ。


 現在時刻は午後七時、どういう原理か分からないが外と同じように辺りはすっかり暗くなり、真っ暗ではないにしろ余程強力な照明無しには進む事など出来はしない。

 せめて月明かりでもあれば別だろうが、こんな中で舟を漕ぐのは不味いだろうし、寝るにしても安全が確保出来無い舟の上ではまともに眠ることなど不可能。ずっと気を張っていなくてはならない上に、あんな狭い小舟では満足に足も伸ばせそうになく休憩する事もままならない。


 ここに来て格段に難易度を上げたダンジョン、作った奴の意図に従って攻略していてはこっちの身が持ちそうにない。よって俺達は俺達の持てる力を駆使してズルをするのだ。


「誰があんなもんに乗ってやるかよ、俺達は魔導車で海底を進むぞ」


 みんなが一斉に『は?』と言う顔をしたのが面白くて笑いが堪えきれなかった。



 魔導車は地面と車体の間に風の幕を作って進む、大雑把に言えば空飛ぶ乗り物だ。その幕を厚くしてやればクッションの代わりとなり整備されていない凸凹の激しい地形や、多少であれば不安定な水の上でも快適に走る事が出来る優れた乗り物。


 ルミアに魔改造された俺の魔導車ならば海の上であろうとも走行可能なのだが、それじゃあ捻りがない。まぁ理由はそれだけではなく、魔力探知で分かるとはいえ見えない海中から魔物に襲いかかられては分が悪いと思うのだ。


 高度を上げて上空を飛んで行くという選択肢があればベストだったんだが、それは残念ながら現状では難しい。


 風の結界で魔導車を包み込んでおけば水が入ってくる心配もないし、昼間の魚獲りでも思ったが風魔法というのは水の中でも特に抵抗を受ける事もないようなので、案外早く走れるかも知れない。

 それにこの階層を作った奴もまさかそんな事をされるとは思いもしないだろう。という事で、もう一つの選択肢である海の中を選んだ訳だ。



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