22.ちっぽけな心

「僕も乗りたい!」


 エレナの楽しそうな姿に感化されスクッと立ち上がったのは、ずっと うずうず していた様子のサクラ。


「サクラ!?」


「ねぇ!僕も乗せてよ!!」


 大きく手を振る姿に気付いたネックレス男が他のペガサスを操るエルフへと顎で合図を送れば、その内の一頭が近付き風の絨毯と並走を始める。


「ペガサスは二人乗りなので、黒髪のお嬢さんと交代で私がそちらに移ってもよろしいか?」


 風の絨毯を操るのが俺だと悟り一応の気を遣ってくれたらしいのだが、そんな事はお構い無しに飛び移れる距離に寄って来たペガサスへとサクラは飛び移る。


「えっ!?ちょ、まっ……」


「アリサ!よろしくぅ〜」


 すかさず後ろに乗っていた男の脇に手を入れこっちに放り投げて来るので流石にビックリしたが、苦笑いを浮かべたアリサが重力魔法アトラツィオーネで引き寄せると、投げられたエルフを無事回収する。


「し、死ぬかと思った……」


「あら、そういうのはなかなか体験出来ない事よ?ねぇ?レイ?」


 死ぬ体験など出来れば二度と御免だ。投げられたエルフは気の毒ではあるが、貴重な体験が出来たと飲み込んでもらおう。


「キャハハハハッ!行け行け〜〜!エレナを追い抜いて!!」


「あぶっ、危ないですよ!座って!?」


 旋回して離れ行くペガサスに立ち乗りし、腕を振りかざすサクラのふくよかな胸はペガサスを操るエルフの頭に乗っており、一瞬顔をにやけさせていたのが見えたのだが、そんな事より自由奔放な行動に肝を冷やす方が遥かに大きいだろう──ざまぁみろ!


「これは不思議な乗り物だな。こんな魔法、見た事ないぞ?」


「そうね、私もレイ以外でこんな魔法使ってる人を知らないわ」


 チラチラと男の視線を感じるが、ネックレス男の仲間と話す口など持ち合わせていない。

 見かねたアリサが返事を返せば、もう一頭のペガサスが寄って来てコレットさんへと手を差し出す──てめぇの趣味はソコかぁ!などとは紳士な俺様は口には出さない……口には。


「お嬢さんも乗られますか?」


 コレットさんの視線がモニカと合うと、当のモニカは申し訳なさそうな顔で恐る恐る俺の顔色を伺ってくる。その顔には『行きたいけど、良い?』と書いてあるのだが、さっきから俺が苛々してるのを知ってるから言い出せないのだろう。

 だが俺とて男だ、妻の些細な欲求を己の都合だけで “アレはダメ、コレもダメ” などと縛り付けていい筈がない。


「そちらの可愛らしいお嬢さんだったら二人でも大丈夫ですよ。但し、アレは勘弁してください」


 彼の目線は怪獣サクラの乗ったペガサス。モニカがあんな事をする筈がないがそれを知らない男は苦笑いで『頼むゎ』と語る。


「うわっ!何!?何だ!?」


「およよっ?」

「トトさま?」


『ウルサイ、ダマレ』とは口に出なかったが、風魔法で空を飛ぶときの応用でペガサスの背後に乗る男に風の魔力を纏わせると強制的にそこから引き離す。

 そいつを引き寄せるのと入れ替わりにモニカと雪を飛ばせて馬の背に座らせてやると、二人から「ありがとう!」と嬉しそうな声が聞こえて来た。


 実際、悪い奴ではないのだろうが「ちゃんと掴まってて下さいね」と優しく声をかけてからペガサスを操り、旋回して離れて行くエルフの男に対して苛々が止まらない俺は『落としたら殺す!』と殺気を込めた視線を投げつけたものだから一度だけ小さく ビクッ としていた。


「何だこれ!?柔らかくて座り心地も良い、何より馬のような振動が全く無いなんて物凄く快適な乗り物ですね! しかも向かってくる風すら感じないなんて素晴らしい!」


「レ〜イ〜?」


 反応が無い事に仲間と顔を見合わせる彼等を横目に、背を向けたままの俺の肩に掴まるとサクラのように身を乗り出し頬を突つく。


(嫉妬するなとは言わないけど、八つ当たりはみっともないわよ?)


「ごめんなさいね。彼、お嫁さんを貴方達の隊長さんに盗られて拗ねてるのよ」


 耳元で囁いたアリサは パッ と振り返ると俺のフォローをしてくれている。

 言われるまでもなくこのままで良くない事くらい分かってるつもりだが……どうやら本当に “つもり” のようだ。


「隊長にって……白ウサギの!?」

「人間と白ウサギが結婚!?そんな、まさか……」


「で、でもまぁ……そんな事もあるの、か?」

「さ、さあ? でもびっくりではありますが、俺は綺麗なお姉さんの言う事は信じます!」


「てめっこら!現金な奴だな!」

「あははっ。それにしても嫁さん盗られたって、ただ珍しいペガサスに乗りたかっただけでしょ?そんなに心配するほどの事では……」


「まぁ、目の前でホイホイ付いて行かれたらショックだろうけど、女殺しのイェレンツだからな。多少の揺らぎくらいは許してやっても良いかと思うけどね」

「そうですね。隊長、羨ましいぐらいモテますもんね」


 自慢じゃないが俺もモテる!……とか、どうでもいいし! ネックレス男はイェレンツと言うのか……って、どうでもいいし……。 だんだん怒ってる自分が惨めになって来た。



 アリサの言う通り “みっともない” ……か。



「コレットさん、悪いけど紅茶を……」

「はい、どうぞ」

「え!? あ、ありがとう」


 気分を入れ替えたくてお茶を所望してみれば、言い終わる前に差し出される白い皿に乗った真っ白なティーカップ。

 やっぱりこの人には敵わないなと思いつつそれを受け取り、香りたつ茶葉の湯気を胸いっぱいに吸い込めば心のモヤモヤも幾分落ち着きを見せる。


 自分は彼女達の目の前で他の女と イチャイチャ しているというのに、少しばかり他の男性に触れ合っただけで苛々するちっぽけな自分が情けなく感じる。

 大きく溜息を吐き出すと、八つ当たり甚だしく背を向けたままでいたお客様へと振り返り、改めてご挨拶からすることにした。



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