38.信用できる者

「それで、晩餐会では気に入る娘と出会えたかね?モニカ嬢と食事してた所を見るとあんまりか?」


 ん?陛下が言っているのは女性の話か?


「レイ君、晩餐会などの社交界は女性との出会いの場なんだよ。もちろん他の貴族との繋がりを得る場でもある、というより本来はそっちが本筋だ。だがそれだけでは味気ないだろ?

 君はサラ王女と庭に降りたそうだね。その時、他の男女が事情に耽っているのに出会わなかったかい?」


「何ぃっ!それは初耳だぞ、本当かね?まさかサラとヤッたんじゃないだろうな!?正直に答えるんだ!!」


 突然殺気にも似た怒りのオーラを噴き出させた陛下を平然としたままのアレクが宥めてくれる──ひぇぇっ、何もありませんでした!


「父上、それはありえませんよ。あんな短時間で事に及べはしませんし、そもそも庭がそのような場所だとレイは知らなかったんじゃないですか?」


 力の限り、全力で、これでもかというほど大袈裟に、首を縦に振り続けた。

 本当です!全く知りませんでした!気が付いてからはすぐに部屋に戻りました!!


「それにですよ、父上だってサラの気持ちを知ってるではありませんか。サラの合意があるのなら文句は無いのでしょう?」


 んんっ?今サラリと変なこと言わなかったか?王女の気持ちって、なんだ?

 俺の事を良く思っていないあの王女様が俺と男女の仲になるなんて絶対ないと思うぞ?確かに身目美しき娘だとは思うが、全然合意してくれなくていい。


「娘を取られる気持ちは私も分かるがな、それでも娘自身が幸せなら良いだろう?だいたいメルキオール、お前だって他所の娘とヤッてるんだろ?文句言える立場ではなかろうが」


 ストライムさん……ヤッてるとかストレートだな。ここはそういう席なのか。それで男同士でとか陛下は言ったんだな。

 でも、その娘・・・と毎晩ヤッてる俺はなんだか微妙な立ち位置だけど、ここに居ていいのか?


「貴族の娘よりもメイドの方が後腐れなくてな、楽なんだよ。お前も昔は散々ヤッてたじゃないか。

 ケイティアを奪った上に王宮の女共まで好き放題しおって、このスケコマシ野郎が」


 にこやかに毒を吐く国王陛下、二人は仲良さげではあるが無礼講もいいところだな。

 ケイティアさんを奪ったってどういうことだろう。


「まだそれを言うのか、陰湿な奴め。もう二十年だぞ?いつまで言い続けるつもりだよ、まったく。男ならスパッと心を切り替えれんのか。アレはもう私のモノだっ!諦めろ」


 聞けば陛下とストライムさんは若い頃にケイティアさんを奪い合った仲だという。結局はストライムさんが勝ってモニカの母親となったのだが、それ以来二人は良き友人となり一人の男として立場を超え仲良くしているのだという。っつか、公爵ってくらいだから二人は親戚だろうに……


「それでアレクはどうだったのだ?お前もそろそろいい歳なんだぞ?お前の心を射止めるご婦人は居ないのか?」


「そうですね、私が密かに思いを寄せていた方は突然現れた英雄殿があっさりと攫って行きましたからね、また探し直さねばなりません」


 隣に座る俺を笑いながら見るアレク。おい、もしかしてそれってモニカの事なのか?冗談だよな?

 俺が気が付いたことが分かると、遠慮もなしに他人の肩をバンバン叩きながら大笑いしやがる──こいつ、性格変わってないか?まぁ、遠慮して腫れ物みたいに扱われたら友達とは呼べないだろうな。


「まぁ、あれだ。どうせ叶わなかった思いなのだ、君が気にする事ではないよ。彼女が幸せならそれで良い、ですよね?父上」


「あ、うむ……そうだな。自分の惚れた女が幸せならそれでいい。

 モニカ嬢はストライムの娘だ、不幸にすることは儂が許さんぞ?覚悟は出来ているんだろうな?レイシュア」


「勿論です。この命に代えても彼女を幸せにしてみせます」


「うむ、良い返事だ。だがなレイシュア、貴様はランドーアの娘とも良い仲だそうだな。聞けば二人とも娶るつもりだというではないか。それは本当の事なのか?

 ランドーアも私の良き友人の一人だ。あやつが溺愛する娘まで取ろうとはどういうつもりだ?」


 俺はサラ王女にも説明したユリアーネとの約束とモニカと婚約に至った経緯、俺とティナの関係を三人に説明した。そして恐らくストライムさんから聞いているであろうエレナとアリサの話も。

 流石に遠慮してくれたのかアリサの事までは知らなかったようで驚かれた。


「以前の時も疑問に思っていた。そして今回のゾルタインだ。お前はそのアリサを通して魔族と繋がっているのか?まさか良からぬ事を企んでいるのではあるまいな?」


 陛下の視線に凄味が混ざる。酒の席とはいえ世界を統べる国の王、見逃す事ができぬ事もあるのだろう。

 俺はこの部屋に招かれ陛下と話すうちに一つの想いからある決断をした。


「国王陛下。貴方は俺の懇意にしているランドーアさん、そしてモニカの父親であるストライムさんとご友人だ。そして仲良くなったばかりだがアレクの父親でもある。

 そこでです。俺は貴方を信用してもよろしいでしょうか?」


 柔らかだった空気が一瞬にして張り詰める。いくら内内の会だとはいえ相手は世界一の権力者、その人に向かって放つ言葉ではない。しかし無礼なのは分かりつつも覚悟を決めて打つけたのだ、これで罰せられればそれまでのこと。


 国王でありながら筋肉質な身体を軽く持ち上げ座り直すと、サラ王女と同じ青紫色の瞳から放たれる数多の人間を平伏させてきた畏怖の視線が俺に突き刺さる。


「なにやら事情がありそうだな。三人とも私が心を許す数少ない者達だ。それが信用する者を蔑ろにする事などしないと誓おう」


 ポケットからギルドカードの様な物を取り出し少しばかりの魔力を籠めた。すると一瞬、脳にまで響く高い音がしたかと思えば僅かな圧迫感を感じるようになる。


「これは旧スピサ王国に伝わっていた魔導具でな、部屋に結界を張る事が出来るのだ。こうしておけば誰も入ってこれないし、声も外には漏れない。気に入った女と二人きりの時間を過ごすにはもってこいの魔導具なんだぞ?」


「父上……」と呆れるアレクとストライムさん。まぁ、国王だもんな、知られてはまずい事もあるのかもしれないが少し使い方が間違ってないか?


「さてレイシュア、私は秘密を決して漏らさぬと誓おう。二人とも、良いな?お前が抱える秘密とやらを話してみるといい」


 柔らかな笑みを浮かべて微笑む国王陛下。

それならばと、人間の暮らす領域には居られなくなるかも知れないという覚悟の上で身の上話しを始めた。



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