37.慣れ親しんだ味
会場に戻ってすぐ男三人に囲まれ楽しく談笑しているモニカを見つけた。そこに押し入ると一応の断りを入れたものの少々強引にバルコニーに連れ出す。
「ちょっと、お兄ちゃん?……お兄ちゃんってばっ」
そこには都合よく誰もおらず、丁度隅の方だった為に部屋の明かりも届き難い暗がり。
「ねぇ、お兄ちゃんっ?どうしたの?」
嫌な顔一つしないモニカの言葉を無視し、ドレスが当たるのも気にせずに抱き寄せると唇を奪った。説明も雰囲気も無いまま強引にしたキス、にも関わらず俺に応えてくれる。
唇を離せば少しだけ頬を赤らめ、うっとりとした表情を見せるモニカがそこにいる。
「慣れない晩餐会で疲れちゃった?それとも昼間出来なかったからしたくなっちゃったの?
お兄ちゃんが望むのならいつでも構わないけど、出来ればベッドでゆっくりとして欲しいな。
もう少ししたら帰れるから、それまで我慢出来る?」
「ごめんごめん、それもあるけどちょっとばかりモニカが不足しただけだよ。もう大丈夫だ」
昼間、王女に会ったテラスから自分の充てがわれた部屋に戻れば、そこには何故かストライムさん達が居たので結局イチャイチャは出来なかったのだ。
頬を両手で挟まれ今度はモニカからキスをくれる。少しばかり驚いたが俺が拒否するはずもなく、人目を憚る場所だというのに舌と舌が絡み合う。
「ちゃんと我慢出来たらご褒美に、今日は私がしてあげる。だからもう少しだけ我慢しようね、いい?」
すぐにでも部屋に戻りたかったがそれではご褒美はもらえない。慣れない会話はかなり精神を疲弊させ、ほどなく限界を迎えそうではあったが仕方なくの我慢。
渋々頷くのを笑顔で見つめるモニカはやっぱり可愛い。
今夜、大勢のご婦人方の会話の相手をしたが、お世辞抜きに綺麗だと思える人も沢山いた。その中でもやっぱりモニカはダントツだと断言出来る。そんなモニカと婚約出来た俺は鼻が高いよ。
「サラと何話したの?」
驚きの発言に苦笑いで応えると俺の考えを伝えただけだと正直に話した。それにしても何故彼女と話したのを知ってるんだ?こんなごちゃごちゃした人混みの中でよく見てたな。
「モニカもティナも傷付けたら許さないと脅されたよ」
「お兄ちゃんなら大丈夫でしょ?」
そのつもりなんだけどね……。
心のモニカ不足が少しだけ満たされると、今度はお腹が欲求を訴えかけて来る。
「ちょっとお腹空いて来た。何か食べない?」
繋いだ手から “モニカを補給” しながらご飯が並ぶ壁際のテーブルに行けばこだわりの強そうな職人面のシェフ達に好みを聞かれ、あっという間に綺麗に盛り付けのされたお皿を渡される。
それを受け取り立食用のテーブルで食べているとメイド姿のコレットさんがシャンパンを持って来てくれた。
「身内二人だけで居るのはあまり良い事ではありませんよ」
そうは言われても俺は疲れちゃったんだよ。少しくらい休憩させてくれ。
「一緒にどう?」などという言葉が口を出かけたが、流石に空気を詠んでそれは飲み込む。
「なんだ、モニカと一緒だったのか。他の貴族と友好関係を深めるのも貴族としての仕事だぞ?」
俺達を見つけたストライムさんが国王陛下と共にやってきた。どうやらコレットさんの忠告は少しばかり遅かったようだ。
「はははっ、まぁ良いでは無いか。ハーキース卿、この後時間は大丈夫かね?アレクから聞いたが君達は友好を結んだらしいな。それでどうだろう?男同士で少し話しでもと思ったんだが」
ご褒美が欲しいばかりで早く帰りたいのが本音。しかし、断る理由も特に無かったので助けを求めて横目でモニカを見るとニッコリと微笑む──はぁ、行ってこいって事か……あぁ、モニカがまた不足するぅぅっ!ため息出ちゃうよ!!
(今日はおあずけかな?)
他にはバレないよう耳元で囁くモニカの声を聞きながら、仕方がないと自分に言い聞かせ「大丈夫です」と涙ながらに返事をした。もちろん流した涙は心の中だけで、だ。
陛下に返事をしたと思ったら今度は真っ赤なドレスがよく似合うケイティアさんがやって来た。この人は本当にモニカのお母さんか?絶対お姉さんの間違いだろってくらい若くて綺麗だ。
「レイシュア、やっと捕まえたわ。私のお友達に紹介させてもらえるかしら?」
「お母様、お兄ちゃん大分お疲れよ?」
「ちょっとだけよ」と問答無用で腕を絡めると強制的に連行される。
あぁ、俺のご飯……俺の安らぎ……モニカぁぁ……
ストライムさんに連れられて向かった国王陛下の私室、街の灯りの見える広い窓の前に置かれた大きな机とローテーブルを挟む一対の高そうなソファーの配置はウィリックさんの執務室を思い出させる。
重厚感溢れるテーブルには琥珀色の液体の入ったガラスのビンが置かれ、おつまみだろうチーズやピクルス、加工肉等が皿に乗せられていた。
それを挟んで向かい合う陛下とアレクの手にはガラスのコップが握られており、琥珀色の液体の中にはなんと、高位魔法でしか作り出せないはずの希少な氷が浮かんでいた。
「やぁ来たね。ここには我々しか居ない、気楽に座ってくれ。ブランデーは飲めるかね?」
ブランデーが何か分からず笑われたので、物は試しで貰ってみた。ガラスのコップに入れられた美しい液体、光を反射させる様子を綺麗だと眺めていればユリアーネの瞳と同じだと少しばかり悲しく思えてくる。
言われた通りに少しだけ舐めてみれば……辛っ!液体に触れた舌が戻ればフワリとした甘味にも似た不思議な味が口に拡がる──あれ?辛く無くなった?
恐る恐るほんの少しだけ口に招き入れれば、口に入った瞬間だけは辛味が襲いかかって来たものの鼻から抜け出るのはバニラのような甘い香り。そのまま飲み込むと喉が焼けたように熱を帯び、思わず目を丸くして驚けば三人に笑われてしまった。
「レイにはまだ早いかな。水で薄めると飲みやすくなるよ。あんまり薄めすぎると美味しく無いから少しずつ薄めて行って自分の好みを測るんだ。貸してみて」
アレクが調節してくれたものを飲んでみると驚くほど飲みやすくなり美味しく感じる。
「慣れると氷だけの方が美味いぞ。ワインに比べるとまぁアルコールは遥かに高いがな」
ブランデーは俺にはまだ早いらしい。ワインなら美味い不味いくらいは分かるんだけど、でもやっぱ酒と言えばエールっしょ!
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