36.夜の庭の王女様
「おやおや?英雄殿はモニカ嬢の他にももう一人女性がいたのかい?英雄、色を好むと言うが、あながち間違いではないのかな?モテる男は辛いと言うが実際のところはどうなんだい?」
今度は誰?と嫌々ながらに振り向けば、そんな俺の心境とは真逆に ニコニコ したアレクが俺達の輪に入ってくる。
「これはこれはアレクシス王子殿下。殿下も人の事は言えない立場でしょう?宮廷で働くメイド達の人気ぶりは衰えるどころか、未だ鰻登りで上昇中だと伺っておりますよ?」
「いやいやサザーランド伯爵、それは言い過ぎですよ。彼女達は私に気を遣ってくれているだけでしょう。私も早く良い方と結ばれればと思っているのですが私自身に問題があるのでしょう。なかなか良縁に恵まれなくて困っておりますよ」
この容姿、この性格で何を言ってんだ…… “ザ・王子様” のアレクがモテない訳がなかろうに。それにしては恋人なり婚約者が居ないらしいけど、なんか理由があるのか?
「まぁ、それでしたらウチの娘など如何かしら?少し年は離れてしまうけど、教育は行き届いておりましてよ?ぜひ一度お会いして頂きたいですわ」
「待ちなさい。セリーナはまだ九歳だぞ?そんな事を決める歳じゃないだろう?」
「あなた?ティナだって十歳のときから想ってる殿方がいるではありませんか」
「しかしだな……」
あのぉ……サザーランド夫妻?それはお家でやって頂けませんかね?アレクも苦笑いになって……ん?何見てるんだ?
その視線は二人を少し逸れ、バルコニーに出て行くサラ王女の姿と、それを追うように出て行く男の姿を捉えている。顔は王子様スマイルを浮かべながらも、目には違う色が浮かび始める……器用な奴だな。
「お二人とも仲がよろしくて羨ましい。出来れば私もそのように心許せる伴侶が現れる事を願うばかりです。お二人のような良き両親を持つお嬢様であれば、私には勿体ないほど器量の良い娘さんなのでしょう。お会いできる日を楽しみに待つことにします。
戦友が居たのでついはしゃいでしまい突然のお邪魔、申し訳ない。この後もパーティーを愉しんでください、それでは私はこのあたりで」
その場を去ろうとするアレク、恐らくサラ王女を追うつもりなのだろうが俺も彼女ともう一度話がしたかった──と、いうことで代わってもらおう。
「あ、おいっ、レイ?」
アレクの肩を捕まえると耳元に顔を近づけ「俺が行くよ」と断りを入れておく。
公の場で次期国王に対してあまりにもフランクなやり方だったと反省はするが、まぁ、こんな状況じゃ見られてやしないだろう。
呆気に取られて歩みを止めたアレクを追い越すと、片手を上げて悪いと一応の挨拶をしておいた。
「サラ王女殿下。私の事、考えて頂けましたか?そろそろ良いお返事が頂ける頃かと思いますが」
肩まであるサラサラの金髪を搔き上げながらサラ王女に迫る優男……どこの貴族の子息だよ。まるであのアングヒルの三男坊のような雰囲気が滲み出ている。顔に浮かぶ微笑みすら気持ち悪いモノにしか見えないのは俺の気のせいじゃないよな?
「サラ王女、いや〜お探ししましたよ。お時間をくださると言っていただけたのにすみません、俺の方がご婦人方に忙しくしてしまいましたね。
おやおや?今度は貴女の方がお取り込み中でしたか?」
「ん?貴様は……」
これ幸いとばかりに逃げるように俺に歩み寄るサラ王女。月光を写す銀の髪に添えられる数多の宝石の散りばめられた小さなティアラ、その輝きですら足元にも及ばないキラキラとした青紫の瞳が助けを乞うように見上げてくる。
昼間、邪険にした俺の腕を取る様子からも、よほどこの男が嫌だとみえる。来て正解だったよ。
妹の危機に敏感だなんて凄い兄貴だな。
「レイシュア様、遅いですよ。今か今かと期待に胸を膨らませておりましたのに、どれだけ焦らせば気が済まれるのですか?
コンラハム様、すみませんが以前からお答えいたしている通り、そのお話はお受けする事が出来かねます。失礼しますね」
苦虫を噛み潰したような顔をする男を置き去りに、サラ王女に連れられバルコニーから中庭へと続く階段を降りる──待てよ……庭は降りちゃ駄目と言われていたような気がしたが、いいのか?
ちょっとしたテラスの頂上に設置された花の壁に包まれるお洒落なベンチ、そこに腰を下ろしたところでずっと組まれたままだった腕がようやく解放された。
「先程は助けて頂き感謝致します。彼は男爵家の長男なのですが、以前から交際を申し込まれていたのです。何度もお断りしていたのですがまったく聞き入れて貰えなくて……貴方が来てくださって本当に良かった。これで諦めて貰えると助かるんですけど、そう都合良くは行かないでしょうね」
美しさの中に可愛さの混じる魅惑的な顔に皺を寄せる勢い。ため息を吐かんとばかりにうんざりした顔で話すサラ王女は、俺の中で美人度MAXのユリアーネやコレットさん、可愛さではこの上ないモニカとはまた違った魅力を感じた。
白色の生地に金と銀の刺繍が施された清楚なドレスは、髪の色と相性も良く美しさが増すアイテム。薄っすらと施された化粧も整った顔を引き立て、気が付けば横顔に見惚れてしまっていた。
「魅力が有り過ぎるっていうのも大変ですね」
言わんとしてではなく思わず漏れた言葉。口を吐いてからモニカの顔が頭を過り『何を言ってるんだ?』と自問してしまう。
「モニカもそうやって口説いたんですか?ティナも?私は王女ですよ?そんな口説き文句を言う方がどれほどいたことか分かりません。それでは靡きませんよ?」
自分で自分にため息を吐きたくなったのは言うまでもない。時を戻せるのなら戻したいのが本音だが、一度口から溢れた言葉は二度と帰ることはない。
「すみません、そういうつもりでは無かった。他意のない感想です」
あれ?僅かに眉が動いたような……謝罪のつもりだったんだけど、何か気に触るような事を言ったか?まぁ、良いか。
「昼間話したけど、俺は嫁を亡くしたばかりなのです。それなのにモニカと婚約なんて可笑しいと思いますよね?普通に考えたら貴族に取り入る為としか思えない。
信じてもらえないかもしれないけど、俺の中に嫁への想いが在っても構わないと言ってくれたのはモニカなんです。
亡くなった嫁の遺言で他の人の愛を受け入れるように言われて迷っていた俺の心に彼女は入り込んで来てくれた。結果、俺はモニカを愛してしまった。
ティナとは子供の頃、たまたま知り合いました。彼女を誘拐した盗賊団に俺も攫われ、そこから一緒に逃げ出してからの付き合いです。その頃から彼女は俺の事を好きだと言ってくれていた。でも、俺は貴族じゃないから、身分が違うからと彼女の思いを受け入れる事をずっと拒み続けて来た。
だけど、今は貴族となってしまった。
俺は俺を愛してくれる全ての人の事を受け入れると決めた今、モニカが居ても、ティナを拒否する理由が無くなった。
ただ勿論、ティナの気持ち次第になりますが……ね。
サラ王女、貴女はモニカの友人であり、ティナの友人でもある。
昼間も言ったけど、俺の事を理解しろなどと傲慢を押し付けるつもりはない。けど、どう転ぶにせよ彼女達の思いは認めてあげて欲しい。どうしてもそれだけは君に言っておきたかったんだ」
バルコニーから差す灯りが邪魔して星は見えにくくなっている。そんな空を見上げて深いため息を吐き出すサラ王女……俺達ため息ばかりだな。
賑やかな音楽と楽しげな笑い声が二階から聞こえてくる中、しばらく天を仰いだまま何かを考えている様子の彼女。その横顔を見つめていると不意に俺の方を見るので思わず目が合ってしまう。
──彼女の瞳には如何なる者をも吸い寄せる魔力にも似た力でもあるのだろうか。
見惚れていた事にハッとすると、不思議そうな顔で俺を見返すサラ王女がいた。
単に美しいからではなく、妙に惹きつけられる魅力は何なんだろう。彼女が王族だからなのか?
「二人を傷付けたら許しませんよ」
どうやら多少なりとも理解を得られたようだ。
すると聞こえてくる男女の話し声、続けて耳に入って来たのはどういう状況なのか考えるまでもないくぐもった声だった。
「!!」
「!?」
人が居ないとはいえココは王宮の中庭、そんな場所で男女の秘め事をしている奴がいるなどとどうして思えよう。
しかし晩餐会でのコレは昔からの暗黙のルールらしい。完全に忘れていた俺が悪いが、事前の注意喚起を今更思い出しても後の祭り。たとえその気が無かったとはいえ、連れているのはこの国の王女なのだ……。
「ここに居るのは不味いな。部屋に戻りましょう」
焦りの滲むサラ王女も俺と同じく忘れていただけで知ってはいたのだろう。
思いを同じくした俺達は足早にバルコニーへと上がり、彼女が部屋に入るのを見届けてから俺も中へと戻った。
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