39.告白
今は亡き爺ちゃんに聞かされた六十五年前の三国戦争の真実。話しを終えると、やはりそんな事は知らなかったのか三人とも苦い顔をしていた。
「それで?この国にはその魔族はまだいるのかね?」
「その前に、俺と魔族との関係について話しましょう」
五年前、チェラーノの町でアリサと出会い、ケネスから助けられたこと。
ベルカイムの北の森でアリサと再会し、魔石の事を教えてもらったこと。
故郷の村がケネスによって滅ぼされ、俺が魔族を憎むようになったこと。
スベリーズ鉱山で出会ったアリサを魔族だからと拒絶して心に深い傷を負わせたのにも関わらず、ゾルタイン襲撃を教えてくれたこと。
ゾルタインでは敵対しているにも関わらず復活し続けるモンスターの倒し方のヒントをくれたこと。
師匠の存在と、ルミアのことも話をした。
「ではお前は剣聖ファビオラ・クロンヴァールと魔導具の母ルミア・ヘルコバーラの弟子だというのか?」
「はい」
「ゾルタインではその剣聖の一撃を止めた魔族が現れたと?」
「はい、その通りです」
額に手を当て、深い溜息を吐き出す国王陛下、その心境は分からんでもない。
かつて人類最強と言われた男の剣をふらっと現れた魔族が止めた。恐らく師匠の方が強いだろうが、陛下のものさしでは、最強の手駒であるあの近衛隊長と同格の魔族がいるのだと理解したのだろう。
最初の重い視線は鳴りを潜め、疲弊すら感じさせる青紫の瞳。だが流石は国王、すぐに立ち直り顔を上げると更なる疑問をぶつけて来た。
「ではアリサという魔族は我々人間に対して友好的な存在だということか?」
「昨日、この国の騎士の格好をした魔族が接触してきました。人間となんら変わりなく、ごく普通の騎士として働いているのだそうです。
彼が言うには魔族社会には、人間に取って変わろうと企む過激派と、人間との対立を望まない穏健派とがあるそうです。しかし現在では過激派が穏健派を力で抑えて支配しており、彼等はそれに従うしかない。
アリサは魔族王家の者で穏健派の筆頭だそうです。俺の所為で過激派に身を投じたアリサを取り戻してほしいと彼に言われました。
俺はアリサに謝るつもりでいますが、それで許してくれるかどうかなんて分からない。だから彼女が人間の味方をしてくれるかどうかも分りません。
そしてもう一人、近衛三銃士ガイア・トルトレノも魔族です。これは本人から直接聞いたので間違いないでしょう。
ただ、人間社会と同じで魔族の派閥も一枚岩ではない。彼は過激派の魔族だそうですが、人間に対してとても友好的です。彼に触れ合ってみてそう感じましたが、その点は陛下やアレクの方がよくご存知でしょう。
俺の犯した人生最大の罪は、憎むべき奴と同じ種族だからと一括りにして現実から目を逸らした事です。個は個であり、そこに種族や派閥なんてフィルターをかけるべきではない。
ガイアは魔族ですが敵ではありませんよ」
乾いた笑いを浮かべる王族の親子、その反応は仕方がないことだろう。自分達がもっとも信頼する兵士の筆頭とも言える立場の人間が、まさかの魔族だったと聞かされたのだから。
だがこの二人なら、俺のように道を踏み外す事はあるまい。
「他にも多くの魔族が潜んでおり、いつかの時を待っているのでしょう。俺はそいつらを、人間社会に害をなす過激派の魔族を許すことが出来ない。
俺の国を滅ぼし、祖先を森へと追いやった。両親を殺すだけで飽き足らず、最愛の妻まで奪われた!
奴等を根絶やしにすることこそが今の俺の生きる道です」
一瞬だけ動いた力強い眉、覚悟を決めたのにやはり怖かったのでサラリと言ったつもりだったがキチンと受け止められてしまった。
「今『俺の国』と言ったか?それはどういうことだ?」
真実を告げる事がこれほど恐ろしい事だとは覚悟が足りなかったようだ。震えようとする手を力で押し込め、一枚のコインを取り出すと机へと置く。
「む?……こ、これはっ!まさか王家の証か!?」
「レイシュア・ハーキース・オブ・ルイスハイデ、俺の正式な名前だそうです。
俺の故郷であるフォルテア村は旧ルイスハイデ王国と、旧スピサ王国の生き残りが作った村でした。今はもう無くなりましたが」
「ルイスハイデ王族の末裔だというのか!?」
「そうらしいです。ただ俺にとってはどうでもいい事、ただの冒険者レイシュア・ハーキースですよ。それでも貴方方サルグレッド王族には聞いて欲しかった。
この国にいる魔族を駆逐するのが旧国の者だと。滅ぼされて尚、悲願を達成するのだと。
俺が話したかったのはそれだけです」
言いたかった事は言い終えた。陛下達が俺をどうするのかは分からない。
しかし俺は全てを受け入れる覚悟だ、始末されても文句は言うまい。
そして、どうせなら同時にと、もう一つの不安を解消するべく向けた視線の先には、手にしたグラスを見つめて物思いに耽るストライムさんがいる。
「この話を聞いてもう一度お聞きします。モニカの事です。
俺は聞いての通りこの国にとっては逆賊だ。そんな奴と大事な娘が結ばれるなど俺なら許せない。俺が姿を消せば暫くの間は心に残るかもしれない、けど、口約束で婚約しただけの今なら引き返せるはずだ。
貴方には命を助けられている。だから俺は貴方の意思に従うと決めました。どうされますか?ストライムさん」
ため息一つ吐くと何を言ってるんだという呆れた顔で見てくる。あれ?俺、何か間違ってた?
「どうするもこうするも、君はモニカを愛しているのだろう?モニカも同じ気持ちのようだ。その話をモニカにして二人で決めるといい。私は娘の意志を尊重しよう。
でも、君が心配することはないんじゃないか?モニカだぞ?万が一も無いだろう。あの子なら首を傾げて『だから何?』で終わる話じゃないのか?」
流石は実父、俺もそうは思うが不安自体は大きくのし掛かっている。不安とは何をするにしても付き纏うものだな、心の弱い俺だけか?
「ふむ、サラもとんでもない男に恋したもんだな。いや、君の王族としての血がそうさせるのかもしれない。と言っても彼女次第だが、もしそうなった時にはよろしく頼むよ、レイ」
何故か笑顔で俺の肩に拳を打つけるアレクだが……何の話し?恋?王女が?よりにもよって俺に?ナイナイ……。
難しい顔をしていた陛下もアレクの一言で突然笑い出す。
「あぁそうだ、そうだな。儂も君を信じると決めたんだ、今の話は心に留めておこう。もちろん今まで通り接してくれてかまわんよ。
旧王国の血筋?逆賊?そんな者達は六十五年前に自国と共に滅びたよ。
それでお前はサラをどうするつもりだ?あの子も一緒に娶るのか?儂もストライムと同じ考えだ、私にはあの子に自由を与えることでしか望む幸せを与えてやれん……シアもどこぞの馬の骨に付いて行ってしまったしなっ。
この国はアレクがいたら安泰だ、そうだろ?」
「勿論です、父上。妹達に幸せになって欲しいと願うのは私も同じですよ。私一人が犠牲になればこの国は生きていける。二人の力など必要ないでしょう」
「ちょっ、ちょっと待ってください。サラ王女がなんですって?二人して何の話ですか?」
いきなり漂い始めた不穏な空気、陛下とアレクが顔を見合わせキョトンとしていた──話が噛み合ってないみたいですけど?
「何って、お前はサラと話したんじゃないのか?
オークション会場でお前と会ってからというものずっと気にしている様子、あれは確実に惚れてるぞ?。
そうか、昨日の御前試合のときモニカ嬢の声援で気が付いたのだな。よく通る声で嫁にしてくれと叫んでたしな、アレには儂も驚かされたよ。それで今朝は元気が無かったのか」
「私もそう思いますね。サラの性格だとさっさと自分の想いを告げると思ったけど、流石にモニカ嬢に遠慮したのかな?
まぁ、そんな訳だよ。レイは自分の事を愛してくれれば受け入れるんだろ?」
「昼間テラスで話した時に思いっきり否定されました、俺は嫌われていると思ってました。晩餐会でも俺の考えを一方的に話しただけでそんな話はしていません」
そうか、とひとしきり笑われた後はまた女の話しに戻っていく。
あっさり受け流されたが俺は渾身の告白に疲れたのもあり、そろそろモニカ不足が限界を迎えそう……もう寝ちゃってるかな?
退席を願うとアレクが途中まで送って行ってくれるというのでそれに甘んじた。
「本当のところ、サラの事、どう思うんだ?」
静まり返った夜の廊下で二人きり、変わらぬ笑顔でありながら目の奥は真剣だった。しかし、そんな事を突然聞かれても困るだけだ。
「どうって、綺麗な娘だとしか思ってなかったよ。俺にはモニカも居る、そんなアレもコレもと手を出すような美少女コレクターじゃないぜ?」
「そうか……もしも、サラが君に言い寄る事があれば真剣に考えてやってほしい。もし二人が上手く行くことになれば、私とレイは家族になるんだな」
陛下は正直まだよく分からないがアレクとなら上手くやって行けそうな気がする。
二人で笑い合うと途中で別れ、教えられた通りに一人で廊下を歩いた。
なんだか長い一日だった気がするな。早く部屋に戻ってモニカの愛に包まれたい。俺はいつからこんなにもモニカに飢えるようになったんだろうか?すでに病気の域だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます