46.望むもの

「じゃあ、帰るわ」


 何がそんなにも彼女を惹きつけるのかは分からない。

 「ウサギちゃんが三人!」と、来た時には席を外しており会う事のなかったアリシアとライナーツさんに大喜びしたルミアは、されるがままの三人の身体を心ゆくまで触り尽くすと思い出したかのように突然帰ると言い出し挨拶も無しに姿を消した。


「嵐のような方ですね」


 初めて会ったライナーツさんにはそんな印象を与えたようだが、呆気にとられて見ているだけだった研修生六人と教官二人も同じ事を思ったに違いない。




 ご飯まで少し間があるというので村の様子を見て来るかと席を立ち「ゴーレムの話は内緒な」とサラに耳打ちしてから部屋から出たところ、廊下でコレットさんが待ち構えていた。


「今夜のお相手は私の番でしたが、私は結構ですのでエレナ様と夜を共にしてください」


 コレットさんらしからぬ発言に唖然としたところに、ペコリと一礼してそれ以上は聞くなとばかりに逃げようとする。

 だがいきなりそんな事を言われても納得がいくわけがない。そうは行くかと慌ててその手を捕まえた。


「なんでだよ、理由を教えてくれ」


「理由などありません。レイ様には四人もの奥様がおりサラ様というご婚約者もみえます。優しい皆様のご好意で当然のように加えて頂いておりましたが、本来ならばその輪の中にメイドなどと言う卑しい身分の者が入っている事の方がどうかしているのです。

 私はこの里に戻りその事を思い出した、ただそれだけです」


 掴まれた手をそっと外したコレットさんは再び一礼すると普段と変わらぬ様子で廊下の奥へと消えて行く。

 突然の正論に『何を今更』とも思ったが、すぐに潰される程度の反論しか思い浮かばず口には出せなかった。



 突然切り出された “終わり” に胸の中にモヤモヤしたモノを抱えながらも外に出ると、話を聞きたいと思って失礼ながら魔力で印を付けておいた女性二人が丁度見える位置で畑の手入れをしている。


「夕飯の支度は良いの?」


 鼻歌混じりに雑草を抜いているところに声をかけると、俺の顔を見た途端に笑顔で寄ってきて握手を求められた。


「持ち回りで仕事を分担してるから今日は私達、楽していい日なのです。それよりも貴方のお陰でみんなに心からの笑顔が戻りました、本当に感謝してます!」


「ずっとこの村に居てくだされば身の回りのお世話は全て私達がするのにってみんなで話してたんですよ!」


 年の頃は二十代半ば。

好意を持ってくれている女性二人に言われれば悪い気はしないどころかそんな生活もいいなぁと妄想が膨らんだが、それでは嫁達に白い目で見られるだけだろうと現実に引き戻される。


 本人は良い顔をしないだろうが唐突な態度の変化は容認できるものではない事も後押しし、名前に反応していた二人に当時のコレットさんの事を聞くと、コレットさんはやっぱり俺が惹かれた通りの人だった。



▲▼▲▼



 研修生達が精魂込めて用意してくれた夕食が運ばれると、代わる代わる引っ切り無しにやって来ては声をかけてくるので美味しいはずの食事がちっとも口に入らないのに我慢出来ず「一緒に食べない?」と言った途端に残りの十七人全員が雪崩れ込んできたのにはびっくりした。


 俺の事を根掘り葉掘り聞かれたのには疲れてしまったが、それでも大人数での食事会はとても賑やかで、笑顔溢れる彼女達を見ていると今まで辛い思いをしてきた分これから幸せが訪れるといいなと思いつつ彼女達の作ってくれた美味しい食事を戴いた。


 話題は俺の事から理想の男性像へとシフトし、世間を知らないとはいえ年頃の娘が二十人近くも集まれば話は尽きないようだ。

 食後の紅茶を飲みながら女性として彼女達より先を行く俺の嫁達を中心に女子トークで盛り上がり始めたので、置き去りにしては可哀想だと居心地の悪そうにしていたジェルフォとライナーツさんを引き連れて部屋を逃げ出す。

 そして一人、いつのまにか居なくなっていたコレットさんを探して静かな館の中をのんびり散歩する。




「やっぱりここに居た。みんなは楽しんでるのに一人で何してるの?」


「私は私の仕事をしているだけです。レイ様こそこのような場所に足を運ばれてどうかされたのですか?」


 静まり返った厨房で洗い物をしていたコレットさんは一度俺へと向けた視線をすぐに戻すと、さも忙しそうに洗い物をするのを止めようとしない。

 それならばと二つ並んだ流し台、コレットさんの握るスポンジで泡あわになり移されて来るもう片方の前に立つと、袖を捲る俺に驚いた視線を向けて来るがそんなのは無視だ。


 皿を一枚拾い上げ水魔法で泡を落としてから浄化の魔法をかけて仕上げると、背後の作業台へと重ねて行く。


『主人に向かって溜息を吐くとはメイドのなんたるかはどうなった?』と聞きたくなったが、俺がメイドとしてあろうとするコレットさんを煽っていては話にならないと、呆れた顔で作業を再開したコレットさんの横顔をチラリと見ただけに留めた。


「お皿はどこに片付けるの?」


 一緒に食べなかった十一歳以下の研修生達の分もあり、積み重ねられた七十三人分のお皿は凄い量だった。

 会話も無く黙々と洗い物を終え流しを洗い始めたコレットさんに尋ねると「そこの戸棚へお願いします」と勝手知ったる自分の家のように指示しくれるので流石出来る人だなと改めて関心してしまった。


「後は何するの?」


 朝食の準備などしてしまえばせっかくの研修生達の活躍の場が失われてしまう。かといって他にやる事があるかと言えばベッドメイキングくらいしか思い付かないが、ここは護衛メイドの育成施設、彼女達が既にやり終えているだろう事は予想がつく。


「皿洗いなど手伝わせてしまい申し訳ありませんでした。お陰で助かりました、ありがとうございます。後は私がやりますのでレイ様は皆様の元へお戻りください」


「昨日の晩、部屋に居なかったのはなんで?」


 昨晩、結局開かれる事の無かったコレットさんの部屋の扉とこの館の悪しき習慣から想像が付くのは、恐らく村長の部屋にでも呼び出されて無理を強いられたのだろう。

 その事が後ろめたくて今夜の順番を蹴った、そう考えれば辻褄が合うのだ。


 俺の予想は的中したようで、背を向けて出て行こうとした所に核心を突かれる言葉を浴びせられて思わず歩みを停めたコレットさんは返事を返したようなものだ。


「私が何処で何をしようとレイ様には……」


 冷静であれば言うはずのない言葉に確信を得ると、背を向けたまま立ち尽くす彼女の背後に立ち優しく抱きしめる。

 ハッ としたのに嫌がるかと思いきや、諦めたかのように何も言わずされるがままだ。


「コレットさんが何処で誰と何をしようとも何も文句を言うつもりはないよ。

 けど、納得出来る理由も無しに逃げようとするのであれば全力で引き留めるのが惚れた相手に対する俺なりの節操だ」


「レイ様はお優しいですね。ですが理由なら……」


「身分がどうこう言うのなら、俺だって片田舎で生まれ育った庶民もいい所だろ?例え何処かの王家の血を引いていようが今は滅んだ国なんだ、そんな国の身分など有って無いようなもんだろ?」


 小さく首を横に振り俯くと再び首を振った。


 最初は本当に自分の欲求を満たす為に身体が目的だっただろう彼女も、いつの頃からか俺の事を想ってくれているであろうと感じるようになってきた。


「王家の血とは国が有ろうが無かろうがそれだけで高貴な物なのです。ましてやレイ様は神の血を引く四大王家の末裔、私などが並んで立って良いお方ではないのです。


 それだけではありません。


 ご存知の通り私は五歳の時よりこの館で育ち、十二歳から教官達の穢れを身に宿して来た者です。薄汚れた私などがお側に居ては崇高なるレイ様をも汚してしまい兼ねない事を、この館に再び訪れ思い出す事が出来ました」


「教官達の欲望を搾り取る事で他の娘達へはなるべく手を出させないようにする、自分の身を犠牲にしてまで仲間を庇うコレットさんに気付かず心無い言葉を投げかけた人も多かったそうだね。それでも分かってくれる人はちゃんと理解を示し、その娘達と対立までしたそうだ。


 この村に残っているコレットさんと同世代の人は皆、コレットさんに感謝していると言っていたよ。そんな事の出来る人を前にして誰が『お前は穢れている』なんて言えるんだ?」


 皮肉な事にコレットさんの居なくなった後の教官達は欲望が強くなってしまったのか、どうやらその辺りから最低限の規律が破られ始め昨日までの愚行が習慣化されたらしいのだが、それはコレットさんのせいではあるまい。


「……私は私の欲求に従い教官達の相手をしていただけ。それに感謝するとは、勘違いも甚だしいですね。どちらにせよ私が彼等の穢れを身に受けて来た事に変わりはありませので……」


「コレット」


 この館に居るから余計にそうさせるのか、彼女の意志は頑なに俺を拒絶しようとする。

 心を縛り付ける鎖は外してやったつもりだ。後は気持ちの整理さえ済めばきっと俺を受け入れてくれると信じたい。


「君がそう思うのであればそれでも構わない。けど、俺はそうは思わないという事も理解しておいて欲しい。


 俺の事を嫌って拒否しているのであれば諦めもするが、もしそうでないのなら今夜は一緒に居て欲しい。これは主人としての命令ではなく、一人の男としてコレット・ライティオ個人に対するお願いだ。

 何事にも囚われず素直な自分に問うてみてくれ。


 それじゃあ、君が来てくれる事を願って部屋で待つよ」


 目の前に晒されている魅力的な首筋にキスをしてから離れると、動きを止めたままのコレットさんを一人残して厨房を出ると『きっと来てくれる』と願いながら静かな廊下を歩き自分に充てがわれた部屋へと戻って行った。



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