18.パーティー × パーティー
思わぬ反撃を受けたミレイユはたったそれだけで今後の展開に想像が行き着いたのか、茹で蛸のように顔を染め上げ何も言葉を返せないでいる。
「ミーレイユっ、ミーレイユっ、ミーレイユっ」
そんな彼女の背中を押すように手を叩いてリズムを取りながらアリシアがミレイユコールを始めれば、すぐにイルゼさんも乗るのでセレーナも後に続きカンナも参加を始める。
大凡の意味を察した俺の嫁達も楽しそうに輪に加わると、それを盛り上げようとメイドさん達も加わり、いつしか海賊達まで参加してミレイユコールの大合唱。
そこまで応援されては退くに退けず、完熟トマトのような真っ赤な顔のまま、右手と右足を同時に動かしロボットのようにカクカクとしたぎこちない動きで歩み始める。
何が始まるのかと楽しそうにミレイユコールに参加していたテツ。しかし自分の前で立ち止まった彼女の異様な雰囲気に気圧され訳も分からず焦り始めた矢先に声が発せられた。
「……テ、テテテテテテツっ!!」
「姉御? 大丈夫、でやすか?…………!?」
俯いて視線すら合わせないミレイユを覗き込もうとしたとき、ミレイユがテツの胸に飛び込むので細い目を目一杯開いて丸くしながらも慌てて抱き留めるが、何が起こったのか理解出来ずに再び顔を覗き込もうとするもののその顔は胸に押し付けられて見る事は出来ないでいる。
「テツ、聞いてくれ……ア、アタイは……アタイはその、お前が……アタイは…………おっ、お前の嫁にしてくれ!!!!」
ミレイユコールもピタリと止まり、二人の行く末を見守ろうと一切の物音がしない程に静まり返った甲板で聞こえて来たミレイユの告白。
それは予定していた言葉では無かったのか、焚き付けたであろうアリシアとイルゼさんも口に手を当てて驚く程で、きっと “好きだ” と告げるだけのつもりが三段飛ばしになってしまったのだろう。
彼女の言葉が固唾を飲んで見守る海賊達の間を通り抜けると、堰を切ったように割れんばかりの歓声が上がり出す。それは二人の門出を祝う賛美歌でもあるようにすら思え、既に聞き取れなくなった二人の会話だったが、テツの手がミレイユの背中にそっと回ったので彼女の気持ちを受け入れたのだろう。
満面の笑みを浮かべて椅子の上へと立ち上がったルナルジョが皆に見えるように手を広げると、隣にいたモニカとの会話すら聞こえない程の大歓声が急速に収まる。
「諸君、この世界で結婚するときは女神に誓いを立てるのが一般的だが、男と女が一緒になるという記念すべき瞬間にわざわざ女神に報告する意味があるだろうか?
俺は教会に行かずとも二人を見守ってくれているであろう女神には二人の想いは届いていると考える。
そこで俺は考えた。
だったら女神に誓うだけでは無く、家族に等しい俺達に二人がいつまでも幸せでいる事を誓え、と。
テツ、お前はミレイユの想いを受け入れて俺の娘にも等しいソイツを一生かけて幸せにすると誓えるのか?」
「姉御があっしを選んでくれるのなら、あっしは当然一人の男として幸せにすると誓いやす」
「ミレイユ、これからお前達の辿る人生は今までより更に大変かも知れねぇ。それでもテツと手を取り合って生涯を共にすると誓えるのか?」
「もちろんだ」
「じゃあその誓いを態度で示せ!ほらっ、皆に見えるようにぶちゅっとしてやれ!がはははははっ」
抱き合ったままで聞いていたルナルジョの言葉に ギョッ としたミレイユとは対照的に、テツが顔を覆っていた黒い布を外すとアルにも負けず劣らずのイケメン顔が晒される。
イルゼさんが感嘆を漏らすと、その横では手を合わせて蒼い瞳をハート型にしたアリシアの首根っこを溜息を吐いたライナーツさんが捕まえていたのだが、あの夫婦はアレで大丈夫なのだろうか?
そんな観客達の前で退き気味のミレイユへとテツの顔が近付けられれば、真っ赤な顔を小刻みに横に振っていたミレイユも観念したのか、小刻みに震えながらも目を瞑り受け入れる態勢となり、二人はめでたく誓いのキスを交わすこととなった。
そのとき、俺に寄り添うモニカと共に二人の結婚を祝福して魔法で作った二百発近くの花火が夜空を照らしたのは小さな余談だ。
▲▼▲▼
翌る日、甲板で一夜を過ごした元海賊達を叩き起こして朝食を取っていると、船室から一緒に出てきたテツとミレイユに当然のように冷やかしの声がかかる。だかいつもの服に着替えたミレイユは昨晩のようにお淑やかでは無くいつもの姉御ミレイユであった為に、冷やかしを入れた全員に漏れ無く鉄拳のお返しが贈呈されることとなる。
再びドーファン号とケラウノス号を横繋ぎにすると、ルナルジョ達が十四年という月日を過ごした小さな島に別れを告げてカナリッジへと船を進めたのだが、陸が見え始めた頃になってケラウノス号の乗組員から慌てた声が響いて来る。
「船長!魔物です!数およそ二百体!大きさや速度からボレソンの群れだと思われます。このままだと十分後に接触しますがいかがしますか!?」
“回避する” という命令が欲しいばかりの顔をした乗組員さんに、頷くケヴィンさんの顔色を確認した船長が口を開こうとした時『ボレソンなんて懐かしいな』なんて思ってたらモニカに呼ばれたので振り返ると ニヘッ と笑っていた。
「船長、俺達がやるよ。このまま進んでくれ」
「や、やるって、二百匹なんて特大サイズの群れなんですよ!?船が沈んでしまいますっ!」
「大丈夫だよ、船には傷一つ付けさせやしないから安心して見ててくれよ、な?」
冗談だろ?と言う船長の肩をケヴィンさんが叩くと「彼等は海の主を倒した冒険者だ」と耳元で余計な事を囁くので驚いてはいたが不安は拭いきれない顔をしている。
それでもケヴィンさんの意見には逆らえないようで報告に来た乗組員の男も渋々操舵室へと帰って行く。
「モニカ一人でやるか?」
そんな事を俺が口にするものだから再び「冗談だろ!?」と船長が口を半開きにして俺達の会話に聞き耳を立てている。そんな彼は放っておくと、モニカが寄って来て持たれ掛かると ニィッ と白い歯を見せてこれから悪戯するぞと言う顔を向けてくる。
「お兄ちゃん、私に勇気をください」
それは俺がレカルマに挑む時に口にした言葉。よほど印象に残ったのか勇気など貰わなくても今のモニカなら軽くあしらえるだろう相手なのに、俺に寄り添いそんな事を口にする。
彼女の求めてに応じてキスをすると、クルリと向きを変えて背中からもたれ掛かって来るので腰に手を回し背後から抱き締めた。満足気な表情で腰に刺さるシュレーゼを左手で取り出すとゆっくり魔力を練り始める。
「船の守りは俺がやる、モニカは倒す事に集中すれば良いよ」
「りょ〜かいっ」
振り向き見上げてくるモニカにもう一度だけキスをすると、俺も風の魔力を練り二隻の船の外側へと張り巡らせ風の結界を構築する。海中からマストの先端に至るまでを卵の殻のような緑色をした半透明の幕が覆うと、海賊達……いや元海賊……ん?なんて呼べばいいんだ? もうすぐ魔物討伐隊になる男達が口々に初めて目にする光景に驚きの声を上げている。
「船長!来ますっ!後十秒……五、四、三……」
魔物の大群が押し寄せるとの事で甲板にいる隊員達も船の乗組員もが緊張する中、カウントダウンの途中で「行けっ」と小さく呟いて左手に持つシュレーゼへと魔力を込める。青い短剣が白い光に包まれた瞬間、二隻の周りの水面を叩く凄まじい氷の雨が降る。
その音に驚き、危ないぞと一応の警告はした船縁へと集まるケラウノスの搭乗者達。海面から飛び出す事すら許されず海面直下で泳いでいるところをモニカの作り出した氷の粒によって撃ち抜かれ生気の無くなった銀色の魚体だけが力無く水面に浮かび始める。
十分な時間が有り、余裕を持って拡げられた魔力は周囲二百メートルの海を支配下に置き、そこは全てモニカのテリトリーとなっている。そんな中で高速で動き回ったとしても、その動きすら完璧に捉えるモニカの前では動いていないにも等しく海面付近に上がって来た個体を次々に狙い撃ちにしている。
卓越した水魔法と、相手を的確に仕留める正確性、まさかこれほどの水を氷に変えるほどに火魔法の扱いが上手くなっているとは思いもしなかったし、水面から出させることすらしないとは正直驚いた。
これなら大丈夫だろうと思うと欲が出て来て風の結界を船のみを守るように、ドーム型から密着型へと変えて船の表面を覆うようにすると、降り頻る氷の雨をすり抜けて一匹の
シュボッ!
「ばーんっ!」
いつの間にか握られていた黒い物体が空を飛ぶボレソンへと向き、気分を高める為の掛け声と共に風を纏った水弾が飛び出せば、次の瞬間には空中に居たはずのボレソンが水弾と打つかり頭部が弾け飛んだかと思うと胴体部分もその勢いで弾かれ霧揉みしながら海中へと帰って行く。
「凄いっ!撃てるようになったんだな!凄いよモニカっ」
「まだ連射は出来ないけどね、撃つだけなら出来るようになったよ」
「十分、十分、偉いぞモニカ」
課題であった火魔法を克服し、ようやく撃てるようになった俺の造った魔導銃。
ギュッと抱きしめて頬にキスをすると嬉しそうにしていたが、観客達にとってはなんの前触れも無くボレソンの頭部が目の前で弾け飛んだ恐怖の瞬間だったらしく、青ざめた顔で海中に浮かぶ頭の無い死骸に魅入っていた。
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