38.気持ちの押し合い

 階段の数歩手前で止まるランドーアさん、膝を突き頭を下げたので慌てて真似をすると貴族達の話し声がピタリと止む──作法とか最初に教えておいてよ!だいたい、国王陛下に会うのも聞いてないしっ!


「カミーノ伯爵、ならびに伯爵夫人。遠路遥々ご苦労だった。皆の者、面を挙げて楽にしてくれ。

 カミーノ伯爵、其方の後ろの者達が此度の功労者である冒険者パーティ《ヴァルトファータ》の面々で間違いないな?」


「御意に。 ベルカイムの北の森にて魔族と接触し、見事、国にとって、全ての人間にとって有用かつ重要な情報をもたらした勇敢なる者達でございます。

 本来ならばベルカイムのギルドマスターであるウィリック・ハンセン氏の役割でしたがタイミングもあり、親しくしている私共が連れて参った運びとなりました。火急の呼び出しとのことで旅衣装でのお目見え、失礼致します」


 ええっ!?俺達がメイン?聞いてないって!ちょっと止めてよ……国王陛下とこれから会話?無理無理っ!この間もビビッて何も言えなかったじゃんっ!今すぐ逃げ出したい……。


「その件については此方の都合だ、彼奴には私から一報入れておこう。

 さて、ヴァルトファータの諸君、此度の働き、この国の王として、また僭越なれど全ての人間を代表して改めて礼を言おう。

 諸君がもたらした情報は町の治安を守る中で極めて重要なものだ。まだ具体的な解析は進んでいないが、これから起きるであろう多大な人的損害を未然に防ぐキッカケを作った功績は計り知れない。よって其方達に特別褒賞として金貨五千枚を授ける事とする」


 会場から起こるどよめきと拍手。いきなり金貨五千枚ご褒美よ〜とか言われて唖然としてしまう──だって五千枚だよ?一生遊んで暮らしてもまだ余るお金ですよ?そんなのポーンと寄越していいのか?


「お、恐れながら国王陛下、金貨五千枚とは余りにも高額。それほどの事をしたとは到底思えません」


 意識しないままに飛び出した言葉──うぉー!俺が暴走してるっ!誰か止めて!ってもう遅いか……。


「案ずるでない。 まだ事が起こってない故に実感が無いかもしれぬが、事前に情報を得るという事にはそれ程の価値がある。対処の思考、その為の準備、時間があるというのはそれだけで有益。其方達の情報が罪も無く平和に暮らす多くの人々の命を救う事に繋がるのだ。

 此度の褒賞については私が独断で決めたことだが、不服かね?」


「い、いえ、滅相もございません。陛下の寛大な裁量、身に余る光栄ですが有り難く受けさせて頂きます」


 立ち上がり階段下まで降りると俺に手招きをする国王……もう、わけわかんないよ。そこに行けばいいの?っつか俺、武器持っているんですけど……大丈夫なの?


(お前が行けよっ)

(ばーか、リーダーはお前だろ?お前が行け)

(そうよ!アンタの仕事なんだからさっさと行きなさい!)


「パーティーリーダー、レイシュア・ハーキース、此処に」


 押し付け合いを始めた俺達を見兼ねて陛下が声をあげる。名指しを受けた俺は極度の緊張から裏返った声で返事をするとクスクス笑うアルとリリィを尻目に立ち上がった。


──てめぇら、後で覚えとけ!


 緊張で笑う膝を推して歩き出したはいいが カクカク とした異様な動き、前に出たもののどうして良いのかなど分かるはずもない。

 仕方なしに膝を突くと陛下の前で再び頭を垂れた。

 そんな俺を指差し嘲笑う貴族達、一度意識してしまえば気になってしまい、敏感になった感覚が視線が集まるのを感じて益々緊張が高まって行く。


 尊敬、軽蔑、嫉妬、何だか分からないが凄まじく重い視線が俺にのしかかり潰れてしまいそうに思えてくる。これってなんの拷問ですか?……もぅ、泣きそうなくらいだ。


「これからもこの国の為、全ての人間の平和な暮らしの為に尽力して欲しい。 ありがとう」


 大きな皮袋を差し出されたので頭を下げつつ両手で受け取ると予想以上の重みで腕が下がる。コレを片手で軽く持つとは国王陛下も相当に鍛錬しているな。


「有り難く頂戴致します」


 お礼の言葉を伝えると、早くこの重圧から解放されたくてそそくさとランドーアさんの後ろに逃げ帰る。


「そんなに緊張しなくとも良いのに、と言っても無理があるか。また其方達と向き合える日を楽しみにしているぞ、では下がって王都を存分に楽しむといい」


 国王陛下が席に戻ったタイミングでランドーアさんが立ち上がったので俺達も慌ててそれに倣う。これで長いようで短かった謁見は終わりを告げ、拷問にも似たこの場から釈放される。

 ランドーアさんに続き国王陛下に一礼、早く逃げ出したい気持ちを抑えてゆっくりと歩き謁見の間を後にした。



▲▼▲▼



 城を出るとカミーノ家の有する屋敷へと向かった。レピエーネの屋敷ほどではないが、庶民からは考えられないほど広く、青々とした芝生が広がる立派なお屋敷だ。

 ここにはこの屋敷専属のメイドさん達が居るらしく、あまり来れないにもかかわらず手入れがバッチリ行き渡っている。クロエさんが専属のメイドさん達に手際よく指示を出し、食堂まで案内された俺達にお茶を出してくれた。


「うぅ……まだ胃が痛い。ランドーアさんも酷いですよ、先に言ってくれれば心の準備も出来たかも知れないのに」


 せっかく淹れてもらったお茶もそっちのけで机に突っ伏した俺、口から飛び出したボヤキに豪快に笑うランドーアさん。


「いやぁすまんすまん、驚かせようと思ってな。でもその様子だと、先に話しておいても終わるまでの間、胃が痛くなってたんじゃないかな?どちらにしても同じだよ、アレは慣れだ。

 それにしても陛下も奮発されたな、あそこまで大金になるとは思ってなかったよ。その金があれば王都で良い買い物が出来るだろう。早速明日にでも街に行ってみなさい。店が多すぎて目移りしてしまうぞ?」


「いえ、このお金は借金の返済に当てたいと思います。返せるのもなら出来るだけ早く返したい」


 隣でプクッと膨れるティナが覗き込むように顔を寄せてガン見してくるが、悪いが今の俺にはかまってやる気力がない。


「そんなもの気にすることはないぞ?君達はまだ若いんだ、そのうち返せば良いではないか。まぁ、そんな事言ってもレイ君の事だ、言い出した以上退かんのだろうな。

 よし分かった、ならば受け取ろう。ティナ、明日レイ君達を連れて買い物に行きなさい。金は家が出すから好きな物を買って来るといい。


 盗賊共を見事打ち倒した褒美と、素晴らしい戦いを見せてもらったお礼と、国王陛下に褒美を貰えるほどの功績を残した事の祝いと、あと……何かあったか? まぁそんなところだ、勿論遠慮は要らんぞ?臨時収入があったからな、何でも欲しい物を買うといい。王都の店は凄いぞ。ありとあらゆる物がある。無い物を探す方が難しいのではないのかな? クロエ、案内を頼むよ」


「かしこまりました」と俺から金貨の入った袋を受け取ると鞄へとしまう。予想はしていたけど、やはりすんなりとは受け取ってもらえないか。しかしランドーアさんが出した妥協点だ、有り難く乗っかるとしよう。


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