39.王都での買い物
「武器を見たいんだが、いいか?」
珍しいアルの主張、明確な目的が無いままに町へと繰り出した俺達の行き先はその一言で武器屋に決定された。
俺にはこの刀があるから特に別のが欲しいとは思わないが、アルもリリィもありふれた良い物を使っている。リリィは本当に何でも良いみたいだが、アルはオークションでも武器を欲しがっていた。気に入る物が見つかると良いな。
大きなガラスが嵌め込まれた店の壁際には、通りからの見栄えが良いよう斧や槍、剣などの人気のある種類の高価そうな武器が自慢げに飾られていた。中に入っても一本一本が見やすいよう少し斜めに傾けて丁寧に並べられ、目的の物が探しやすいように各種類ごとに棚列が分けられている。
欲しい物のない俺は目的もなく結構広い店の中をブラブラと歩いてみたのだが、やはり興味の無い物は流し見するだけで終わってしまう。
ふと思い付き、なかなかお目にかかれない刀を探してみれば店の奥の方に一振りだけ置いてあった。小さなガラスケースに大事そうに入れられたその刀には《紅螢》と名前書きされていて全体が赤と黒とで統一されている。
おおっカッコいいじゃない!と思って値札を探してみるが見当たらない。おや?と近くに居た店員さんに聞けば売り物ではなく店主の趣味の物なのだと言う。買わないまでも同じ刀を愛する者同士、抜いてみたくて頼んでみれば店主を呼んで来てくれた。
「これは私の私物でしてね、お売りしませんけどよろしいですか?」
念を押されて大丈夫だと答えたがそんなに大事なら家に飾ればいいのに。そんなやりとりをしていればユリ姉もやって来て、店主がガラスケースから出してくれる様子を一緒になって眺めている。自分も扱う希少な種類の武器、やはり刀には興味を惹かれるみたいだな。
手渡されると俺の愛刀より軽い。こういうものかと思い気にせずゆっくりと鍔を押し上げれば、美しい刀身が露わになる。
僅かに反った刀身に緩やかに波打つ刃紋、仄かに赤い光を発していて紅螢という名も頷ける。ユリ姉の
「ユリ姉の白結氣と似てるけど刀にも姉妹とかあるの?」
「同じ人が造った物でぇそう呼ばれる物もあるらしいよぉ」
白結氣を抜いて見せると店主が飛びつき「いくらなら売りますか?」などとふざけた事を言い出す。「売りません」と言うユリ姉とそれでも退かない店主との押し問答をしばらく見た後、二人で店を出てベンチに座り皆を待つことにした。
最初に出てきたのはティナ、軽くスキップをするご機嫌ぶりで店から飛び出すと俺の前までやって来て腰に差した真新しい剣をこれ見よがしに見せて来る。
「剣なんか買ったの? 綺麗な剣だけどおもちゃじゃないぞ?」
リスのように頬を膨らませると様になる立ち姿でカッコよく抜いて見せる。
派手過ぎず、それでも美しく、至る所に彫刻の施された剣はリリィの好みそうなショートソードとの中間くらいの長さでティナでも扱いやすそうなもの。鞘にまで細やかな装飾のされる儀礼用にも見える美しい剣がよほどお気に召したらしく、膨らんだ頬は萎み、もう得意気な顔へと変わっていた。
剣を振る動作を交えて舞を踊り出せば、道行く人が足を止める。蝶のようにフワリフワリと動きながらも剣はキビキビとシャープに動く、ティナの可愛らしい容姿も相まって思わず立ち止まった観客達を魅了した。
剣舞が終わると拍手が起こり、それに気が付いたティナは今更ながら恥ずかしげに照れる。大仰に一礼して逃げるように俺の隣に座ると何か言いたげに見つめて来る。
「凄いな、いつの間にそんな事が出来るようになったんだ?あんな綺麗な剣舞ならその剣もよく似合うよ」
目を キラキラ と輝かせて幻視の尻尾を激しく振る。褒められて嬉しいらしくエヘヘッとにこやかに微笑むと俺の肩に頭を預けてくるので、ヨシヨシと撫でてやると嬉しそうに目を細めた。
「わ、私だってできるよっ、剣舞!」
落ち着かない様子でそれを見ていたユリ姉、何がそうさせたのかは知らないが対抗しようとする──が、しかし、ちょっと待て!
「ユリ姉がこんな所で舞ったらみんな見にくるよ!大変なことになるから、他の所で見せてもらっていい?」
「そ、そぅ……なのぉ?」
渋々ながらも説得に応じてくれたが、いきなりどうしたんだ?
そんな事してたらエレナが店から出てきて、俺達を見つけるなり満面の笑顔ですっ飛んできた。
「レイさんっ、見て見て見て見てっ!ほらカッコイイでしょ?似合う?似合う?似合うよね?ほらほら、褒めて褒めてっ」
これ見よがしに腰に差した短刀を俺に見せてくるのだが、お前はそんなもの扱えないだろ?腰から抜き出し振り回す様もティナとは違い明らかに素人扱いで見ていて危なっかしい。
「こらこらこらっ、子供がそんなの持っては駄目だろ。だいたいお前、お金持ってないくせになんでそんな物持ってるんだよ。万引きは犯罪だぞ?一緒に行ってやるから返してこいよ」
「ふぇっ、万引きじゃないですっ!失礼なっ!!ちゃんと貰いましたぁ〜、ぷーんだっ、レイさんのばぁかっ。私だってシュシュシュッてやれば剣くらい使えるんだからねっ!」
短剣を振り回す馬鹿兎の手を背後から来たアルが掴んで止める。
「お前、オモチャじゃないって言ったろ?約束守れないなら返しやがれ」
悪戯がバレた時のようなバツの悪い顔をするエレナ、はやり馬鹿兎だな。なんの約束か知らんが人の多い街中でそんなもん振り回すんじゃない。衛兵さん来るぞ?衛兵さん。
「コイツさぁ、俺が買おうか悩んでる隣でその剣持って来て欲しい欲しいうるさいんだよ。そしたらな店員のヤツも乗っかりやがって、俺が剣買うならオマケで付けてやるとか言いやがってよぉ、うざいのはそれからだ。店員と二人してうるせぇこと抜かしやがってよ、ったく」
俺の視線に気がついたアルが溜息を愚痴を吐き出した。
なるほど、それでエレナがこんなもん持ってるのね。とんだ災難だけど、アルが金払ったわけじゃないんだろうが。
「エレナがコレを貰ったという事はお前も新しい剣を手に入れたんだろ?いいじゃないか。
それで?そんなに悩むほど良いヤツがあったのか?」
気に入って悩んだという割には買ったばかりの剣を雑に投げてくるので慌てて受け取る。アルが何時も使っている大きめの剣より更に一回り以上大きいというのに、めちゃくちゃ軽い。それこそエレナが嬉しそうに持っているような短剣のような重量感。
鞘から抜いて見てさらにビックリする。なんと刀身が透けていたのだ!この店のガラス壁ほど透明ではないが、それでも近くにある物ならボヤけながらも透けて見えるような、一般的に使われている濁りの入ったガラスと同じくらいの透明度。これで金属なのか?
「おいっ、なんだこれ?ちゃんと使えるのかよ」
「当たり前だろ?それ、金貨二千枚って言われたぞ!」
「「「二千枚!?」」」
「まぁ、千枚まで値切ったがな……クロエが」
目を合わせて笑い合うアルとクロエさん。俺達はそれを聞いて空いた口が塞がらなかった。剣一本で金貨二千枚と言うのも大概にしろよって思ったが、値切ると半額になるって……一体いくら儲けがあるんだよって話だ。
「あの店員が馬鹿なのです。これは特殊な金属で
《セドニキス》と呼ばれる物なのです。決して硬度の高いガラスなんかではないのです。
純度はそれほどでもないので透明度はそこそこしかありませんが、装飾用の剣として売っている方がおかしいのです。頭悪すぎの大馬鹿野郎なのです。金貨二千枚と言われましたが倍くらいの値段でも売れる物なのです。
この金属は魔力の電動率が極めて優秀なのです。見たほうが早いので魔力を通して見るのです」
金貨四千枚の剣と驚きつつ少し震える手で丁寧に剣を返すと、途端に魔力を込め始めたようで少しすると刀身が赤色に変わり始める。アルも満足そうで、そのまま緑に、水色にと替えて見せる。
普通の剣でも魔力を流せばその属性の色へと変わるらしいのだが、実際には金属自体の色でよく分からないくらいしか変わらない上に、余剰魔力で覆われてしまうために気付かないのだと言う。
魔力を通し始めた時間から考えてもアルはおそらく軽くしか魔力を流していないにも関わらず剣の色が属性色に染まった。それは本気で魔力を纏わせたら相当強く魔法属性が付くということだ。つまりもの凄い魔法剣として使えるということに他ならない。
「掘り出し物が見つかって良かったな。でもそんな高い物を買って良かったのか?」
財布の管理をしているクロエさんに視線を送ってみるが涼しい顔のままだ。
「旦那様はこのお金は貴方達が使うべきものと思っておいでなのです。ほとんど使わずに持って帰ったら私が叱られるのです。適度に減らせれて私はホッとしているのです。
私が貰っておくという選択肢も無くはないのですが、私が欲しいものはお金では買えないのです。よって要らないのです。つまり、さっさと使うのです」
やはりそう来たか。気持ちは有難いけど、そこまでしてもらっていいのかなぁ……って思いが先にくるよな。カミーノ邸に遊びに行くたびに短期間とは言え一般の冒険者では考えられないような贅沢な生活をさせてもらっている。それに加えてこんな大量のお小遣いまで貰ってしまって……贅沢な話だが溜息が出るよ。
どうせお金使っていいのならと、女性陣がアクセサリーを希望したので初めて宝石店なるものに入った。沢山並んでいるガラスのケースだけでも物凄いお金がかかってそうだが、そのガラスケースの中にある色とりどりの宝石は種類ごとに分けられ見栄え良く並べられている。
指輪、ピアス、ネックレス、ブレスレットにペンダントと、見る者の溜息を誘うような美しい装飾の施された金属で着飾る宝石達。ケース内に設置されている魔導具のライトは絶妙な光量に調整され、受けた光を反射して輝く様子はあたかも宝石自身が光を放っているようだった。
「うわぁ素敵っ!」
「ねぇ、アレ可愛いよぉ」
「どれでもいいんですか?」
「あっ、これなんか良くない?」
「こっちの緑も可愛いのです」
そこまで広くない店内には椅子が用意されていたので、そこに座り女性陣の様子を観察していればワイワイキャッキャと今までで一番楽しそうだ。あれは?これは?と色々目移りするようで、ショウケースを行ったり来たりしているだけで決まる様子がない──女の子の買い物っていつもこうだよな。まぁ色んな物が沢山有るみたいだし、時間なんて気にせずゆっくり決めればいいんじゃないかな?
アルと二人でその様子をボーッと眺めていると気を利かせた店員のお姉さんがお茶を持って来てくれた。
「女性は男性に選んでもらうのを好みます。その男性が意中の方なら尚のことです。あちらに参加してみてはいかがですか?」
ふぅ〜ん、そういうもんなんだ。でもみんなで楽しそうだから俺はここでいいやと思ってたら満面の笑みを浮かべるエレナが寄ってきて、大事そうに両手で持つ小さなお皿を差し出して来る。
「レイさんレイさん、この中ならどれが私に似合います?どれも綺麗で決められないんですよねぇ、レイさんが決めてください」
「ん〜?そうだなぁ……」
三つもあったので一つずつエレナの耳に当ててみる。あれ?これピアスだけど……。
「この中ならこの緑のやつがエレナの目の色と合うんじゃないかなぁ。でもさぁ、お前、ピアス着ける穴なんて空いてたのか?」
「んとですね、この後、教会に行って開けてもらうそうです。みんなで行けば怖くない作戦になったので、皆さんピアスにするみたいですよ」
ほう、教会でそんなことしてくれるのか。教会かぁ、王都の教会だからやっぱりデカイのかな?女神像が金ピカだったりして!
「ちょっとエレナだけずるいじゃないっ!私のもレイが決めなさいよ」
なんで俺がリリィのまで決めるんだよ、ったく……持ってきたピアスをリリィに当てて合わせていると、その後ろにティナがニコニコして立っている。んんっ?
「ティナ?決まったの?」
「私もレイに決めてもらうんです。順番待ちで〜すっ」
なんでやねんっと思わず突っ込みを入れたくなるけど、まぁ選ぶくらいならいいか。すると今度はティナに負けず劣らずのニコニコ顔のユリ姉がティナの後ろに立つ。おい、まさか……。
「レイ〜、早くぅ」
あのなぁ……自分で決めなさいよ!などとは言えず、インスピレーションでちゃっちゃと選んであげた。選んでて思ったのだが、瞳の色と同じ系統の宝石の入ったピアスが似合うんだな、みんなそんな感じになったぞ。
あれ?後一人来なかったな。あぁ、クロエさんか。クロエさんはアルに選んでもらったみたいだぞ?赤色の綺麗なピアス、結局彼女も瞳と同系色になったんだな。
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