幕間──ミア物語 中編

──最低だ……


 ノアの後を尾けただけに留まらず、剰え他人の事情に聞き耳を立てる……なんて恥知らずな女なのだろう。自分がそんなにも卑しい女だとは知らなかった。


 幸いにも廊下には誰も来なかったから良かったものの、そんな姿を誰かに見られたら後ろ指を指されて当たり前……最低だ。



 何故そんな事をしたのか自分でもよく分からない。


 ノアがフラれる様子が見たくて行ったのだとしたら、それは最早友人失格。

 自分でした事のない行為に対して興味が有っただけだとしたら、覗き見するなど下衆の極みも良いところだ。

 実際には廊下に立ち、中の音を聞いていただけなのだが、そんなものは言い訳にすらなりはしない。



 でも、ノアは自分の想いを遂げる為に一生懸命だった。拒絶されようとも果敢に挑み、最後は己の意思を突き通させた。

 流石にノアの甘い声が漏れ出すとそれ以上は聞いていられなくなり、今はこうして自分のベッドに顔を埋めてはいるが、あのまま、もしあの場所に留まり続けたらおかしくなりそうだった。


 アベラート様と同じ容姿のあの男が、私ではなくノアを抱いている。そう考えただけで胸がつぶれるかという勢いで苦しくなり立っているのが精一杯だった。

 フラフラとやっとの思いで部屋へと辿り着いたけど、苦しさは和らいでくれない。



──何故? どうして?



 答えなど分かっていながら自分に問いかける。

認めたくなくて……認めるのが怖くて、その答えを見ないフリをしていた。

 私はアベラート様と共に天国に行きたくてココにいる。私の心がアベラート様以外に傾いたら、何のために五百年も待ったのか分からなくなってしまう。それに私は既に死んでいるのだ。今を生きるあの人の事を好きになりました、などと誰が認めてくれるというのか。


 そう、この気持ちは気のせい。


 アベラート様を求めるあまり、アベラート様と瓜二つのあの男に少し惹かれただけ……ただそれだけ……




 翌朝、二人の部屋へと忍び込むと、身も心も満たされ、まさに幸せと言った顔で眠るノアを見て羨ましくなる。再び胸が締め付けられる感覚がしたが『気のせい!』と押し殺し、二人を起こすとさっさと部屋を後にする。


 朝食が終わると大胆にも外でイチャイチャし始めた二人。モヤモヤする気持ちを抱きながら窓からその様子を眺めていると、二人はどこかへ行ってしまった。


 窓の外はいつも通りの長閑な風景、なのに私の心は居なくなった二人の事を考えて続け、勝手な妄想ばかりが浮かんでは消えて行く。



──私、病気だ……



 空を飛んで帰ってきた事には驚いたけど、慌てて厨房へと入って行くので再び聞き耳を立てていると、コック達が手伝ってくれなくて困っている様子。



──ふふっ、仕方がないから私が助けてあげる



 意気込んで厨房へ入り込むと、あろう事か、鉄の塊を包丁へと変化させる凄い魔法を見せられ唖然とする私を鼻で笑ったのだ。助けに来てあげたのに笑われ イラッ としたので、彼がタライに溜めた水を飛ばしてやった。


 自分へと飛んでくる水を目で追っていたにも関わらず避けられないフリをして水を被った彼には驚いたけど、それが彼なりの謝罪なのだと気が付くのに時間はかからなかった。

 そんな優しさを垣間見たところに頭まで撫でられて踊り出しそうなほどに嬉しくなったところでコックであるワズラの声がして現実へと引き戻される。


 ただ野菜を切るだけだったが久しぶりにやった調理は楽しく、彼が造ってくれた包丁を使い『ノアには負けない』と意味不明な対抗心を燃やしてサクサクと野菜を切る。


 そうしていると隣に来た彼に向けて置いてあった小さなトマトが差し出される。

 それを見ていればトマトどころか指までもが彼の口に収まり、そんな状況を喜びはにかむノアが色っぽい声を上げるではないか。


『それくらいならいいよ……ね?』


 誰に問うでもない意味の分からない納得をしながらノアを真似てトマトを突き付ける。すると、少し躊躇いはしたが私の意を汲んだ彼は同じ事をしてくれた。


 彼の舌が私の指に触れた途端に電気でも流されたように全身にビリビリとした衝撃が走る……ノアはこんなコトを昨晩してもらっていたというの?

 ただ指を舐められる、たったそれだけのことに思わず声が漏れてしまったが、あまりの気持ち良さにもっとして欲しいと思ったときには彼の口は離れていた。




 順当に夕食の準備が進み彼の要望で気分良く男爵を呼びに行けば、彼と共にいた三人の娘まで目を丸くして驚いてくれたので自分の事のように気分が良くなる。

 その出来事を伝えたくなり逸る気持ちに背中を押されつつ彼の待つ庭へと急いだ。


「ご褒美だ」


 鉄で出来た変わった焚き火台に乗せられた肉に塩と胡椒をしただけの至ってシンプルな料理。


 それでも溢れ出す肉汁とそこから生まれる匂いに心奪われていると、突然挙げた彼の手が光り始め、シャボン玉のようなふわふわとした光の玉が空へと昇って行く。

 それはあたかも天へと昇る魂のようで、役目を終えた私もこうして天に向かうのだろうかと幻想的な光景に見惚れてしまった。


 ノアの登場と共に彼の手から生まれる七つの光。あまりに綺麗な光景に再び見惚れてしまうものの、これが私とノアとの差なのだと分かると ズキン とした痛みが胸を襲ってきたが気付かないフリをした。



 食い意地を張りすぎたノアのお腹はポコンと膨らみ子供でも出来たの?と聞きたくなるほど。うんうんと苦しがるドジっ娘の頭を膝に乗せ、それだけで幸せそうな顔をする彼を見れば、サラ姫という婚約者がいるのにも関わらずノアの事が好きなのだと容易に理解出来る。


 彼の事が知りたくて話を聞いてみれば彼は大魔王を倒しに行くと言うではないか。屈強なジェルフォを意図も簡単に打ち倒し、あれだけ凄い魔法を当然のように使いこなす彼の言う事があながち冗談ではないように思えてその話を続けると、今度は悪魔に育てられたと言い出す。


 自分も人の皮を被った悪魔だというので、なんでその皮がアベラート様なのだと問いただしたくもなったが、そんなこと聞けるはずもない。

 まるで物語から出てきたような彼の話を聞いていると、自分もこの世にいてはおかしい存在だと思い出し、妙な親近感まで湧いてくる。



──彼に対する興味が止まらない……



 もっと話していたかったが、ジェルフォも勘付いていた深夜の訪問者に会いに行くと言うのでノアを頼まれた。

 凄い魔法を使いこなす彼の事だから万が一にでも怪我などしないとは思ったが、それでも心配になり行かないで欲しいと思わず手が伸てしまう。


 そんな私の心を知ってか知らずにか、差し向けた手が握られれば鼓動が跳ね上がる。彼の顔が近付いてくるだけで耳に心臓を押し付けられているかのように自分の鼓動がうるさく聞こえ、オデコにキスをされたときには全神経がそこに集中し、我慢できないほどの高揚感から身体中が熱を帯びる。



 彼が立ち去りしばらく経つとノアが復活した。と、言ってもまだ酔いは醒めきっておらず ボーッ とした感じ。


「レイ様は?レイ様、どこ?」

「部屋で待ってればそのうち来るわ、戻りましょう?」


 彼の部屋までノアを連れて行くと私も自分の部屋へと戻ってきた。ベッドにダイブすると、さっきのキスが思い起こされ再び鼓動が速くなる。


 アベラート様と同じ容姿を持つ彼に興味を持ったのは事実。でも、心まで惹かれていた覚えはない。

 でも、いつのまにかアベラート様とすり替わり、彼の事を意識するようになってしまったのは認めよう。


 私は……アベラート様の容姿に惹かれたの?少しも無いとは言い切れないけど、それが目当てだった訳じゃない。

 人を好きになるって、見た目だけの問題じゃないでしょう?


 なら何故、彼の事が気になり出した?何故、アベラート様を好きになった時のようにこんなにも気になるの?

 なぜ、彼に抱かれるノアを羨ましく思うの?



アベラート様の事は今でももちろん好きだわ



でも、彼の事も……好きになってしまった



 認めてしまうと堰を切ったように彼への想いが膨らんでいく。

 もうノアの待つ部屋に帰ったかしら……今頃ノアと二人、愛を深めてるのかしら……


 私は……私も……



「私が好きになった人に私の初めてを貰って欲しい」



 昨晩ノアの言った言葉が頭に響く。


 例え自分の事を好きではなかったとしても構わないと言ったノアの気持ちが今ならば理解出来る。


「わたし……は……」


 それはノアという友人が勝ち取った幸せというものを見たからなのか、アベラート様には抱くことのなかった “抱かれたい” という思いが膨らんで行く。


──どうしようか凄く迷った、悩んだ


 私にはアベラート様という心に決めた人がいる。それなのに別の男と結ばれたいと願う自分もいる。



(アベラート様も私に好きだと告げてから何度も他の女を抱いていたわ……だったら、私も……いいよ、ね?)



 彼とノアの二人が幸せそうに抱き合う姿が頭に思い浮かび、アベラート様に対して『ごめんなさい』と謝りつつも私は部屋を飛び出した。



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