幕間──ミア物語 前編
獣人の中でも特殊な能力を持つ銀狼の一族。その力故に獣人達が集団生活を送る大森林に生活の拠点を置くことなく、遠く離れた闇の属性竜の住まう土地に居候していた。
何故そこなのかと問われれば答えは至極簡単な理由で、闇魔法を司る属性竜様のお膝元、というのに大きな意味がある。
闇魔法というのは特殊な魔法らしく、人間や魔族を見ても使える者が極端に少ない。
だというのに、魔力の強弱はあれど半数以上の者が闇魔法を扱えると言えば銀狼という種族がいかに特異であるのかお分りでしょう。
そんな私達一族の中から闇魔法に長けた者が選ばれる巫女という役割。
闇の属性竜であるヴィクララ様の身の回りのお世話をする代わりに、ヴィクララ様を信仰するルイスハイデという小さいながらも武力に恵まれた国が全ての銀狼の安全を保障してくれるという相互補助の関係が成り立って幾星霜。
私は大した力も無かったのですが何故かヴィクララ様に気に入られ、巫女に指名されて二人の先輩巫女と一緒にヴィクララ様の元で生活していました。
巫女と言っても特に仕事らしい仕事などは無く、ただヴィクララ様のお屋敷で生活を共にするだけの楽な仕事。たまにやってくるルイスハイデの偉い人とヴィクララ様の会談の際にはそれらしく仕事しているように私達も立ち会うのですが、ただお傍に立っているだけで特にすることは与えられません。
「おい、落ちこぼれ。ちったぁ魔法は上達したのか?」
来るたびに声をかけて来るのはルイスハイデの次期当主様。ヴィクララ様との会談も国を治める者の仕事なのでその勉強の為に現国王様に付いて来るようですが、何故か私の事を知っているようで毎度毎度おちょくりに来ます。
私はそんなにもイジメがいがあるのでしょうか?
「努力はしてる、でも……」
「なっさけねぇなぁ、巫女ってば優秀な奴がなるんじゃねぇのか?なんでお前が巫女なんてやってるんだ?」
そんな事を言われても私には分かりません。私はただ言われるがままに巫女となり、言われるがままにここで生活しているだけなのです。
でもそんな事は人間であるアベラート様には関係の無いこと。
先輩達によるとアベラート様は大層女性がお好きらしく其処彼処で女性を口説いては寝所に連れ込まれているご様子。先輩も甘い言葉で誘惑されて危うく付いて行きそうな所をもう一人の先輩が止めたなんて話を聞かされれば私も警戒せざるを得ません。
ですが私はそういった対象ではなく、ただの暇つぶしにからかっているだけのようで、何度かお会いしましたがそんなお誘いは欠片もありませんでした。
そんな関係でも何年も続けば多少なりとも仲良くなるもので、アベラート様が来る度に話してくださるお城での出来事や冒険のお話を聞いてはここでの生活しか知らない私の心をときめかせてくださいました。
そして知らない間にアベラート様がいらっしゃるのを心待ちにする自分に出会いました。
──あれ?私はもしかして……
そう気付いてしまうと、崖から転げ落ちるように想いは膨らみ始めて彼の事ばかりを考えるようになってしまい、毎日毎日『今日は何してるのかな?』『今日は来ないのかな?』と思いを馳せるようになってしまいました。
「俺は国王になった。偉いんだぞ?」
「なによ、それ」
国王と言う割にはお供も連れず私などと話をしていても良いのかと思いもしましたが、そんな理性の裏側では彼に会えた事を心から喜んでいました。
彼はルイスハイデ王国の中で一番強く、歴代の王様の中でも随一の魔法の使い手だそうで、それが認められて二十歳という若さで国王になったそうです。
ですが “国王” という言葉を聞いた時、私は自分が夢を見ている事を理解してしまいました。
私が想いを抱く人は国王様。ただの人間ならまだしも獣人の私などがお妃様になる事は勿論、妾ですら誰も認める事は無いでしょう。
ですが彼の破天荒は女性関係に留まらなかったようです。
「ミア、巫女を辞めて俺の女にならないか?」
それを聞いた時「喧嘩売ってるの?」と、ついうっかり口にしてしまい、感情の起伏の激しい彼もカチンと来たのか、そこから売り言葉に買い言葉。始めて喧嘩というものをしましたが、言いたい事をぶつけるのは良いのですが、それに言い返されると イラッ とします。
「獣人の私なんかが国王様のお嫁さんになれるわけないじゃないっ!!」
段々と苛々が募り声が大きくなって行くと最後には泣きながら叫んでいました。
涙を見た彼は冷静さを取り戻したのか、はたまためんどくさくなったのか、私を抱きしめました。当然そんな事をされたのは始めてのこと、怒りの感情のままに全力で振り払おうと踠きましたが残念ながらか弱き乙女の力ではこの国最強の男に敵うはずもなく、やがて疲れてしまい諦めると『もうどうにでもなれ』と身を委ねました。
「ミア、聞いてくれ。俺は今まで何百人という女性と出会い、肉体関係を結んで来た。でもその女性達にこんな想いを抱いた事はただの一度も無い。
俺はミアの傍に居たい、ただ傍に居てくれるだけでいい……俺は、ミアの事が好きなんだ」
私の目を見つめる彼の金の瞳は真剣そのもので私の欲しい言葉をくれます。『これが彼の手口なのね』とも思いましたが、この時既に投げやりになっていた私は『どうぞお好きに』と見つめ返していると、ゆっくりと彼の顔が近付いて来て唇を奪われました。
唇と唇が触れただけなのに背中をゾクゾクとしたものが駆け抜け……気持ちがいい。
まさかこの時のキスが最初で最後になるなど考えもせず、今から思えばもっとすれば良かったなと後悔しています。
「嘘つき……一緒にいるだけで良いって言ったのに……」
「ご、ごめん……ミアがあまりにも可愛かったから、つい……ごめん」
それからアベラート様はヴィクララ様との会談の無い日でも度々会いに来るようになりました。
良いのかなと思いつつも二人で寄り添い、陽だまりの中で何気無いいつも通りの会話をしているだけで彼も愉しげであり、私も幸せでした。
ただ、あの日を境にアベラート様の女の話を聞くと怒りが湧いてしまい、怒鳴ったりした事も何度かあったりしました……えへっ。
アベラート様が悪いんですから仕方ないですよね?
そんな幸せな生活が一年を過ぎる頃、外仕事をしていた私の元へ息を切らしたお城の兵士がやって来て言いました。
「アベラート様が大変なんだ、お呼びだからすぐに来て欲しい」
どうしたのかと尋ねても、ヴィクララ様に許可をもらいに行くと言っても、「急ぎだから」「早く行きましょう」とあれよあれよと連れ出されて馬に乗せられました。
馬鹿ですよね、この時ヴィクララ様に報告していればあんな事にはならなかったのに……
王宮へと向かう途中、此方へと向かってくる馬と出会い、兵士さんが馬を停めると私も馬から降ろされました。
向かって来た馬に乗っていたのはアベラート様、『どういうこと?』と振り返る私にアベラート様の「ミア、逃げろ!」と言う声が聞こえて来ました。
突然の事で意味が分からず、一先ずアベラート様へ向かい走り出そうとした時、背後から羽交い締めにされました。
当然犯人は私を連れ出した兵士。
そして何度かの言葉のやり取りの後、怒り狂うアベラート様の目の前で私の喉にナイフが突き立てられ私は命を落とす事となりました。
それからの事はよく分かりません。ただ、ぼんやりとした意識の中、気が付けばヴィクララ様が私に謝っていました。私は命を落とし、アベラート様も死んでしまったのだと。
そしてアベラート様の魂は世界を混乱させた罰としてルイスハイデにある桜という木の中で、ある約束を果たすまで閉じ込められる事になったのだと聞かされました。
そして私は迷う事なくアベラート様と共に天国に行く事を望み、その時を待ち続けます。
魂だけになると全ての感覚が麻痺したように朧げな感じです。
思考することもなければ、時間を感じることでさえない。
仮の肉体を与えられ覚醒した私は、アレから五百年も経っていると聞かされて衝撃を受けました。それと同時にアベラート様の心が今はもう私を必要としていないのでは無いかと心配にもなります。
ですがそんな事を考えていても始まらないのです。
ヴィクララ様は私に肉体をくださる代わりにある男をここに呼んで来いと仰いました。その男はルイスハイデの者だから見ればすぐに分かる……と。
そうして私は紳士なおじいちゃんに連れられてエルコジモ男爵邸に着くと、そこで白ウサギの獣人と入れ違いに貴族の屋敷へと迎え入れられました。
何故獣人の王族である白ウサギがここに居るのか不思議にも思いましたが、今の私にはどうでも良いこと。そこで言われた通りに言われた男が来るのを待てば良いのです。
数ヶ月が経ち、早くアベラート様の所に行きたい思いが募り募ってきた時にようやくその男が現れた。それはヴィクララ様が言われたように一目見れば分かる容姿であり、私の愛するアベラート様そのものだったのです。
私の胸は高鳴り、全力ダッシュで飛び付きたい衝動に駆られたが、冷静な私もいたのが幸いし行動に移すことはありませんでした。
なぜならばアレは他人の空似。アベラート様はルイスハイデの木の中でこの人が来るのをずっと待っているのを知っていたからです。
ですが余りにも似た容姿。そこで私は女誑しの一族である彼を観察する事にしました。それは在りし日のアベラート様の様子を盗み見してやろうというイタズラ心が招いたことです。
アベラート様もルイスハイデ一強いと言っておられましたが、この男も負けないくらいに強く、いかにも強そうなトラの獣人ジェルフォをいとも簡単に倒してしまったのでちょっとビックリ。
その後の食堂で割と仲の良かったノアを気に入り隣に座らせたので、アベラート様とそっくりな彼に私にも声を掛けて欲しくて目で訴えました。
想いが届いたかのように彼と目が合い、経験も無ければやり方もまったく知りませんでしたが、思い付く限り女を演じて誘ってみたのですが、残念ながらエルコジモ男爵に邪魔をされてしまいます。
酔い潰れたノアを部屋に運ぶと言うので『こうやって女を食い物にするのね』と興味本位で付いて行ったのですが、女誑しの一族には有るまじき紳士的な対応で部屋から出てきた彼を『おや?』と不思議に思いました。
しかもその後には自分でめっためたにしたジェルフォに謝りたいと言い出す始末。
なにそれ?貴方のやるコト意味不明なんですけど?
更に、ジェルフォの密告で男爵の獣人密売を知ると、男爵の側近ともいえる立場である私への口止め料としてジェルフォの身体を提供すると言うではないですか。
たった二度顔を合わせただけの人を平気で売り飛ばすその心が信じられなかったけど、それがこの人なりの冗談なのだと気付いたとき、私はこの男に興味を抱いている事にも気が付いたのです。
アベラート様と瓜二つの容姿を持つレイシュア・ハーキースという名の男。
アベラート様とは少し違う変わった魅力を持つ男……私の心はアベラート様のモノ、でもこの男に興味を惹かれたのは単に容姿が同じだったからでしょうか?
その後、一人で部屋を出た彼は男爵の秘密に迫る捜査にでも乗り出すのかと思いきや、庭に出たかと思うと農作業をする者達を眺めつつ木陰でウトウトし始めたではありませんか。
何なの? この人は結局何がしたいの?
部屋の窓からしばらく眺めていましたが本当に寝てしまったようでピクリとも動かない。呆れて窓際でウトウトしていると、いつのまにか私まで寝ていたらしく廊下を走り回る足音で目が覚めた。
銀狼の耳はとても良く、人間が聞き取れないような小さな音や声でも分かってしまう。仮の肉体であるこの体も例外ではないようで、廊下を走るのがノアだとすぐに分かった。
「ミアちゃん、レイ様知らない?」
焦った様子から自分の失態を悔いているのがよく分かり、意地悪しようかと思った悪戯心も萎えてしまう。
「ありがと!」
あの男の居場所を教えた途端に一目散に飛んで行くノアの背中を見つめていると、なんだか心にモヤモヤとしたものを感じた。アベラート様を他の女に取られる、そんな思いと重なったのだ。
あの男はアベラート様ではない、それは重々分かっている。それなのにこんなにも気になるのは何故だろう……外に視線を送った私の目にはあの男に抱きしめられるノアの姿が写っていた。
──この胸のモヤモヤは、何?
食事を終え、あの男を部屋へと案内したノアはそそくさとお風呂へと向かって行く。あの様子だと今夜寝所に忍び込むつもりなのだろう。
私には関係ない
あの男が誰と何をしようと関係ない
私のアベラート様はあの男とは違う
私もアベラート様と結ばれたかった……な
自分の事を可愛がってくれる人を好きになったノア、それは見ていればすぐに分かるコト。好きな人と結ばれる事がどういう感じなのかは分からないけど、みんなそうするという事は、ただ一緒の時を過すだけよりも幸せを感じられるのだろう。
──アベラート様に早く逢いたい
けど、アベラート様と共に天へと昇ったらその後はどうなるんだろう。
天国という場所が本当にあってそこで二人一緒に暮らせるのだろうか?そんな夢物語などありはしないような気もする……けど、それでも私はアベラート様と共に天へと向かう決心をし、五百年という時を超えてきた。
「あの男の部屋に行くの?」
気分良く歩いて来たノアに問いかける。ノアの身体からは普段それほど使わない石鹸の匂いがする、つまり準備万端だということね。
「私が好きになった人に私の初めてを貰って欲しい」
ノアはあの男が遊びだったとしても、自分を好きでなかったとしても構わないと言う。
──私はどうなのだろう?
私は私を好きだと思ってくれる人が良い。そう、アベラート様のように……
でもあの男はアベラート様と瓜二つ。もしもあの男が私を好きだと言ったとしたら、私は迷うのだろうか。
“抱かれる” という事に興味を持った今なら……あの男になら、身体を許してしまうのだろうか。
「じゃあ……行くね」
おかしな事を考えていたらノアは私をすり抜け行ってしまった。軽やかな足取りで歩き去る姿は自信に満ち溢れ、自分の信じる道を突き進む逞しさを感じる。
「ドジっ娘の癖に、生意気よ……」
思いのままに今を生きるノアを羨ましく思い嫉妬を含んで出た言葉は、この屋敷に来て銀狼というだけでちやほやされていた自分が生前、不出来な巫女だった事を思い出させるモノだった。
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