29.暴走天使降臨

「次やらせて!私もやりたいのっ!」


 一頻り楽しむと動力源たる魔石が無くなる合図が出たらしく、一旦皆の所に戻った。

 今度はサラが乗るらしいので交代しようとウェーバーを降りたらキョトンとした顔で見つめられてしまう。


「一緒に乗ってくれないの?」


 なんだそういう事か。それなら大歓迎とばかりにサラの後ろに飛び乗ると腰に手を回しヒシと抱き付いた。モニカの肌もスベスベで気持ち良いけど、サラの肌はもっと気持ち良くてずっと触っていたくなる。


「顔がにやけてるよ?サラに変なことしたら駄目だからねっ!」


 モニカの視線が痛い……俺、何もしてないよ?だって、学習出来る子だから!

 掴まらないと落ちてしまうだろ?そ、それだけだぞ?


「行くわよ」


 横目で振り向いたサラの顔は耳まで真っ赤だったのだが、俺が何か言う前に目を見開くほどの物凄いスピードで走り出すので振り落とされてなるものかと慌ててしがみ付く。


「ちょちょっ!サラ、早い早いっ!」


「いいじゃないっ。気持ち良いわね、コレ。欲しくなっちゃう!」


 いや、それは同感ですが……。


 爆走するサラは心底楽しそう。始めから全力疾走というのもどうなのかと思ったが速いのは俺も嫌いじゃない。

 サラはスピードを出すことこそが楽しいみたいで、ウェーバーが可哀想になるほどのモニカの運転の何割り増しかの速度で風となったかのように海原を駆け抜けていく。

 流石にこれにはフラウも付いて来れなかったのか、先程のようには姿が見えない。



シュゥゥゥン……


 変な音がしたかと思えばみるみるスピードが落ちて行く。「あ……」とかいう呟きが聞こえたかと思えば、程なくしてウェーバーが停止した。ゆっくりと振り向くサラは困惑した表情だ……やっちまったな。


「どっ、どうしよう。魔石無くなっちゃったみたい」


 調子に乗りすぎて魔石が無くなる合図も目に入らなかったらしい。普段しっかりしてるように見えたんだけどこんな可愛らしい一面もあるんだなと微笑ましく思う。

 アワアワとした不安げな表情で何をするでもないのに前を向いては俺を見てと落ち着かない様子……うん、可愛い。


 振り向けば陸は遥か彼方……遠いな。沖に向けてまっしぐらかよ。


「馬鹿たれ」


 ポコンと頭を叩くと目に涙を溜めて今にも泣き出しそうになる──待て待て待てっ!俺が悪いみたいじゃないか。

 仕方無しに抱きしめて頭を撫でてやる。すると嗚咽を漏らしながら「ごめんなさい」と何度も謝り始めたサラ。


「やっちまったもんは仕方ないだろ?泣いてないで替われよ、帰るぞ」


 サラを後ろに乗せて風魔法を貰うと、武器にする要領でウェーバーに付与させた。


 呆気なく上手く行き陸に向かい走り始めたまでは良かったが、泳いでいるのと大差ない速度で先程までとは比べ物にならないゆっくりとした進み。

 サラは俺の背中にもたれ掛かり大人しくしているが、もしかして寝てないだろうな?


「モニカといいサラといい、貴族の娘はなんでこんなに無防備なんだ?男と二人でこんな人気の無いところまで来ちまって、何されても文句言えないぞ?」


『自分で撃退するから大丈夫』くらいの返答を期待して冗談のつもりで話しかけてみたというのに返事どころか反応も無い──あれ?本当に寝ちまったのか?

 振り返れば起きてはいたものの、俯き、元気のないサラ……どんなけ落ち込んでるんだよ!申し訳なく思うのは分かるけど二人しか居ないんだから返事くらいしてくれても良いのに。


「サラ?」


 覗き込んでも目も合わせてくれない──無視かよっ!いくらなんでも酷いぞ?


「いいよ」


 ん?何がだ?やっと喋ったと思ったらいきなり「いいよ」とか訳が分からぬ。


「レイになら何されてもいいよ?」


 まぁたそんな自暴自棄なっ。どんなけ自分の失態に落ち込んでるんだよ。反省はしても落ち込むのは良くないぞ?


「馬鹿言ってないでいいからっ。それよりこのままだと帰ったら直ぐ飯だな。フラウの奴また滅茶苦茶食うんじゃ「馬鹿」……え?何か言った?」


「何でもない」と言うサラはさっきよりは元気が出たようだ。


 それにしてもこのままでは時間がかかり過ぎるな。

 午前中の白昼夢じみた魔法陣の事があってからヒルヴォネン家に転移した後と似たような感じでなんだか身体の調子が良い。いや、それどころかすこぶる調子が良くて腹の底から力が溢れ出してくるような不思議な感じがしていた。


──ちょっと……本気出してみるかな?


「飛ばすぞっ、ちゃんと掴まってろよ!」


 指示した手前文句を言うのもアレだが、場所が場所なら絞め殺されるかという勢いでキツく抱きしめてきた。背中に押しつけられる柔らかな感触と、銀糸が撫でているだろうこそばゆい感覚。


 準備が整ったところで魔力を強めて行けば、来た時ほどではないものの再び疾走を始めるウェーバー。これなら然程時間も掛からず戻れるだろうと安心していると陸地がグングン近付いて来る。

 その一角にこちらに向けて手を振る人影が見えた時、水面を破り飛び出した大きな青い魚の影。



タッパーンッ!



 ソイツは空中で一回転を決めると再び海中へと姿を消した。ウェーバーに込める魔力を調整すれば並走するように近付く影が見えてくる。


「エッチしてきた?」


 背泳ぎで顔だけ出したフラウがニヤニヤしながら突拍子もない事を言い出す。おかけでサラの顔が真っ赤だ。

 こいつの頭の中には食欲と性欲しかないのだろうか?素直というか純粋というか……。


「アホかっ」


 グンッとスピードを増すウェーバーと並走し、時折俺達の頭上を飛び越えるようにジャンプをする。楽しげに泳ぐフラウと共に岸まで辿り着くと皆が出迎えてくれた。


「もぉっ、遠くまで行きすぎだよぉ?見えなくなっちゃうんだもん、心配したんだからね」


「ごめんごめん」


 いや、俺がぶっ飛ばしたんじゃないんだけどなぁなどと思いつつも夕焼けで赤く染まりつつあった浅瀬でウェーバーから降りる。その途端、背後からドンっと勢いよく飛び付く奴がいた。


「ねぇねぇ、今晩これ貸してっ!一晩だけでいいからさぁ、いいよねぇ?借りてくよっ!」


「お、おいっ!どういう意味……うぉっ!」


 背後から羽交い締めにされたまま大きくジャンプしやがるので突然の事に視界がブレる。何が起こったのか理解したときには空中に放り出されており、無理矢理横回転を加えられたかと思いきや目の前にはにこやかなフラウのドアップ。正面から抱きつかれたと認識した次の瞬間には再び視界がおかしくなり、海中へダイブしたのだと気が付いて慌てて息を止めた。


 腕や頭には感じたことのない程の強い水圧がかかり、抱き抱えられたまま物凄い勢いでフラウが泳いでいるのが分かる。

 一晩借りて行くと拉致されたのは良いが一体何処に行くというのか。ずっと海中なのでそろそろ息が苦しくなってきたと思ったところで唇がフラウと繋がる。



((息をして))



 何考えてるんだと思った瞬間、頭の中に響く声。恐る恐る目を見開けば五センチと離れていないフラウと目が合う。



((私の口からなら息が吸えるわ))



 可笑しな事を言い出すが彼女が人魚だということが思い出された。それでも信じられずにいたがもう限界。

 恐々とだが言われた通りひフラウの唇を通してゆっくりと息を吸い込んだ。すると本当に呼吸が出来るので慌てて酸素を求めて彼女の唇へと吸い付く。



((上手よぉ、ちゃんと生きててね))



 おいおいと思いつつも身体にかかり続ける水圧に身動きすら取れず、フラウの唇にむしゃぶりつきながらしがみ付いているしかない。

 他人の口から酸素を貰うというなんとも不思議な事をしていると、トンネルのような所に入ったようで周りが真っ暗になったかと思えば急に水圧が無くなり浮遊感が身体を襲う。


「こっちよ、はやくぅ」


 暫くぶりに思える地面の感触、自由になった顔を回して薄暗い視界の中を探れば、着いた先は何も無くただダダっ広いだけのドーム状の洞窟の中だった。


 その壁の一角に目立たない扉が在り、先急ぐフラウに手を引かれながら仕方なしに後を付いて行く。


「ここは何処なんだ?」

「私の家」


 振り返りもせずに一言で返すと更にグイグイと手を引かれ、扉の前までくると邪魔だと言わんばかりに バンッ!と勢いよく開け放つ。


 その先は殺風景な先程の洞窟とは違いちゃんとした部屋のようではあったものの、この場には似つかわしくない物があるだけで生活感が無さそうな部屋だった。

 ここで生活しているのか?ただの寝室っぽいが……。


 部屋の大部分を占めるのは淡い水色のレースで出来た天蓋の掛かる大きなベッドだった。


 ダンスのように華麗に振り返ったフラウ、ニコニコとご機嫌な笑顔を浮かべていた彼女は何の脈絡もなくとんでもない事を口にした。


「エッチしよっ」

「はぁぁぁっ!?」


 説明も無しに自宅だと言う場所に連れてこられていきなりそれですか。

 精神的にも肉体的にも疲れてしまった俺はガックリと肩を落としたのだった。



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