33.海での来客
「美しいお嬢さん方との楽しい船出にかんぱ〜いっ!」
しばらく船首で遊んでいた俺達は「ご飯でっせ〜」と呼びに来た副船長のニックさんに連れられ船の中へ。
食堂に着けば大勢の乗組員に出迎えられたが、流石に全ての人が集まっている訳では無いらしい。
葡萄酒を貰い皆で乾杯をした途端にご飯の争奪戦が始まった。壁際に並べられた取り放題のビュッフェスタイルのご飯会は我先にとご飯を求める乗組員さん達で混沌としている。
歓喜する声に混じり飛び交う怒声、身動きすら困難な会場は正にすし詰め状態だと言えるだろう。よしんば目的の料理をゲット出来たとて、あの状態でご飯の無事を守りつつ出てこられるのかと疑問が湧いてくる。
俺達は “お客様用!” と、でかでかと書かれた別テーブルにある物を食べているので屈強な男達にもみくちゃにされずに済んでいるのだが、あれはあれで楽しそうだな。
「モニカ、それ何?」
混沌から視線を戻せば、グラスに入った白ワインのようでいてそうではない、薄い黄色の飲み物をモニカが口にしている。聞けば変わった葡萄酒らしく、甘いお酒らしい。
貰って一口飲んでみると若干トロリとした不思議な舌触りで、葡萄の甘さだけを濃縮したような飲んだことのない飲み物だった。
「うはっ、これはアルコールキツくないか?飲み過ぎるなよ?」
船酔いの恐れもあると言うのにアルコールでさらに酔っ払ってもらっては魔物退治どころではなくなる。それにこんなところで絡みだされても俺には手の施しようが無い。
一応釘は刺したからな?大人としての対応を求める!
「頭領っ!来ましたぜ!数が多いから恐らくボレソンですぜっ」
「たわけ!船長と呼べ!船長っ!ボレソンか、まぁ初戦としてはいい準備運動になるわな。兄ちゃんっ、出番だぜ!」
この船ミョルニル号を含め、ある程度の大型船には広範囲に魚を察知できる魔導具が搭載されているのだそうだ。その魔導具では魔物も感知出来るらしく、大きさや数、移動速度や行動パターンから魔物の種類をある程度特定することまで可能らしい。
食事を中断して甲板へ出てもさっきと変わらぬ穏やかな海だった。
アランさんに聞けば〈ボレソン〉とはトビウオのデカイ奴だと教えてくれる。
体長は一、二メートルもあり、海の中から弾丸の様に飛び出しては船の上に居る人間を襲って食べるのだそうだ。じゃあ船の中に隠れていれば良いと思うがそうもいかず、船を見つけて甲板に獲物である人間が居ないとなると船自体を壊しに掛かるらしいのだ。
ただ、船の上に獲物がいる限りは船の方はあまり傷付けられないらしく、何とも言えない単純な魔物だなという印象を受けた。
「連れ去られたら助からないと思え!奴等は海面直下に姿が見えてからおよそ三秒で俺達に到達する、その間に仕留めろ!食える魚だっ、余裕が有れば持って帰るぞ。準備は良いか、野郎どもっ!!」
アラン船長の声に船員達が歓声で応える。
俺達は広い事で人間が最も集まりやすく、逆に言えばそれを狙って最も激しい戦闘の予想される真ん中の甲板担当だ。二手に分かれるとコレットさんも居るとは言え流石に守り切れない心配が懸念され片側だけの担当にしてもらった。
ランとリンの実力は期待できるほどではない筈なので、この二人は要注意で守りを考えてやらなくてはならない。
その上モニカもサラも後衛なので高速で接近するという前情報に不安が尽きない。手が足りなくなった時は守ってやらないと食べられてしまう。婚約者を魚にくれてやるわけにはいかんのだ。
さて、そろそろ来る頃かなと思ったところでモニカがシュネージュを抜くが、いつもと違い透明な刀身だった。
──おやおや?
すると手を伸ばした雪がシュネージュに触れると、驚くことに雪の身体が光を帯びる。あっという間に細かな光の粒子に分解されたかと思いきや、柄にぶら下がる勾玉に吸い込まれて行く。
呆気に取られているとモニカが魔力を込め出し、いつも通りに青く染まった刀身。
「モ、モニカ。今の何だよ」
「何って?見たことなかったっけ?雪ちゃんが精霊だって事、忘れちゃったの?」
雪は元の場所、つまりシュネージュの中へと戻ったらしい……いやいや初めて見ましたから!
でもたった数日なのに、もう雪がいる事が当たり前になっていて精霊だとかすっかり頭に無かった。今の事が無ければ絶対に思い出さなかったと思うとわ、あぁビックリした。
モニカが出した水蛇は、頭を中心として体を構成する水に水流が起こしてあり貫通力を増している。動きも既に思うがままになっており空中を素早く泳いでいた。
そんな水蛇を二匹も自在に操りながらまだ他の魔法も操る余裕のあるモニカは本当に成長したなぁとしみじみ思う。水魔法だけで言えば恐らく世界でもトップクラスの実力を誇るのではないだろうか?
後は他属性の魔法との併用とか、まだまだやる事は沢山あるが、それは追い追いという事だな。
「来たぞ!油断するなよ!!」
ニックさんの声が響き緊張が船全体を包み込む。どんなのが来るかと ワクワク していた俺は不謹慎なんだろうな。
すると船首の方で ジュボッ という音とともに飛び出した銀色の弾丸、否ボレソン。人間程もある魚体がすごい速さで飛びかかるのは圧巻だな。
一匹が飛び出したのを皮切りに次から次へと ジュボッ ジュボッ と音を立て飛び出してくる巨大トビウオの群れ。トビウオの癖に羽根を畳んで飛んで来るんだ、あの羽根はいつ使うんだろう。
モニカとサラはコレットさんに任せて俺はランリンのフォローに回る事にした。
「ええっいっ!」
二人は剣を抜き、襲い来るボレソンを躱すと同時、すれ違いざまに斬りつけてダメージを与えている。思ったよりは動けるようだ、アレならそこまで心配するほどでもないな。
だがそれとは別に、二人を見ていると心配になるのはその大きな胸だ。身を捻りボレソンを躱す度に ブルンブルン と揺れ動き、そのまま何処かに飛んで行かないかと ハラハラ させられる。
現実にはおっぱいが飛んで行くとかあり得ない。気を取り直して戦況を見ればモニカの水蛇が飛び出してくるボレソンの口に突っ込んで行く姿が目に映る。
殆ど抵抗も無く真ん中を通り抜け、背骨が無くなって「食べやすそうだなぁ」などと思えるくらい綺麗に穴の空いたボレソンは身のほとんどがなくなっていたのはご愛嬌。海中から飛び出した勢いそのままに船を飛び越え俺達とは反対側の海に落ちて行くのが見てとれる。
あれは後で回収するのか?
モニカの水蛇が水流を起こしているのは知っていたが、今はドリルのように螺旋状に水が流れて貫通力が抜群のようだ。
知らない間にあんな技を覚えたらしい……日々成長していくモニカを頼もしく思うよ。
サラもサラで頑張っている様子が見て取れる。彼女の中では火魔法が得意なようで確かに良く使ってはいたが、今日も爆発する火の玉を駆使して海中から飛び出すボレソンを倒そうと十個近い数の火球が彼女の周りで出番を待っている。
一つ一つは小さな火球だがおそらくボレソンの速さについて行けない事から数で押す作戦にしたのだろうと推測できる。
案の定サラを見ていると飛び出してきたボレソン一匹に対して五、六個の火球を導入し、連続で爆発させることにより直撃しなくとも少しでもダメージを与えようと工夫していた。
自分の能力を把握した上で作戦を考え、その場に適した対応を臨機応変にする、もう王女様も立派な冒険者だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます