32.魔導帆船

 海鳥が何十羽と飛び回る港、整列して留まる多くの中でも一際大きな船の前で馬車を降りた俺達。

 出迎えてくれたのは、惚れ惚れするほどの筋肉を誇るがっしりとした身体に、人の良さを示すかの如くニカッと清々しい笑みを浮かべたワイルドな顔の持ち主。俺より二回りは大きく、日焼けした色黒の肌に白髪混じりの豊かな髭を蓄えた如何にも親方的な男だった。


「やぁお嬢達、久しぶりだな。相変わらずいい乳してるな!今度相手してくれよっ、ハハッ!

 んで?あんたらが魔物退治してくれるってぇ冒険者さんかい?俺は船長のアランだ、よろしく頼むぜ」


 火の付いていない三十センチもある長い銀のパイプを咥えて笑顔で手を差し出して来るアラン船長。その手を握れば肉の厚いがっちりとした手。これは単に肉体を鍛えているだけでなく船長のくせに普段から相当な力仕事をしていそう、そんな感じがした。


「かっわいらしい嬢ちゃんばかりだな。こりゃ全部お前さんのか?誰か一晩貸してくれよっ」


 カカカッと豪快に笑う姿は見ていて気持ちが良く、下品な話なのにちっとも不快ではないので、それがこの人なりの社交辞令なのだと簡単に分かる不思議な人だ。

 全長五十メートルはあろうかという大きな船の船長、当然乗組員は何十、もしくは百人を超えるのだろう。その男達を仕切る器と言うものが垣間見える大きな漢を感じた。


 それぞれ挨拶を交わし、船の真ん中に掛けられた渡し板を越えて船に乗り込もうとすると、手すりの無くなった所で手を出し支えてくれる、見た目からして人の良さそうな男が出迎えてくれる。


「俺は副船長のニックでっさー。すぐに出船するんであちらにどうぞ。お嬢ちゃんもようこそ我等がミョルニル号へ」


 船長と比べると全然だが、それでも筋肉質の細マッチョな身体に真っ黒に日焼けした顔、顎髭を短く整えてあるのがよく似合う爽やかな感じの人だった。

 俺の抱っこしていた雪にまで挨拶をしてくれる気配り上手な人だ。これで好感が持てないとなればそいつの心が荒んでいるのだろう。



 甲板の真ん中には太くて大きな柱が伸びていて、上の方で左右に伸びた棒に巨大な布らしきものが縛られていた。港から出たら丸めた帆を下ろして風を受けて推進力にするらしく、船の前と後ろにもこれより少しだけ小さなものがそれぞれ建てられていた。

 魔導船だと聞いていたのだがと首を傾げていると後ろから豪快な声が聞こえてくる。


「魔導船と言ってもこれだけデカイのを全て魔力で動かすのは燃費が悪くてなぁ、昔ながらの帆船との合体で『魔導帆船』と呼ばれているんだぜ?どっちかっていうと魔力炉は補助的なもんだが、それでも普通の帆船と比べたら劇的に速い。船首に行ってみな、すぐ出るから気持ちの良い風が感じられるぜ」


 アラン船長に言われてランリンの案内でぞろぞろと移動している途中でゆっくりと船が動き出した。

 次第にスピードを上げて進み始めれば、言われた通りに海風が心地良い。思わず目を瞑り全身で堪能した。


 興味を唆られ雪を抱っこしたまま階段を登り、一段高い船首の先端まで行ってみる。

 穏やかとはいえ波を破って進んでいるので多少は揺れていたが、片手で手すりに掴まり海を覗き込むと船と一緒になって泳いでいる三つの影が見えた。


「トトさまっ!イルカですっ!私達をお見送りしているみたいですね」


「わぁ本当だぁ、可愛いねぇ」


 隣にやってきたモニカも雪の指差す先で泳ぐイルカを見て喜んでいる。そのはしゃいでいる姿に昨日一緒に居られなかったことが急に思い出されて申し訳なさが胸を込みあげてきた。


「モニカ」


 抱き寄せるとキスをして耳元で昨晩の謝罪をした。その様子を俺とモニカの間で見ていた雪に「ご馳走さまです」と言われたことには驚いたが、雪のプニプニほっぺにもチュッとして誤魔化しておいた。


「あらあら、私は仲の良い親子の邪魔者かしらね」


 風に靡く銀の髪を片手で抑え、俺の隣にやって来たサラが笑顔で皮肉を言ってくる。


 太陽の光をキラキラと反射する髪には、五色の細かなガラスで彩られた三センチほどの蝶が留まっている。

 ティナーラの露店で似合うと思って買ってあげた髪留め。気に入ってくれたのか、あの時以来サラはずっと身に着けてくれている。


 コレットさんにブレスレットを送った時に言われたが、満ち足りていたはずの王女様が露店で買った安物の髪留めをお気に召すとは、やはり贈り物とは金額ではないのだなと改めて思う。


「サラお嬢様もキスをご所望ですか?」


 冗談だと分かるように白々しく言えば、笑顔ながらも対抗心を剥き出したかのように目を瞑って顔を突き出しキスを受け取る体勢をしやがる。


 ちょっとムキになりはしたが、流石にノリで唇を奪うのは気が引けたのでオデコにキスしてやった。男にとってこんな可愛い娘にキスをせがまれるという大チャンスをふいにするのは馬鹿げていると言われるかもしれないが、これは俺の矜持だ。気持ちが無い以上、一線は超えられない。


 それでも、それすら予想外だったようで、目を見開いて驚いた顔をすると見る見る顔が赤くなっていく。

 俺の横からその一部始終を見ていたモニカが赤くなったサラを見て笑い声をあげた。


「あーっ!一人だけずるいっ!私もしてよぉっ」


 丁度船頭に登ってきたリンがサラを指差して文句を言うと駆け寄って来る──ちょっと、何言い出したのか分かんないんですけど!?


「ちょっ、こら!止めろって!」

「いけずぅ〜」

「一回くらい良いのではないですか?」

「そうですよレイ様、減りも衰えもしません」


 一緒になって来たランと二人にキスをせがまれて掴まれれば、いつのまにかコレットさんまで参加しているではないか!


「私もっ!私もっ!」


 フラウまで来てもみくちゃにされ、もう訳が分からない。


「こらっ!止めろ!落ちる落ちるってばっ!雪が潰れる!!」


 何故かモニカとサラまで参加し始めるので最早収集が着かなくなってしまった……なんだ?この状況。


 船頭の一段下で俺達を見守っていた筈の副船長が「兄さん、何者ですか」とボソリと呟いたのが騒ぎの中心にいる俺の耳へと鮮明に届いた。



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