44.黒幕
ドッドッドッとブーツが床を蹴る音が響いてくるとノックの後に扉が開かれた。
「失礼します、お呼びでしたか?」
何食わぬ顔で現れたのはこの間訪れた時に姿を見せたオールバックの執事風の男。ジェイアスと呼ばれたそいつの鋭い眼光は間違いなく昨晩エルコジモ邸に現れた黒ずくめの男の目と同じだ。
俺が来てる事を知りながらも逃げもせず、いけしゃあしゃあと登場してくる辺り肝が据わっているというか何というか……昨日の今日で訪ねて来たというのにバレてないとか思ってないよな?
「獣人の販売台帳に漏れが見つかったのだがどういう事か説明してくれるか?」
「漏れ、ですか?私も人間ですから、忘れるという事くらいあります、申し訳ありません。すぐに記入しておきますのでどの獣人なのか教えてもらえますか?」
「そうか、忘れていたという事もあるな。私を含めて人間がミスをするのは仕方のない事だ。だがエルコジモ男爵にお売りした獣人だけでも十もの漏れがあるというのは些か忘れ過ぎではないか?」
「そんなに有りましたか。私は五十近い老体です、物忘れが酷くなって来たのはその所為でしょう。そろそろ若い者に任せて身を引く事も考えねばなりませんな」
「年を取るとは恐ろしモノだな。ではその獣人がランクA以上の非常に珍しい獣人ばかりなのはどういう訳だろう?それほどの価値のある獣人であれば私が見覚えすら無いというのは少しばかり不思議なのだが、私はまだ三十になったばかりだというのにお前と同じように物忘れが酷いのは何かの病なのかな?」
「所長は働き過ぎなのではありませんか?奴隷達とのコミュニケーションを優先するあまり最近碌に休暇もとってないでしょう?貴方はまだ若いのです、これを機に商会の方は誰ぞに任せてバカンスにでも出かけてみては如何ですか?」
ガンとして口を割ろうとしないジェイアスに対して、物腰の柔らかな、この間来た時の態度で二人だけの世間話でもしているようだ。
埒が明かないと判断したのかイオネが小さく合図を送るとユカが スーッ と動き、一枚の地図を机の上に置く。
「それは現在配布されている世界の地図を抜粋したものだ。北にある大森林からこの町パーニョンまでの間にはギルドの存在する町だけでも二十近くはある」
地図の上の方に大森林と大きく書かれた部分から下の方に赤いインクでパーニョンと書かれた間にいくつもの丸が表示され、それぞれ小さな文字で名前が書かれているが恐らく町の名前と位置を示したものなのだろう。
机の横で待っていたユカがもう一枚の紙を机の上に置くが、そこには最初の資料にあったような一覧表が書かれている。
「エルコジモ男爵の所に居る獣人を登録地別に並べ直した一覧だ。照らし合わせると分かるようにほぼ全てがその地図の範囲内にあてはまる。更に言うなれば、地図上の赤い印が付いている町は男爵の所持するランクA以上の獣人が登録された場所だ。男爵の屋敷のランクA以上の獣人は全部で二十二名、その内の十五名が大森林からパーニョンに向かう途中にある町で捕獲されたとされている。これは偶然なのか?」
「私にそのような事を聞かれてもお答えしかねます。獣人登録証明書にそう記載されているのならば偶然だという事しか言えません。
貴女は我々が証明書を偽造したとでも仰りたいのですか?もし私が偽造するのであれば貴女のようにカンの鋭い方にバレないように登録地が固まる事は避けますがねぇ」
扉の前で姿勢正しく立つジェイアスは『困った人だな』と言いたげに両手を広げて肩をすくめてみせたがイオネの次の言葉で雰囲気が一変する。
「証明書の偽造が無い事はこちらで確認が取れている。つまり獣人の証言に基づいて証明書が正式に作成されていることからも、その獣人達はその町の近辺で捕らえられたと言ったのだろう」
「何を仰りたいのか分かりませんが、それなら何も問題が無いのではありませんか?」
「ふふっ、そうだな。
バスチアス、先日貴様がこの建物を案内した時、集中力を高めるという良い香りのする香を使っていたな?アレは本当に安全な物なのか?」
「もちろんでございますっ。製造方法や使用している材料はお教え出来ませんが、危険指定される植物やそれに準ずる物は一切使用しておりません。それにその時もご紹介しましたが、王都にみえる薬物学者の権威ある先生方に安全を確認していただきました。その証拠となる認定書もございます。お持ちいたしましょうか?」
今度は自らが取りに行こうとして立ち上がろうと肘掛に手を置いて腰を浮かした所で、それを制するイオネの手が突き出されたのでその指示に素直に従った。
「その香の使用方法は指定されているのか?」
「はい、適量を香炉に入れて……適量?」
「使用の際の注意事項はあるのか?」
「香の使用時間は一回につき二時間までとされているので安全を見越して香を使用しての講義時間は一時間以内と決めていました。後は連日の使用はなるべく避けるようにとの注意を受けておりましたので受講するのが週一日となるように調整しております。
姫様、まさかとは思いますが……」
「バスチアス、物事には良い面もあれば悪い面もある。貴様は軽い催眠効果のある香だと言った。もしその注意事項を守らなかった時はどうなるのだ?」
「も、申し訳ありません。確認しておりませんでした」
青い顔で俯いてしまったバスチアスからジェイアスへと視線を移したイオネ。そのやり取りを聞いていた筈だったが表情を変えないどころか、どこか楽しげな顔のように見えるのは気のせいか?
「昨晩、男爵邸で未登録の獣人が居るのが見つかった」
そこで敢えて言葉をきったイオネはジェイアスの反応を待つが動揺した素振りも無く、期待通りの反応が無い。
「それは大変だ。お得意様であるエルコジモ男爵が密売容疑で捕まってしまうとあれば我が商会にも影響が及ぶでしょう」
「そうか、それは大変だな。だがその獣人の居る部屋でこの商会の香が使われている事が判明したのだが、何故だ?」
「エルコジモ男爵は我が商会から何らかの理由で香を盗み出した、と?」
「ふむ、そういう捉え方も悪くはないな。だが我々の推察はまた違ったものだ。
大森林で捕らえられた非常に珍しい獣人、それを登録しようものならギルドから漏れた情報で大騒ぎになるので密猟がバレてしまう。そこで捕獲登録はせずに秘密裏に得意先であるエルコジモ邸へと持ち込んだ。
その後、男爵との交渉で獣人登録は必要と判断され、いつもの通りに香を使用し記憶の刷り込みを行なっている最中で見つかってしまった、そんな所だろう。
貴様達が使っている香には催眠効果がある。その効果を利用しつつ闇魔法を併用することを何度も繰り返すと記憶のすり替えが完成し、獣人登録の際にありもしない記憶で証言させられ各町で偽りの証明書が発行されるという事態になっている。
闇魔法だけであれば登録の時に調べられてバレてしまうものを、操るのではなく、香を使うことによって記憶そのものをすり替えてしまえば登録の際に調べられても魔力が発見される恐れがないので本人の証言として認められる、というカラクリで間違いないな?ジェイアス・ルズコート」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます