16.心と身体の洗濯

「その件についてはアタイから話す。

アタイ達は親父が口を酸っぱくして言ってた『真っ当に生きろ』って命令を無視して海賊なんてものをしていたのさ。

 そこでその兄さんにコテンパにされて、たまたま兄さんの仲間だった銀髪の嬢ちゃんが医者なのを知った。だから捕まる前の最後の頼みを聞いてもらい、ここに連れて来たって訳なんだよ」


 説明を終えたミレイユは ジトッ とした冷ややかな目で見られているのに気付き「何故!?」と首を傾げればルナルジョが大きな溜息を吐く。


「んなことぐらいは言わなくても想像が付くわっ!「アタイが説明する」とか偉そうな事言うなら何で約束を破るような事になったのかまで言わねぇか、この馬鹿娘がっ」


「んだとっ!?全部テメェを思っての事じゃないか、このクソ親父がっ!!テメェに飲ませてた薬が一体いくらすると思ってやがるんだ!」


「んなこたぁ知るかよ!大体俺が薬買ってこいっていつ頼んだ?あぁっ!?勝手な気を遣って渡した金を無駄に使いしやがって、挙げ句の果てに金が無くなって犯罪に手を染めただと?ふざけんなっ!?せっかく手に入れた自由をなんだと思ってるんだ!!

 テメェ等全員俺の情けない境遇を知ってるだろ!俺は全てを失った、この世に必要のない人間なんだよっ。俺の消えかけた命より、テメェ等のこれからの人生の方がよっぽど重要だと何故分からねぇ!!!」


 二人して立ち上がるとオデコがくっ付いていないかと疑いたくなるような距離で睨み合いをはじめる。


「親父さんこそあっし等が親父さんを思う気持ちを分かってはもらえやせんか?

 親父さんが言う通り、あっしらは勝手に高価な薬を買って来て飲んでもらってやした。もちろんそんな事を続けていれば親父さんから渡された金が無くなるのは分かっての行動であり、それでもと全員の意志で決めた事です。


 あっしらの多くはコソ泥なんかをして生きて来たどうしようもないクズ人間でしたが、あの嵐を運良く生き残りやした。そんな俺達に生きる術を教えてくれたのは他ならぬ親父さんです。飲み水の確保の仕方や、魚の取り方、操船に至るまでの全ては親父さんから貰ったモノです。


 真っ当な人生を歩んで来なかったあっし等ですが、そんな恩人が病気で苦しんでいるというのに見て見ぬ振りして自分達だけがのうのうと生きられるほど人間腐っていやしません。

 大恩ある親父さんに少しでも恩返しがしたい、少しでも長く生きていて欲しいと思うのはいけない事でしょ……グフッ」


 お互いの胸ぐらを掴み合って今にも殴り合いを始めそうな勢いの二人に近寄ると、それぞれの肩に手を置いたテツ。しかし油断していたのか、ルナルジョの拳がテツの腹にめり込むと、まともに鳩尾に入ったようで腹を押さえて蹲る。

 呆気に取られたミレイユの頭を鷲掴みにすると力ずくで座らせ、俺の前に歩み寄ると何故か跪いて頭を垂れた。


「コイツ等のボスはこの俺だ。全ての責任は俺にある。連れて行くなら俺だけにしてくれんか?この通りだ、頼むっ」


「ばっ、馬鹿言うんじゃないよ!海賊団の頭領はアタイだよっ!今の今迄知りもしなかったんだから親父は関係ないだろ!捕まえるならアタイだよなっ!!」


「それを言うなら姉御だって頭領ってだけで、女だと目立つから引っ込んでろと言ったあっしの言う事を聞いて一度も海賊行為はしてやせんよね?海賊団として捕まるのはあっし等だけです。姉御は親父さんと二人でこの島に残るんですよ」


「ざけんなっ!クソテツ!島に残るのはテメェ等だろっ、何を好き好んでこんなクソ親父の世話しなきゃなんねぇんだ!捕まって売り飛ばされる方がよっぽどましだっつーのっ!兄さん、捕まえるならアタイだよな?」


「テメェ等こそいい加減黙れや!捕まるのは一番のボスだって相場は決まってんだよ。無理矢理働かされていたテメェ等はちょっとした罰を受けて恩赦されるって昔から決まってんだ!んで俺は首を飛ばされてこの世とも、テメェ等ともオサラバってんだ!ハハッ!清々するわっ!」


「それを言うなら実行犯だけ捕まって黒幕は逃げ果せるんでしょう?裁きを受けるのはあっし等ですよ、せっかく治ったんですから俺達の分まで生きてもらわないと困りやす」



パンパンパンパンッ



 海賊行為に参加しなかったと言うミレイユの立ち位置は微妙だがルナルジョが黒幕だから全ての罪を一人だけで被るとかは無理だろう。

 お互いを庇い合う三文芝居の様なやり取りを停めるべくケヴィンさんが立ち上がって手を叩き注目を集めた。


「仲が良いのは分かりましたが、師匠が罪を被るのは無理です。ミレイユと海賊団については追って裁きを下すとして、一先ず食事にしませんか?」


 今度は三人で掴みあった状態でケヴィンさんの提案に ポカン としていると、後ろにいた海賊共からケヴィンさんを推す歓声が上がる。


「どこ触ってんだ!」とミレイユが二人の手を振り払うことでようやく我に帰ると、自分へと差し出されたケヴィンさんの手に躊躇いながらもルナルジョが手を伸ばしたとき、サッ と伸びた薄っすら小麦色に焼けた手が横からそれを奪い取った。


「え?」


 手の主はまさかのミレイユ、夕日を反射しただけではない キラキラ と輝く目をケヴィンさんに向けて両手でガッチリと握る。

 逃れようとする手に気持ちが後退りしている様子が見て取れものの今の彼女にはそんなことを気にしている余裕は無いらしく、ケヴィンさんの放った食事と言う言葉からケラウノス号での豪華な食事を連想し、誘われてもいないのに頭の中では既に優雅な食事会が始まっているようだ。


「エレナ、悪いけど一足先にケラウノス号に行ってコイツ等の分の飯も用意してくれるように頼んでくれる?食材足りなければ保冷庫の中身は全部使って良いから持ってってな」


「はいは〜いっ」

「エレナ様、私も連れて行ってください」


 保冷庫を仕舞って立ち上がったコレットさんに、エレナが背後から腰に手を回して抱き付いたので若干照れたような顔をする。珍しい光景に見惚れていると、俺の意図を察した海賊共から上がる歓声の中、二人の身体が緑の魔力に包まれケラウノス号へと飛び立って行った。



△▽



「目の前の水に飛び込んだら三十秒だけ目を瞑って耳を塞いでおけ、そしたら身も心もピッカピカに生まれ変われるぞ」


 徒歩で海辺まで来たところでリリィの結界魔法メジナキアでみんなを一足先にケラウノス号へと戻らせると、俺は海賊達の洗濯をする事にした。

 体は洗ってる!と豪語する海賊達だったがどうしても汚いイメージが拭いきれず、マナーだと偽って強制的に俺の気が済むように洗わせてもらうことにしたのだ。


 直径二メートルの大きな水玉、その中に海賊が飛び込むと俺の魔法の出番。キッカリ三十秒、水玉の中で巻き起こる激しい水流に揉まれてもらいしっかりと汚れを落としたら仕上げに浄化の魔法で水玉と共に完全に綺麗になってもらうと、入った方とは反対側にある風魔法で作った絨毯へと吐き出される仕組みだ。


「クソが! どうとでもなりやがれっ!!」


 仲間が洗浄される姿を見て後退りする海賊達には「豪華な飯はいらんのやな?」と脅しをかけると、背に腹は変えられんとばかりに渋々ながらも全員綺麗になったところで風の絨毯が浮上し、子供の様な歓声が沸き起こる中、ケラウノス号へと向かった。



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