35.ウザ男の末路
「王都に用事があるからそっち周りで帰る事にしたよ。王都は初めてだろ?他の町とは規模が違う、楽しみにしていなさい」
アングヒルを出発した馬車の中、向かう先が違う気がして聞いてみるとランドーアさんが楽しそうに説明してくれる。
王都かぁ、初めてベルカイムに行ったときもビックリしたけど、それより遥かに大きな都市らしい。ベルカイムに住む人の数が約一万五千人に対し、王都は七万人にも登ると言うからその大きさも半端無いだろう。
アングヒルから王都サルグレッドまでは馬車で四日の距離。街道も草原の中を進むという話なので魔物に襲われる危険はかなり低いようだが、その分、商人や旅人を狙う盗賊が度々登場するらしく、大人数で襲ってくるため狙われると面倒らしい。当然のように冒険者もしくはサルグレッドの騎士団が派遣され適時潰してはいるのだが、奴等にとっても人気の場所らしく刈り取っても刈り取っても居なくなる事がないらしい。
それでも流石は王都近郊、基本的に平和が保たれている街道なので宿場には寝泊まりする為の小屋が何軒かずつ建っていたのには驚いてしまった。
完全に平和でなくとも管理されている環境だという事もあり、王都と近郊の都市との人の行き来は盛んなのだそうだ。
アングヒルを出て二日目の朝、宿場を後にした俺達は二十人余りの野盗と鉢合わせた。同じ御者席にいたのに先に気が付いて馬車を停めるよう指示を出したのはクロエさん。
「旦那様、賊なのです。しばらく御時間を頂戴するのです」
「クロエさん、俺達がやるよ。護衛任務だろ?」
手を突き中を覗き込むセクシーなポーズ、その格好で俺へと振り返った普段通りの眠たそうな目が ジーッ と見つめてくる……あんまり見つめられると照れちゃうよ?
「きっちり働いてくださいなのです」
俺でも大丈夫だと踏んでくれたのか、再び御者席に座り直すクロエさん──さてお仕事お仕事。
「どうするの?さっさと片付けるなら私がやる?」
質問を投げかけるリリィは非常に面倒くさいという雰囲気が半端ない。でもこれは俺達ヴァルトファータの仕事、リリィの仕事でもあるんだけどなぁ。
視線を向ければ馬に乗った集団が一直線にやって来る、到着まであと二、三分ってとこだ。
「俺がやっていい?魔法、試したいんだよねぇ」
椅子に座り直し ヒラヒラ と手を振るリリィ、今日は本当にやる気が無いな。そんな気分か?
「良いよぉ」
「特訓の成果を見てやるよ」
ユリ姉もアルもあっさりと了承してくれたので、アルに魔法を要求すれば火魔法をくれる。
「あと二つ、水と風もくれ」
「ん?行けるのか?」
野盗とは世の流れの中で生きる事を諦め楽な道へと逃げた弱き者達、そんな奴ら相手なら魔法が使えなくとも負けはしないだろう。真っ当に生きる人達のため、今ある全力で叩き潰す──三属性同時の身体強化を終えると、拳を握って感触を確かめる。
「大丈夫そうだぞ?」
「行けそうねぇ、初めての複合魔法にしてはキチンと身体に馴染んでるわぁ。何かあれば入るからぁ思いっきりやっていいわよぉ?
それにしてもぉレイにこんな才能があったなんて知らなかったわぁ。三つの属性の同時使用なんて普通の人じゃ出来ないのよぉ?ついこの間身体強化を覚えたばかりなのにぃ凄いわねぇ、がんばってらっしゃぁい」
一人で行くと言う俺を心配そうな目でティナが見てくるが、笑顔でウインクして『大丈夫だ』と合図を送る。エレナなんか窓に齧り付く勢いで ワクワク しながら外を見つめている、演劇じゃないんだけどな……まぁいいか。
結界の張られた馬車の前、早く来いとワクワクしながら野盗共の到着を待つ。
すると先頭を切る野盗が派手な服を着ているのが分かり違和感を感じる。目を凝らせば何処かで見た顔。二度と会いたくないとは思っていたが、まさかまさかのあのクソ貴族。前回の去り際に警告したつもりだったのだが、こんな所で喧嘩を売ってこようとは殺されても文句はないのだろう。そう思うと更に気分が高まり自然と口角が上がる。
それでも相手は貴族、一応クロエさんを通してランドーアさんに確認するが「野盗は殺しても大丈夫」とお許しが出た。
御者席からユリ姉とアル、クロエさんが見守る中、野盗の集団が馬を止める。
「これはこれはアングヒルを治める貴族の三男坊さん、こんな所に何の用ですかね?」
わざと煽るように挑戦的な言葉を発すると、馬上から文字通り見下ろし怒りを露わにする。
「貴様などに用はないっ、あの女を出せ!そうすれば他の者は助けてやろう」
「はっ!ほざけ。誰がお前なんかにユリ姉を渡すかよっ。やりたい事があるのなら、つべこべ言わず押し通ってみろ」
相手は二十人超、対する俺はたった一人。数で勝る野盗達は俺の一言で殺気立ち一斉に武器を抜き放った。
あ〜あ、喧嘩売られちゃった……なら、仕方がないよな?
「死んで後悔するといい、殺れっ」
どっちが後悔するんだろうなぁなんて思っていたら怖い顔したお兄さん達が一斉に襲いかかって来る!でも、君達が持っている武器って普通の剣だよね?馬に乗って攻撃なんて大丈夫?
──まぁ、ちょっくら失礼して……
馬上から振り回される稼働範囲の狭い剣など軽く躱し、馬の間をすり抜け野党共の足に一つずつ丁寧に刃を叩き込む。もちろんお馬さんに傷は付けない、当たり前だな。お馬さんに罪はない。
火魔法による筋力強化に加えて身体を包み込む風魔法が身のこなしを加速させている。相手の動きが遅くなったような感覚、ちょっと力み過ぎて慣れない速さに手元が狂いそうになるが、こればかりは慣れるしかないのだろう。
──格段に強くなった事の実感、魔法……凄し!
華麗なる身のこなしで六、七人にお灸を据えると、少しだけ離れて様子を見る。
「は、速ぇぇっ」
「化け物かっ!」
「だめだ!全員、馬から降りろ!」
目で追うだけが精一杯な上に馬に乗っていては尚更速さについて行けないことを悟った野党共は慌てて馬から降り始める。優しい優しい俺はといえば、手にする愛刀でトントンと肩を叩きながら彼等の準備を待ってやる……さて、そろそろいいかな?
上乗せした風の魔力、ちょっと本気で走り出せばアッという間に盗賊達の後ろまで駆け抜けてしまった……いかんいかん、行き過ぎた。
とうとう目で追う事も出来なくなったのか、土煙を上げて急転し隙だらけの背中に斬撃を浴びせれば、僅かなうめき声を残して地面に倒れ行く。
俺の姿を見つけて反撃に出ようとする奴もいはしたが、ほぼ無抵抗で二十余人は倒れ伏した。
ここまで呆気なく終わると練習にすらならないのだが……最後の一匹も片付けるか。
「どうしたっ、来いよ。ユリ姉に用があるんだろ?俺を倒さないと話すら出来ないぜ?」
既に馬を降り、剣を抜き放って俺を睨み付けている野盗に成り下がった貴族様。負けを確信しているのか、苦虫を潰したような険しい顔で剣を握り直すと雄叫びを上げながら駆け出した。
曲がりなりにも身体強化が出来るようで他の奴等よりは一応早い。魔法無しの俺ならそこそこの戦いになっていたかもしれないが、身体強化をしてそのレベル?覚えたての自分と比べてもあまりの落差に疑問を感じる。
だからとて油断などする筈もなく、振り下ろされる剣を側面から叩き折る。
「ぐぅぅ……」
目を見開くクソ貴族。太腿に刃を突き立てると唸り声を上げて膝を折り、立ち上がれずに動きを止めた──呆気なさすぎたな。
「言い残すことはあるか?」
両膝を突き、唇の端から血が滲むほど憎らしげに俺を見上げるクソ貴族。
ベルカイムのギルドで、アングヒルの街中で、そして此処で。三度会い、三度とも牙を剥かれた。そして多くの人達に迷惑をかけ、忌み嫌われる “害虫” とも言える存在。ユリ姉を不愉快にし、エレナを捕まえて売り捌いた最悪の男。
「さよならだ」
軽く刀を横に振るだけで悔しそうな表情のままに首が地面へと転げ落ちた。
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