36.盛大な回り道

 付着した血糊を飛ばして鞘に仕舞おうとしたその時、クソ貴族とは比べ物にならないほど強い圧迫感が背後から迫る。

 咄嗟に刀を回して受け止めれば、目の前あったのは不敵に笑うアルの顔。


「あんなんじゃ物足りないだろ?魔法を維持しろ。ほらっ、行くぞ!」


 剣に弾かれ退がる俺、前触れのない特訓に同意し、消えかけていた身体強化に魔力を注ぐ……アルになら今ある全ての力を出し切っても大丈夫だろう。


 初めて経験する魔力を消耗するという感覚。脱力感は半端ないが、それにも増して全身にみなぎる膨大な力。暫く余韻に浸りたい気分だが、みんなをあんまり待たせる訳にはいかないので出し惜しみせず全力で向かう。


「行くぜ!」


 一瞬で詰まる間合い、全力で振りかぶり遠慮なしに打ち込めば、それに合わせて振られるアルの剣。響き渡る激しい金属音、刀を通して伝わるアル強さ、弾かれ後退するがそれはアルも同じ──これは楽しいな。


 一歩踏み込んで放つ第二撃。加減が判ったのか、今度はアルの剣に打ち負け弾き飛ばされる。

 覚えたての魔法で熟練者には敵わない──が、簡単に負けるわけにはいかない。もともと力ではアルの方が上なのだ、ならば俺は俺の得意なスピードで!


 限界まで注いだ風の魔力により更に一段強力になる身体強化。一気に距離を詰めた俺に合わせて剣を振るアルだが……甘いぜ?


 横をすり抜けざまに背後を狙って放つのは片足を軸にして遠心力を利かせた回し蹴り。しかし流石はアル、体を捻り片腕で受け止めると剣を握る反対の拳が俺へと迫る。

 水魔法を集中させた手のひらで受け止めれば ズンッ と重い衝撃が伝わるが大丈夫、耐えられない程ではない。


「やるじゃないか」


──ニヤリと笑うアル、笑い返す俺。


 同時に後退し少し距離を置くと、刀を鞘へと納めてアルを見る。奴も剣へと集中を始めた……ヤル気だな?

 鞘を引き上げ姿勢を低くすると、必要な場所に必要な魔力を強めてより効果的に技を放てるようにと、身体を巡る魔力に集中し身体強化を整えていく。


 準備は万端、それはアルも同じようで、黄色の光が灯る奴の愛剣に幾本もの稲妻が駆け巡る。

 前回怒られたのを踏まえてユリ姉を見れば、それに気が付き コクリ と頷く──許可は降りた、後は全力を叩き込むのみ!



 目を瞑り、全力を投じるために深く深く息を吐き出す。鍔を指で押し上げ鯉口を切るとゆっくりと目を開く。そこには自分と同じように持てる力の全てを発揮させようと全神経を集中させる親友の姿。


 暖かさの増してきた穏やかな空気と静かなる時間。ゆったりと吹き抜ける風が吹き止んだ僅かな瞬間、それを合図に地面を蹴ると、この一撃に全力を注ぐ事だけを考え一心不乱に走り出す。


 僅か数歩での肉薄、勢いも味方に力の限り利き足を踏み込む。噛み締めた奥歯、風より早く動く右手、刀身が鞘を走る感触を残して外へと飛び出せば全身全霊を込めた抜刀術が相対するアルに向けて牙を剥く。


 響き渡るは強烈な剣撃音、耳を突いた凄まじき音はこれまでに聞いたことのないほど激しいモノだった。しかし、それ以上に驚かされたのは刀を通して伝わってきたアルという名の強敵の放った一撃の威力。魔法で強化して尚、手に痺れが走るほどの強い衝撃に奴の力の凄さを思い知らされる。


 火花を散らせた互いの剣は離れる事なく寄り添い時を止めた。自分も同じだけの感想を与えられただろうかと疑問を抱きながらも暫くの間、全力を出し切った余韻に浸る。


「覚えたてのクセにここまで使いこなすとは」

「そっちこそ、すっげぇ威力の斬撃だな」


 だがそれも数瞬、射殺す勢いで睨み合う真剣な表情が緩み互いに微笑み合うと、示し合わせたかのように武器を仕舞い馬車へと向かう。


「次は本気でやってやるから覚悟しとけよ?」

「はっ!負け惜しみかよ。そのときは俺が勝って誰が一番か思い知らせてやるよ、覚悟するのはお前の方だぜ?」

「言ってろ、ばーか」


 アルのやつ、アレでもまだ手加減してやがったのか……クソッ!まだまだ鍛錬が足りないって事だな。

 魔法がここまで有効だと知れたのは良かった。つか、自分で魔法使えないのはやっぱりキツイよ。


「お疲れ様ぁ、レイ良かったわよぉ。まだまだ練習が必要だけどぉ、これからだね。アルもだいぶ魔力が上がってるねぇ、雷魔法の扱いも様になってきてる。毎日キチンと鍛錬している証拠ねぇ、そのまま頑張りなさい」



「「ありがとうございます」」



 腕を組み、御者席でご機嫌に頷くユリ姉。ちゃんと褒めてくれたぞ、嬉しいなっ。


「すみません、お時間を取らせました」


 俺の謝罪など意に介した様子もなく ニコニコ して出迎えてくれたランドーアさん。


「いや構わないよ、面白いものを見せてもらえた、やはり君達は強いね。どうだい?やっぱり家で働かないかね?」


 試すかのように ニヤリ といつもとは違う笑みを浮かべるが、残念ながらそこは乗れない。俺にはやる事があるし、誰かさんのおかげで金貨七千枚という莫大な借金も返さないといけなくなった。


「気にかけてもらってお言葉は嬉しいんですが……すみません」


「そうか」と、にこやかに返事すると馬車は再び王都を目指して走り出した。



▲▼▲▼



「それって、どうやってやるの?」


 馬車の中、黙々と身体強化の鍛錬をしていた俺にティナが興味を示し、野鳥でも観察するかの如くまじまじと見てくる。


「俺のイメージだとな、まず身体中に流れる血液を感じてみろよ。もちろんそんなもの実際には感じ取ることは出来ないけどイメージだ、イメージ。魔法使う時ってイメージが大事だろ?

 そしたら火魔法を浮かべて、それが手から身体の中に入り込んで血液の流れに乗って全身に流れて行くイメージをするんだ。そうすると火魔法が全身に満遍なく行き渡って行く、それでな……」


 実戦でも役に立つ事を認識し、得意げになって喋っていた俺は別の方向からの視線に気が付きそちらに目を向ける……げっ、ランドーアさん!?

 思わず後退りたくなるような無表情からの何か言いたげなジト目、えっと……なんでだ?あっ!そうか。いらん事を教えるなってコトだな……。


「ま、まぁ、そんな感じだよ」


 少々強引に説明を終わらせるとそれでもフムフムと聞き入るティナは自分なりに理解して飲み込もうとしているみたいだ。

 やっべ!俺、怒られる?恐る恐るランドーアさんに視線を向けると、先程と同じ目つきのままこっちを見ていたのだが、これ見よがしに溜息を吐くとクレマリーさんとヒソヒソと話し始めるので『ごめんなさい』と心の中で謝っておいた。



▲▼▲▼



 その後の旅は何事も無く平和に進み、やがて王都サルグレッドが見えてきた。

 高い城壁に囲まれる王城はちょっとした丘に建っているようで遠くからでも壮大な姿を目にする事が出来る。そして、その周りを更に囲むもう一枚の城壁との間に栄える町こそが七万を超える人達の暮らす世界最大の都市なのだ。


「ここから見ただけでも素晴らしい街だろう?王城を中心に王城壁が敷かれ、その周りには貴族達の屋敷がある。更にその周りに一般の人々の町が広がり、それを護るのが手前に見えている外城壁だ」


 外城壁の外側を取り囲むように広がる町並、魔物避けのような壁など存在していないのにも関わらず、そこだけでもベルカイム以上の人が住んでいそうな数の建物が見えている。

 その手前には畑が拡がり、様々な野菜が植えられている。中でも目を引くのが畑の大部分を占める小麦、成長中といった感じの青々とした穂がそよ風に揺られて見ていて気持ちがいい。


 ポツリポツリと居る畑を世話する人を眺めながら広々とした小麦畑の中をゆっくりと進む。長閑で平和、ポカポカの日差しもあり眠くなるのを堪えていれば外城壁を取り囲む町の中へと入って行く。


 畑から繋がる境目のない町には当然そこに入るための検問なんてものも無い。

 高くとも二階までしかない少し古くさい感じのする建物。どちらかというと農村のような町並みの中を進んで行けば、近付くにつれてどんどん外城壁の高さが増して見える。


 辿り着いた外城壁は見上げるのが大変なくらいの高さがある立派な壁。何メートルあるのかは分からないが身体強化を覚えた俺でも、とてもじゃないが飛び越えられそうにない高さだ。


 その一角にある城門。王都に入るための列を無視して横を通り抜け、検問所前で馬車が止まれば、間を開けずに ピカピカ の鎧を纏う騎士が寄って来る。

 御者席のクロエさんと一言二言話すと馬車の扉がノックされ、しっかりしてそうな若い騎士が顔を覗かせた。


「失礼します!カミーノ伯爵夫妻、並びにお連れの方々、ようこそサルグレッドへ。

 ご来訪の件、王宮より聞いております。長旅でお疲れかと存じますが、このまま王城へとお向かいください」


「では」と嫌味のない軽い挨拶、爽やかな笑顔を残した門番さんが離れると馬車は動き出し、大きな門を潜り抜ける──さぁ、いよいよ王都だ!


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