8.夕暮れの廃村

 そこは小さな村だったようだ。俺の故郷、フォルテア村より少しだけ大きな印象を受ける村だった場所。住居と思しき建物は焼き尽くされ、唯一石造りであったのだろう教会らしき建物は、壁は残されているものの屋根が綺麗に吹き飛ばされていて室内の筈なのに茜色の空が見えていた。


 村のあちこちには人間だったモノがいくつも転がっており、斬殺、爆殺、焼殺、アイツが己の欲望に従い暴れた後が生々しく残っていた。

 こんな有様が予測できていたので俺は一人、村人の埋葬に勤しんでいる。


 一つ一つの遺体を村の広場と思しき場所に運び土魔法で埋める。ただ淡々と何も考えないように作業をこなしていると、最後の建物に着いた頃には日は沈み、辺りは暗闇に包まれていた。


 小さな火玉を飛ばし建物周りの確認が終われば、最後の遺体を持ち上げ広場まで歩いて行く。フォルテア村と同じ惨状に考えないようにしていた当時の村の事が思い出されて思わず唇を噛み締めた。

 あの時は今の俺と同じくユリアーネがこうして遺体を集めて一箇所に埋葬してくれた。そう思うと改めて感謝の意を感じるのだが、それを告げる相手はもう居ない事が思い起こされ涙が頬を伝った。




「どう? あの子はまだ起きない?」


 作業を終えて戻った俺は夕食のために鍋の世話をしていたモニカに声をかけた。オタマで味見をしていたままに振り向いたモニカが妙に可愛く見え ドキッ としたが多分バレてはいないだろう。


「お帰り。声かけてきたのお兄ちゃんなのに、なんでお兄ちゃんがビックリしてるの?」


 愛する妻に隠し事は出来なかったようなので素直に訳を話すと嬉しそうに笑っていた。



 あの子、とはこの村の生き残りの事だ。全滅かと思われたが教会という他の建物に比べて頑丈な場所に居たのが幸いしたのか、小さな男の子と、それを守るように覆いかぶさっていた若いシスターさんが怪我を負いながらも無事に生きていた。

 今はサラに治療をされて火のすぐ側に建てたテントの中で休んでいる筈だ。


「だいぶ時間かかりましたね。やっぱり私も手伝った方が良かったのではありませんか?」


 小さく切られた肉の切り身を持って来たコレットさんがそう言うが、モニカやサラのような貴族のお嬢様とは違うとはいえコレットさんとて女だ。出来ればあんな光景は見て欲しくない。


「それぞれ役割があってもいいんじゃない?それより生肉なんて持って来てなかったよね?何の肉?」


 魔導車の移動は早い。野営する予定などなかったので生の食材など買ってなかった筈だ。と、すれば今しがた狩って来たという事になる。

 近くに森があるわけでもなかったので気になったのだが、兎の肉だということだ。兎は直ぐに巣穴に身を隠すので罠を仕掛けないと獲るのが難しい筈なんだけど、よくこの短時間で獲れたなと改めてコレットさんの凄さを実感した。



 村人の埋葬で精神的に疲れた心を癒そうとモニカの隣に座り一息吐けばコレットさんがコップを手渡してくれた。にこやかに微笑む彼女は「ワインです」と一言告げるとテントの中に消えてしまう。メイドという職業柄か本当によく気が回る人だと思いつつ、ありがたく頂くとホッと心が和む。


 モニカに寄添い一つのコップを二人で飲んでいると、少し疲れの見えるサラがテントから出てきて俺の隣に座った。


 鞄からワインを取り出しコップに足すと、ジッと火を見つめるサラの前にそっと差し出す。

 何も言わずに受け取り、口を付けたかと思ったら ゴクゴク と一気に飲み干したのでモニカと二人で唖然としてしまった。

 無言で俺の前に差し出されるコップに恐る恐るワインを注ぐと、今度は一口飲んだだけで口を離す。


「サラ?大丈夫?疲れたのなら先に休む?」


 何も答えず、ただ フルフル と首を横に振り焚き火を見つめ続けるサラ。そんなに疲れたのかと心配になり休むよう声をかけようかと思った時、サラの口から言葉が漏れた。


「あの男の子、まだ意識が戻らないわ。もしかしたら精神的疾患があるのかも知れない、そうなると私では治せないわ。あんな小さな子が平和だった村の悲惨な結末を見てしまったのですもの、心の殻に閉じ籠ってしまっても無理はないわよね」


 つまり俺と同じ状態って事か。じゃあ俺の時と同じ方法で性欲を目覚めさせて……って六歳かそこらの子供にそんな事出来ないし、モニカ達にそんな事をさせたくもない。って言うか十五歳の俺と六歳の子供が同じ状態って、俺はどれだけ精神的に弱いんだって話だよな……。



 夕食が出来上がったと、テントの中のコレットさんを呼びに行ったモニカは三人で戻ってきた。どうやらシスターさんはご飯を食べられる程度には大丈夫なようだ。見つけた時には頭から血を流していたが、それもサラの魔法ですっかり治ったようでそんな面影は微塵も見えない。


 モニカに促されて火の側に座ると、コレットさんが渡したお椀を受け取りスプーンで掬ってフーフーしている。そんな姿を見ると大丈夫なのだと改めて安心する。

 俺達もお椀を貰って食べ始めると、もう食べ終わったのか、フゥ〜ッと一息吐くシスターさん。


「食べられるならもっと食べてください。そしたらまた休むといい。明日には近くの町にでも送って行きますよ」


 何も言わず頷いたシスターさんはコレットさんを手で制し、自分で鍋からお代わりを掬うとまた食べ始めた。

 六回もお代わりをされたので明日の朝の分が無くなってしまったが、まぁ食べられる元気があればいいやと納得したところに発せられた驚きの一言。


「ぷふぅ〜。久しぶりのまともなご飯だったのでついガッついてしまいました、ゴメンちゃい。ほら、こんな田舎の村なもんで来る人なんて限られてるからシスターなんて儲からないでしょ?故郷ってだけでこんな村に舞い戻った私が馬鹿でした。

 最近は食うに困って水だけの生活が何日も続いてましてね、草を食べるとお腹壊すしそろそろ死ぬかなと思ったところにこんな美味しいご飯をご馳走になるなんて、女神様は私を見放して無かった!感謝感激ありがとうございます。

 ところでお兄さん、食欲が満たされたら他の欲が疼きます。今晩私と一緒にめくるめく夢の世界を旅しませんか?」


 若干エレナが思い出させられる人だと思ってたらコレットさんに変身した……この人はなんなんだ?故郷を失って落ち込んでいるよりかは幾分マシに思えるが、少しばかり元気があり過ぎるような気もする。

 夜のお誘いは丁重にお断りするとカクッと項垂れたがすぐに復活していた……個性的なシスターさんだな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る