47.怒れる者達
自分がなるかも知れなかった末路に唖然とし、消えた腕と仲間の叫び声に目を奪われたジェイアスを「邪魔だっ!」と殴り飛ばす。
叫び続ける魔族にトドメを刺すことより何より先にやるべき事がある。はち切れんばかりに膨らんだ黒い感情を我慢しつつ腕無し女の前に倒れている愛しい者へと全力で向かった。
「グブッ……」
力の限り叫ぶ事で息を吐き切った腹に肩から体当たりで打つかり邪魔な存在を弾き飛ばして遠ざけると、やっとの思いでノアを腕の中に収めた。
もう離さないとばかりに ギュッ と力強く抱きしめると、顔を埋めたキツネ耳の間から太陽の匂いがして大切な者が再び自分の手の中に戻ったのを実感する。
「んっ!レイ様、痛いっ……」
そんな事をしながらもノアを手にした瞬間には地を蹴っており、未だ動かないミアの元へと到着した。名残惜しくもノアから手を離すと、銀狼姿のミアを抱き起こし容態を確認したところで彼女が光に包まれた。
「ノアの場所、もらった」
獣人化したミアの腕は地面を滑った際に付いた擦り傷だらけで痛々しい。それでも、そんな事を気にもかけずに俺の頬を両手で掴み、隣から覗き込むノアへと挑発するような視線を送ってくる。
怪我も碌にした事ないだろうに案外平気だなと微笑ましく思っていると、ミアが顔を寄せキスをして来た。それを見たノアは目を丸くし「だめーっ!」と叫び声ながら飛び付いて来るので勢い余って尻餅をついてしまう。
「ツィアーナァァっ!?」
じゃれ付く二人に頬を寄せ二人を同時に抱きしめたとき、空高くから降り注いだ一人の男の叫び。
腕が無いままに地面に倒れこんで起き上がれずに踠いていたツィアーナだったが、手斧を振りかぶり空から降ってくるジェルフォを視認するなり魔法を使いその場を離れる。
土煙と共に振り下ろされた手斧が地面を割るが、そんな物は御構い無しに立ち上がると、フラフラとしながらも顔色悪くどうにか立っているツィアーナへと怒りをぶつけた。
「ツィアーナ、何故だ!」
「くっ……何故も何も、貴方とはただの時間つぶし、遊びの一環だっただけ、よ」
「嘘を付け!あの時のお前は本気だった!それが分からぬ俺だとでも思っているのか!?何故俺を裏切る?何故俺への愛を無かった事にするんだっ!ツィアーナっ!答えろ!!!」
「ふっ、ふふふ……ジェルフォ。遊びの時間は終わりなのよ、私の邪魔をしようとするならば貴方といえども殺すわ。覚悟はいい?」
シュィィィィィィンッ
屋敷の門を突き抜け黒い物体が高速で近寄ってくると、そこから一本の黄色い弾丸が撃ち出される。黒い手袋から漏れる黄色い光が尾を引き、迷いなく疾るティナはツィアーナへ肉薄するとその拳で持って腹を抉った。
「ぐぅぅっ!!」
再び飛ばされるツィアーナを吹っ飛ばしたティナ自身が追いかけようとしたとき、間にジェルフォが入り、叫びながらも彼女を追いかけていく。
「待ってくれ!ツィアーナは私がっ!」
急ブレーキをかけて立ち止まったティナの目の前にツィアーナとジェルフォの二人だけを取り囲むように半円状の透明な壁が形成されると同時に、この隙にと逃亡を図ろうとしていたジェイアスを逃すまいと大きめの結界が張られた。
「チッ!」
自分が閉じ込められた事を認識したジェイアスに向け、土煙をあげつつ横滑りしながら急停車した魔導車から飛び出した者がいる。
色の薄い金の髪を靡かせ疾走しながら両手で長めのダガーを引き抜くと、自らが張った結界を透過し目標に攻め寄り、舞うように斬りかかった。
ジェイアスもそこは流石の上級魔族、腰に刺した細身の剣一本だけでは耐えきれないと判断し風魔法で一本の棒を作り出して二刀流で構えるとリリィの素早い剣撃を捌いていく。
「軽いなっ、それじゃあ俺は倒せ……っ!!」
無駄口を叩くなと言わんばかりに加速したリリィの剣について行けなくなったのか、手数が足りずジェイアスの腕に浅いながらも傷が入り赤い血が宙を舞う。
更に加速しつつ上下左右から緩急付けて襲いかかる双剣に対応しきれなくなり剣の腕では勝てぬと判断するや否や、剣撃を受けつつ魔力を練り上げると間髪入れずにリリィに向けて解き放った。
だが、リリィは剣の腕も素晴らしいの一言だが
自ら起こした爆炎の合間からリリィの後退を見て不審に思ったジェイアスだったが、すぐにその意味を知る事となった。
「なにっ!?」
慌てて作った五本の風の槍を放つと向かって来る一メートルほどの水蛇から逃れようと回避行動をとる。しかし、対する水蛇はそれを嘲笑うかのように、放たれた風槍の上を這うように螺旋状に回転しながら難なく躱すと逃げるジェイアスを追いかけ突き進む。
ならばと振り下ろした剣に真っ二つにされた水蛇はジェイアスの脇を左右に分かれて後方へと飛んで行った。
「!!!」
その直後、豆粒ほどの火球が次々と空中に現れジェイアスに向けて飛んで行く。それを作り出したのはサラだ、飛び退いて躱すが残念ながら威力を見誤っている。
「くぅっ!」
内に秘めた魔力を地面に接触すると同時に解き放たった火球は付近の地面をごっそり抉るほどの爆発を起こして吹き飛ばすと、すぐに次の火球が倒れ込んだジェイアスに向けて襲いかかって行く。
無理矢理体を捻り火球を見据えると、その威力を見越して三メートルは有ろうかという大きな火球を作り出すと迫るサラの火球にぶつけて相殺を計った。
しかしぶつかり合った一センチと三メートルの火球は一瞬の均衡を見せて空中で押し合う形で止まったかのように見えたが、次の瞬間にはジェイアスが作り出した火球はサラの火球と接触した場所を起点に崩壊する。
「馬鹿なっ……」
それを目の当たりにすると、慌てて剣を構えて自分の火球を突き抜けて来たサラの火球を斬り割くが、そんな事をすれば爆発に塗れるのは必須。直接魔力を使いレジストするという高等な魔力の使い方をしながら後退しつつ爆発点から距離を取る。
飛び退き逃げ続けながらも水と風の混合魔法で魔力の壁を作り威力を相殺しようとするが次々と襲いかかる火球に対応しきれずに、火球の爆発の威力に苛まれ傷は増えて行くばかり。
そんな状況でジェイアスの背後を狙いすまして二匹の水蛇が襲いかかるのだから奴からしてみれば堪ったものでは無いだろう。
「ぐぁぁぁっ!……クソがぁ!!!」
崩れた体勢で同時に襲いかかる水蛇の一匹を再び剣で真っ二つにすると、それぞれが独立した二つの水蛇となる様子を目を見開いて見届けた時、襲いかかるもう一匹がジェイアスの肩を抉り取った。
「ぅああああぁぁぁっ!!」
間髪入れずに叩き込まれる火球、避ける事が出来ずにいたジェイアスの足元に炸裂し爆発すると大きく飛ばされ地面の上で数度跳ねて止まった。
爆発をモロに食らい膝から下が無くなった片足を押さえて地面に転がるが、悶え苦しんでいる所に轟音を伴った太い雷撃がトドメとばかりに落ちて来ると、昼間だというのに辺り一帯を眩しい光で照らし、それを最後に場が静まった。
「ふんっ、物足りない。ストレスが発散しきれないわね。どうしてくれようかしら。ねぇ、レイ?」
その様子を ポカン と口を開けたまま眺めていたノアとミアを両脇に連れてジェイアスの元に歩き始めた俺にリリィの冷たい視線が突き立てられると、魔導車の脇に立ちユカに抱きつかれながらも呆然としているイオネの更に横にいるモニカとサラにも何か言いたげな視線を向けられる。
ノアとミアを手にしてすっかり黒い気持ちが無くなった俺は、内心ビクビクしながらも気にしないフリをして キリッ とした顔のままジェイアスを封じ込めるリリィの結界に手を添えた。
「アンタ、私を無視するとかいい度胸じゃない。後で覚えてなさいよ。昨日ついた嘘の分まで纏めて払って貰うからね」
小さく ビクッ として立ち止まった俺に、ノアミアが大丈夫かと見上げて来るが、顔だけは平静を保ち キリッ としたままでいられたので俺としては褒めてもらいたい心境だ。
再び歩き出すと黒焦げと言っても良いほどに汚れ、傷付き、焼け焦げたジェイアスの横に立って上から見下ろすと『ご愁傷様』と俺の代わりにサンドバッグにされた哀れな魔族を見下ろした。
「謝るなら今のうちだぞ?」
不意打ちでも狙っていたのか予測通り意識はあったようで、パチリと目を開いたジェイアスは文句の一つでも言おうと口を開いたところで咳き込み、赤黒い血を吐き出す。
その様子に目を逸らし顔を押し付けてくる二人の姿に、自分が離れたくないという我が儘な理由でこっちまで連れてきてしまった事を少しだけ後悔した。
「ガハッ!ゴフッゴフゴフッ、ハァハァハァ……クソ、が。まさかお前の女にヤラレるとは、俺も地に落ちたな。こんなことならお前など放って置いてさっさと帰るんだったよ。
まぁ……いい。何をしたかは知らないが魔族の全てに狙われてるんだ、どっちにしてもお前の命も僅かなものだろう、クククッ。精々余生を楽しむといい、アーーーハッハハハハハハッ」
喋っている途中から準備しているのは分かっていた。奴の魔力全てが体の中心の一点に凝縮され捨て台詞の終わりと共に爆発を迎えようとしている。俺達を道連れにして魔力の暴走による自爆をしようというのだろう。
だがそんなモノをもらってやるほど魔族に対して、ましてや過激派に対して優しくはなれない。
再び虚無の魔力を解放すると、向こう側へと引き摺り込もうとする闇の声が頭に響き渡る。
俺はまた怒りに任せてこの力を解放してしまった。感情を抑えるための訓練をしなくてはと思いつつも何度も何度も怒りに任せて行動してしまっているのは自分でもよく分かっている。今回はティリッジでのように失態を犯すことなくノアとミアのおかげで平静を取り戻す事が出来た。だがいつまでもこのままではダメだな……。
反省しつつ、頭に響く闇の声に負けないように二人を抱く腕に力を込めると「何?」と二人同時に見上げて来るので言葉無く微笑み返しておく。
それと同時に奴の魔力は臨界点を超えて光を放ち始める。爆発寸前のところで黒い霧を発生させると不敵に笑い続けるジェイアスを繭のように包み込み、それが スーッ と縮んで行くと爆発はおろか、奴がいた痕跡すら残さずにこの世から消え去った。
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