48.それぞれの判決
「ジェルフォ……」
「彼女は俺の手で弔ってやりたい。構わないだろうか?」
グッタリとしたツィアーナを抱きかかえたジェルフォは俯いたままで表情を見せる事はなく、この場にいる全ての人の集まる場所まで力無く歩いて来ると俺にそう告げた。愛する者を自分の手にかける気持ちは分からないし、分かりたくもないが想像する事なら出来る。愛する者を失う辛さは身に染みている分、今はかける言葉が見つからず、イオネに視線を向けるとコクリと頷いた。
「ならば庭の隅に墓を作るがいい。彼女はこの屋敷に住む者全員の良き医者として十二分に働いてくれた。時に怪我をした者を手当てし、時には良き相談相手として皆の悩みを聞き心の治療まで行ってくれていたのだ。このような事になってしまい本当に残念だが、皆が慕うツィアーナには未来永劫この屋敷いてもらいたい。
私の最期の我が儘を聞いていただけませんか?イオネ姫様」
「良いだろう。その者には密売への関与が疑われているが死んでしまっては罪は償えぬ。それに貴様の申し入れの通りの働きをしていたのであればこの屋敷に住む獣人、人間の友好のための働きを認め罪を相殺してもよかろう。
だが、すまんが今しばらくそのままでいてくれ」
本当にすまなさそうな顔で表情を見せないジェルフォに語り終わると キリッ とした王女の顔に変わった。するとそれを察した先程到着したばかりのこの町の治安維持を任される騎士隊長ヴァレイフとその部下である衛兵達が足音を立てて姿勢を正す。
「今回の獣人密売事件の判決を言い渡す。
まず今回の首謀者と思われるジェイアス・ルズコート、奴は魔族であった。そして今しがたのツィアーナ女史についても同じく魔族。つまりこの件は魔族による組織的な密売だったことが濃厚である。これに関してはサルグレッド王国の協力を得つつ追って調査を進めると共に組織瓦解に尽力を尽くすものとする。
次にパーニョンの統治者フラース・エルコジモ男爵、密売と知りながらも己の欲望に負け密売人に金を支払い続けて密売を助長するに伴い罪もない多くの獣人達の人生を狂わせる手助けをしてきた罪は計り知れない。よって爵位は剥奪し極刑に処すものとする。以後、パーニョンは次の領主が決まるまではオーキュスト家が管理するものとする」
青を通り越して血の気のない土色の顔になった男爵は膝から崩れ落ちた。
その様子に慌てて手を差し伸べる屋敷の住人達。奴隷も獣人も数少ない使用人も含めて皆一様に男爵の心配をして視線を落とした。
「なんでだ、何でだよ……男爵様は良いお方だっ。男爵様がいなければ我々は今を生きてはいなかった!」
「そうよ、みんなで楽しく暮らしてたのにご主人様がいなくなったら私達はどうなるの?」
「ご主人様みたいな優しい方を処刑するなんてあんまりだぞっ!」
その中の一人が不平を漏らすとその男に続くように次々と自分の思いを漏らし始める。だがこの地域の統括貴族であるオーキュスト家の決定は絶対だ。
判決が下ったと判断したヴァレイフは部下である衛兵達に男爵の捕縛指示を出すと三人の衛兵が動き出したのだが……
「旦那様は渡さない」
一人の獣人が両手を広げてその前に立ち塞がると、一人また一人と人の壁が増えていく。
「判決は下されたのだ、そこを退いてくれ」
「退かないと君達も罪に問われることとなるぞ」
だがそれでも頑として動こうとはせずどんどん人数が増えて行くので衛兵達も負けじと全員が動き出し、屋敷の人間と衛兵達との睨み合いが始まってしまった。
これは不味いとヴァレイフが間に入った時、住人達の壁の奥から力無い声が聞こえて来る。
「もう良い、皆、もう止めるのだ。罪を犯したのは事実、ならば裁かれるのも仕方の無いことなのだ。そんな私の為に皆に罪を負わせる訳には行かぬ。ヴァレイフ、屋敷の者には手を出さないでくれ、私だけを連れて行くがよい」
重き足取りでヴァレイフへと向かうエルコジモ男爵、戸惑いながらも仕事を遂行しようとヴァレイフが男爵へと手を伸ばしたとき、その様子を微笑みながら黙って見ていたイオネは機は熟したとばかりに言葉を紡ぐ。
「ヴァレイフ、仕事熱心なのは良いが早とちりは良くないな。お前はもう少しゆとりと言うものを学んだ方が良い、そうは思わないか?サラ」
クスクス笑うサラの笑顔に真っ赤になるヴァレイフの肩に手を置くと、何も言わずに頭を下げたまま一歩身を退いた。それはサラに笑われた事もあるだろうが、同時に町の門でサラに驚いた時に晒した醜態を指摘されたからだろう。
「私の判決はまだ終わりではない。ヴァレイフには悪いが君達を試す為に生贄になってもらった。
フラース・エルコジモ男爵、貴様の罪は先程告げた通りだ。
だが貴様はこの屋敷に沢山の獣人を買い入れるだけでなく、沢山の奴隷達をも買い入れた。その行いはこの町の奴隷の雇用を促進させるだけでなく、パーニョン奴隷商会から売り出される奴隷の存在価値を引き上げ、彼等の身分向上に繋がっている。
また、この屋敷で沢山の獣人と奴隷とが暮らすことにより人間と獣人とが主従関係ではなく共存出来るモノなのだと示してくれた。これは現在奴隷どころかペットとして見られることの多い獣人の身分を向上させる大きな一歩だと私は判断している。
以上の事からイオネ・オーキュストの名においてフラース・エルコジモ男爵の罪を執行するのに条件付きで猶予を与える。
一つ、自らの意思での獣人の購入の一切を禁ずる。ただし、他者からの申し出があり獣人を購入せざるを得ない時はオーキュスト家に申請書を提出し許可を得れば認めるものとする。
一つ、今後も獣人や奴隷と共に在り、信頼関係を築き続ける事。
一つ、獣人が自らの意思で屋敷を去ろうとする際はそれを引き留めない事。
一つ、獣人、奴隷の売却はしない事。
貴様は私が羨むほどに屋敷の住人に慕われている、以上四点を守り今の生活を続けるが良い。ただし猶予期間は貴様が死ぬまでだ、一度でも約束を違えれば、即、首が飛ぶと心するがいい」
判決を聞いた男爵は涙を流しながらその場で平伏して「しかと心に留めました」と震える声で、だがはっきりと自分の意思を告げると、それを皮切りに屋敷の人間達から大きな歓声が上がった。
するとそれに相対していた衛兵達からも拍手が巻き起こる。彼等も別に屋敷の人間と敵対したくて相対していたのではない、彼等はただ自分の仕事をこなしていたに過ぎないのだ。
イオネが大きく手をかざすと歓声も拍手もピタリと止まり、その場にいる全員が彼女の言葉に耳を傾けた。
「最後に販売者側のパーニョン奴隷商会所長バスチアス・プレナフィエタ。今回の事件の鍵となる薬物の管理不備、これが無ければ獣人の記憶すり替えなどという非人道極まりないことは起きなかった。この手法が確立されたことは今後の獣人管理に大きな影響を与えることであり私の手に余る案件となってしまった。よってサルグレッド王国の司法判決を待つが良い。
ただし、貴殿が心血を注いで行ってきた奴隷の立場向上に対する貢献は目を見張るものがあり、この町の発展にも多大な影響を与えてきたのは周知の事実である。つまり貴殿は今後も、この町にとっても奴隷業界にとっても必要な人物だと認識している。
よってこの私、イオネ・オーキュストの名を持ってサルグレッド王国司法長官に対して恩赦を要求することを約束しよう。
以上が今回の獣人密売に関する判決だ、解散っ」
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