49.反省だけなら……
「この場所で良かったのか?」
庭の隅にひっそりと建てられた真新しい墓に一人で手を合わせて祈りを捧げる男の姿がある。微動だにしない茶髪の大男はそこに眠る人と何を話しているのだろう。
しばらく待っても返事が無く、今は二人の時間をと思いノアの背中を押して踵を返した時、彼は スッ と立ち上がった。
「ハーキース卿、貴方が旅をしているという話を聞いた。私程度の実力では魔族相手に足手まといとなるかもしれないが、それを承知でお願いしたい。貴方の旅に私もお供させてもらえないだろうか?」
“旅” という言葉に反応し俺の腕を掴む手に キュッ と力が込められる。ノアも俺と別れるのを意識し、それを嫌だと感じてくれている。つまり俺と一緒に居たいという意思の表れ、そう考えると嬉しくなり頬が緩んだ。
「お前が一緒に来なくても泣いている獣人がいたら助けてやるぞ?お前はそんなに若くはない。無理して俺に付いてくるよりここでツィアーナと過ごした方が幸せなんじゃないか?」
「お気遣いありがとうございます。しかし私は目的があって大森林を出ました。恥ずかしながら出てすぐのところで人間に捕獲されるという人生最大の失態を犯しましたがね。
それはさて置き、私はある方を探しています。ですがこの人間世界で獣人が一人で旅をするとどうなるのかは骨身に沁みました。身勝手なお願いで本当に申し訳ないのですが、私の飼い主になっては頂けませんか?貴方に付いて旅をすれば要らない争いは避けられる上に私の目的も果たせる可能性が高くなる、私にとっては都合が良い事この上ないのです」
別にジェルフォが付いて来たいと言うのなら来ても構わない。だがまた人数が増えると俺の魔導車じゃあ移動出来なくなるなぁ。今のメンバーである十人に加えてノアも連れて行くつもりだし、もしかしてミアも来るって言うのか?ジェルフォを入れると十三人、まぁ賑やかでいいんだけど、これは魔導車をもう一台増やすことも考えるか。
「貴方の探し人はもうすぐ現れる」
どこに行っていたのかは知らないが、そんな事を口にしながらひょっこり戻って来たミア。探し人が現れるとか占い師にでもなったつもりか?
「ミア殿、それは一体……」
「それについては私から説明しよう」
ミアに続いて現れたのは他ならぬエルコジモ男爵だった。その疲れ切った顔は今朝見た時とは違いたった半日でやつれたように思える。即日処刑は免れたものの密売が明るみになったのは、それほどまでに彼の精神を追い詰めたのだろうな。次は首が飛ぶ事になるのでこれに懲りて二度と密売に手を染めない事を祈るよ。
「ジェルフォ、君が探しているというのはアリシアという名前の獣人じゃないのか?」
「なっ!何故それを知っている!?」
不思議そうな顔を僅かに横に倒したノア、俺のノアはそんな仕草も超可愛いっ!
確信を得られて深い溜息を吐くと、ミアと視線を合わせた男爵は済まなさそうにジェルフォに語り始める。
「これが運命というのならそれを決めた神という存在は酷な事をされる方なのだろうな……君の探しているアリシアは、君がこの屋敷に来てすぐに屋敷を出たのだ。
あの時、私はアングヒルで行われた上流階級限定のオークションに行っていた。目的はオークションの出品締め切り間際に捕まったという白ウサギの獣人、当時この屋敷にいたアリシアの娘の可能性があったのでなんとしてでも手に入れたかったのだ。
結果、資金面で競り負けた私はその娘を手に入れる事が出来無かった。そこで悔しくなりその前に行われた競りに出されていたジェルフォ、お前をルホニュスから譲り受けて帰ったのだ。
屋敷に帰るとすぐに獣人の娘を連れた一人の老紳士が私を訪ねて来た。彼は何故か私の密売の事を事細かに知っていてね、脅されたんだよ。
だが不思議な事に脅して来た割には破格の交換条件を持ち出してきた。その内容というのが当時屋敷に居たアリシアと、その男の連れて来たミアとの交換だった。
白ウサギのアリシアは文句無しのSSランク、それと若くて美しい娘で更に銀狼という滅多に出回らない種別でSランクは間違いないミアとの交換応じれば密売の事を黙っておいてやると言うあり得ない好条件に二つ返事でOKすると、その男のはアリシアを連れて行ったのだ。
その時はまだ屋敷に来たばかりで落ち着きがなかったジェルフォは特別室に居てアリシアとは顔を合わせる事が無かった、という訳だ。
君が獣人の国で近衛隊長だった筈だとミアから聞かされた時にはまさかとは思ったが、知らなかったとはいえ済まなかった」
愕然とするジェルフォは言葉が出ない程にショックを受けたようだ。だが聞いてる限りそんなに落ち込む事ではなく、寧ろ手がかりが掴めたと喜ぶべきではないだろうか。
「ミア、そのウサギの獣人に……いや、ジェルフォがアリシアに会えるとはどういうことなんだ?」
「私は案内役、貴方をそのアリシアの元へと導くのが仕事」
「ミア殿!?アリシア様の居場所をご存知なのですか!!是非っ!是非、私をその場所に連れて行ってもらいたい!お願いします!どうかこの通りですっ、お願いします!」
小さなミアに跪き手を握って懇願する大きなジェルフォ。彼の必死さは俺にまで伝わって来るが、ミアの切れ長の目はそれを受け流すように冷たい視線で見つめ返している。
「それは、無理」
「何故ですかっ!さっきはもうすぐ会えると……」
「連れて行くのは彼一人だけ、貴方は無理」
「それはつまり、俺が行って連れて帰って来いって事か?」
「……そう」
どこか寂しげな目で俺を見るが言葉少ない彼女の思考を読み取る事は出来なかった。俺を呼び込むための罠とも取れるミアのお誘い、ミアが俺を嵌めるなど考えられないし、考えたくもないが、例え罠だったとしても俺に選択肢は無いのだろう。
「そこまでどれくらいかかるんだ?遠いのか?」
「魔導車で一日ちょっと、明日の夕方には着く」
ミアの中では今から出る事になっているのか。また一人で出かけるとか言ったら……ボコられそうだな。
それにしてもそんな前から俺がここに来る事が分かっていたってどういう事だ?老紳士と言えば奴しか思い浮かばない上にこの町に誘い込んだのも奴だ、十中八九間違いは無いだろう。
人間の味方をするアリサの叔父、過激派魔族を束ねる役目を負いながら奴もまた人間に肩入れしているのか?それとも別の何かが……?
恐らくアリシアは随分昔に攫われたというエレナの母なのだろう、彼女を餌に呼び出した先には一体何があるというのだろうか……。
▲▼▲▼
ジェルフォには諦めてもらい、ここで大人しく待つ事に納得してもらうと、今後の予定を伝える為にみんなの元へと戻ると何故か知らないがティナとリリィが戦っていた。
「なんでこんな所で鍛錬してるの?」
観戦していたのは雪を膝の上に乗せて開け放たれた魔導車の入り口に座るモニカと、停められた魔導車の横に立つサラ、ユカがへばりついたままにその隣に立つイオネだった。
それにいつのまにか戻って来ていたアルとクロエさんがエアロライダーにもたれて真剣な眼差しで二人を見ているが、俺が声をかけるとアルが振り向いた。
「また魔族と殺り合ったんだって?何で俺の居ない間にそんな楽しそうな事してやがるんだよ。お前と一緒の方がトラブルが多くていいな」
「俺が問題を引き込んでいるみたいに言うなよ、狩りはどうだったんだ?」
「つまらんかったな、もう俺でも苦戦するレベルの依頼など無かったよ。こっちに残ってた方がと後悔してる」
そうしている間にもティナとリリィとの攻防は続き、見ている限りティナが押しているような感じだ。双剣から繰り出される素早く、かつ数の多い剣撃をリーチは短いが手返しの早い拳で叩き返している。リーチの差がなければティナに軍配が上がっているほどの打撃の多さは以前までの彼女からは考えられないほどに強くなっている事を物語っていた。
与えられた武器に魔法、それを使いこなすセンス、そして彼女の最大の強みであるたゆまぬ努力が結晶と化し磨かれている。双剣しか使ってないとはいえリリィを超えようとしている姿からはメンバー最弱などとはとても言えないだろう。
「ティナ、強くなったな」
「そうね、誰かさんに褒めてもらいたくてずっと努力して来たのよ。けど肝心の人はよそ見ばかりでちっとも見てくれないと剥れてたわ?たまにはちゃんと褒めてあげてね、じゃないと今みたいに何日か鍛錬が出来ないだけで不安になって、そのうち爆発しちゃうかもしれないわよ?ティナが大切ならそういう気を遣うこともしないと……ね。大切なモノが多いとそれだけ大変なのよ?」
キツく怒鳴り散らされるのも堪えるが、サラのように柔らかく言われる方がより身に染み込み心へと刺さる。
ティナが努力をしている事は知っていた、けどそれだけだった。
別に強くなれと言った訳では無いが、それでも異常なまでに強くなってしまった俺の役に立ちたいと彼女なりの考えから、つまり俺への想いからの行動。それに対して “ちゃんと見てる” というアピールくらいは最低でも必要だったのだろう。
それはティナだけではなくみんな同じなのだと思う。努力している姿は見せないがいつのまにか皆が強くなっている。もう少しちゃんと自分の愛する者の姿を見ないとそのうち愛想を尽かされるのかもしれないな……。
「反省したのなら後は行動に移すだけよ?」
「はい、すみませんでした」
素直に頭を下げるとポンポンと叩かれた。顔を上げるといつも通りのサラの笑顔があり安心する。モニカも雪も俺を見てクスリと笑っていた。こうして簡単に許してもらえるから俺の中で油断が生まれ、好き勝手してしまうのだろうな、反省しなくては……反省だけなら猿でも出来る、か。
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