50.それぞれの決断
「ここでのやる事は終わったと思う。みんなはアンシェルに戻るよな?」
「みんなは……?お兄ちゃんは帰らないの?」
「すまん、怒られたばかりでまたみんなをほっぽり出して申し訳ないんだが、一人で来いと呼び出しがあったんだ。
みんなはエレナの母親が行方不明だと知っているよな?もしかしたらその人が捕まっているかもしれないから、行って会ってくるよ。けど、人違いや連れて帰れない事情が出来るかも知れない。エレナがどう思っているのか分からないが、ぬか喜びはさせたく無いからこの事は黙っていてくれないか?」
「ハーキース卿、今のお話だとアリシア様にお子様がおられるのですか?その方とお会いする事はお許しいただけますか?」
俺達のやり取りを黙って聞いていたジェルフォが冷静に振舞いながらも驚きの声をあげるので、振り向いてみるとエルコジモ男爵も目を見開いていた。
「男爵の買おうとしたオークションに出品された白ウサギの獣人は事情があって俺の元にいる。もちろん会うのは構わないがアリシアの子供かどうかは確信はないよ。ただ父親はライナーツという白ウサギだ、彼も俺の知り合いの元で生活している」
「ライナーツ!?そうですか、ならば間違いありません。そのエレナ様はアリシア様のお子様です。お願いします、私をエレナ様にお会いさせて下さい」
「さっきも言ったが会うのは構わない。でも俺が戻るまでアリシアの事は伏せておいてくれ、その約束は守ってくれるな?」
「承知しました」
話は付いたなとばかりにアルが立ち上がると俺の元に来て手を差し出してくる。何故今更握手するんだ?と不思議に思いつつも握り返すと イラッ とした顔で振り払うもんだからこっちまで イラッ とする。言いたいことがあるのなら口で言え!
「お前の手なぞ要らんっ。レイ、俺は考えた。お前の周りは俺とは比べ物にならないほどに強い人間に囲まれている。今の俺がお前の傍にいても何の役にも立てないのは俺自身が我慢ならない。
では、どうすれば俺は再びお前と肩を並べられる?どうすれば俺は強くなれる?ようやく一番の近道を見つけたよ。
俺は師匠の元に戻る。俺達が共に過ごした五年という修行ではなく、最後の一週間のような本気の修行、アレを続ければもしかしたらお前との差も埋まるのではないかと思うんだ。
師匠を口説くのは骨が折れるかもしれないが、それはなんとかする。だが世界最強の男につけてもらう本気の稽古ならば強さを得られる最大の近道だと確信している。
だから俺はここでお前と別れる、転移石を寄越せ」
フォルテア村で生活していた子供の頃から切磋琢磨して成長してきた俺とアルとリリィ。
ユリアーネの導きで師匠の元に行き、五年という歳月で己に秘めた力を開花させ強くなったリリィ。そこに、ルミアが施した封印が解かれて爆発的に強くなった俺はくすぶっていたアルをあっさりと追い越してしまい、一人だけ置いて行かれたような焦りを感じていたのかもしれない。
真剣な眼差しで見つめてくる紫紺の瞳の奥には本気で俺達に追い付く為の強い覚悟を秘めているのが産まれた時からの親友である俺には見て取れた。
「そんなこと言って、二人でラブラブしたいだけだろ?」
再びアルの手を握ると、激励のつもりで思い切り力を込めてやる。すると奴も俺の意思を汲んで握り返してくる。
口には出さない『頑張れよ』との意志表示、手を離しルミアに貰った転移石を二つ渡すとお互いに微笑みあった。
「そんなこと、言うまでも無いだろう?」
さっきとは違う ニヤリ とした笑いを浮かべたアルに何時もの眠たげな目をしたクロエさんが寄り添うと二人が光に包まれる。
そのときアルが親指を立てて来るので、同じように返すと、クロエさんはベーっと舌を出して来たので『この人は……』と思ったのだが、それを最後に光が強くなり、一瞬の後には二人の姿は消えていた。
みんなはアンシェルのオーキュスト家へと帰る。エレナに会うため、また、来るかどうかも分からないアリシアを待つためにジェルフォも付いて行く。
俺はミアの案内で出かけることになった。
──じゃぁ……
「レイ様……もう行ってしまわれるのですね」
「そうだな、行かなきゃいけないらしい。それでなノア、お前も俺達と一緒に来ないか?俺が居ないとみんなと居辛いのなら……」
一歩離れて立つノアは寂しそうな顔で首を振る。なんだ?まさかここにずっと居るつもりなのか?
「レイ様は仰いました。この屋敷に居る間はノアはレイ様のモノだ、と。でもレイ様は帰る時間が来てしまわれました。レイ様がこの屋敷を去るのであればノアはレイ様のモノでは無くなります。
レイ様、この三日間ノアはとても幸せな気持ちで過ごせました。本当に、本当に幸せで、自分が自分で無くなってしまったような夢見心地でした。なんの取り柄も無いただのキツネの獣人である私なんかを気にかけて下さってありがとうございました。レイ様と過ごした時間はノアにとって一生の宝物です、大切な思い出です。
でも、その時間も終わり、お別れの時です。
私はこの屋敷でここにいるみんなと共に過ごします。レイ様はまた叱られないように愛する人を大切にしてあげてくださいね。
気が向いたら、また足を運んでください。私はその日を心待ちにして生きて行きます。
レイ様、お元気で。さようなら」
にっこりと今までよりもっと輝かしい笑顔で俺に微笑みかけるノア。確かにこの屋敷いる間は俺のペットだとは言った。けど!……けどそれで『はい、さようなら』とか言えるはずが無い。たった三日だったが、それでも俺の心に住み着いたノアという存在はすんなりと切り捨てられるような大きさには留まっていない。
「何カッコよく決めてるんだよ、下手な冗談言ってないでいいよ。そうだミア、ノアくらい一緒に行ってもいいだろう?」
助けを求めるようにミアに視線を向けるがミアは小さく首を横に振るのみで、助け舟を出してくれないことに焦りを覚える。
「レイ様、冗談でもなんでもありませんよ?大丈夫、気が向いたときに来てくださればいつでも顔は見えます。ご主人様がおいたしてこの屋敷が無くならなければですがね、あははっ。
レイ様、ペットを愛でるのはたまにだからこそ愛情が持てるのですよ?愛する人とは違い四六時中一緒にいたら鬱陶しくなるだけです、それがペットとの距離感なのですよ、ご存知ありませんでしたか?」
まるで冗談でも言うように笑うノアの姿に、今までのノアの気持ちが実は偽りだったのではなかったのかと一瞬だけ不安が頭を横切ったがそんな筈はない。ノアは真剣に俺の事を好きでいてくれたし、俺もそんなノアに惹かれて……
「ノア、お前はペットなんかじゃないっ!いい加減に……」
「レイ様、ノアはレイ様の事が好きです。大好きです。自分で自分の気持ちを押さえられないほどに、一秒でも傍を離れたく無い程に大大大好きなのです」
「だったら!」
その時、笑顔のままのノアの金の瞳に涙が湧き出し、みるみるうちに溜まって行く。それは、さして時間もかからずに溢れ出して頬を濡らすと、大粒の雨のようにポタポタと顎から落ちて行く。
「レイ様は大魔王を倒す勇者なのです。ちょこっと立ち寄ったごく普通の町で出会っただけの娘を連れて歩くなど、どんな物語を読んでもありはしません。
本当の事を言えば付いて行きたい。でも、ノアは町娘どころかただのキツネ、ペットなのです。勇者であるレイ様とは住む世界が違うのです。
それでも付いていけば、戦う力のないノアの事をきっとさっきみたいに守ってくださるでしょう。でもそれではノアはただの足手まとい、レイ様が成すべきことの足枷でしかない。
ノアはレイ様の邪魔はしたくない、だからここでお別れすると決めたのです」
「そんな事はお前が気にすることじゃないっ!お前が来たいと思うのなら来ればいいだろ?それを守ってやるくらいの力はあるつもりだ!」
「いい加減にしてくださいっ!!!!」
涙を溢れさせながらも叫んだノアの声に辺りがしんと静まり返った。聞こえるのはノアの小さな嗚咽のみ、その様子に自分の気持ちを押し殺そうとするノアに対して熱くなりかけていた俺の心も冷静さを取り戻して行く。
「レイ様にはレイ様のやる事があるのでしょう!?
それはレイ様にしか出来ない事なのでしょう!?
ノアは決めたのです。レイ様の邪魔はしない。だからここでお別れします。
お願い……ノアの決心を無駄にしないで……
でも……でもっ、レイ様のやる事が全て終わったのなら…………またいつか会いに来てくれる事を願っています。
ですから……その時までサヨナラです」
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