51.心の奥底

 目立つものは何も無い、背の低い草木が疎らに生えるだけの荒野。街道ですらない道なき道を砂埃を巻き上げながら失踪する真っ白なボディに跨る男と、その背中にしがみつく小柄な銀色の娘。


 モヤモヤした気持ちを全部吹き飛ばしたくてエアロライダーに標準装備されている走る時に展開される筈の風の幕をキャンセルして全身で風を浴びていれば、ほんの少しだけ気持ちが安らぐようにも感じる。


 面と向かって “サヨナラ” を告げたノアは泣きながら走り去ってしまい、その後に姿を見せる事はなかった。



──あれではどっちがフッたのか分かりゃしない



 あのままあの場所にいたらみんなの前で大泣きしそうだったので、ノアに置き去りにされ呆然とする俺の背中を押して屋敷を連れ出してくれたミアには感謝の一言に尽きる。



──ノアの考えは理解出来る、だが納得出来るものではなかった。



 かつての俺ならば弱く、守りたい者も守れないほどだったが今は違う!……と言いたいが何日か前に自分で自分の愛しい者達を殺してしまいかけた俺には自信を持って言う資格などありはしない。





 ミアに指示されるままにエアロライダーを走らせていると、背後からグリグリと頭を擦り付けられる。そこに生えた二つの耳が背中に当たる感触がなんとも言えずこそばゆい。そういえばお腹空いたな……。


 昼前に出てきた事もあり、感情のままにエアロライダーをぶっ飛ばしてしまったが昼飯を食べてないのはミアも同じ。何も無い場所なので適当な所でエアロライダーを停めると『どうしたの?』と覗き込んで来た。


「ごめん、自分の事しか考えてなかった。腹減ったろ?時間が時間だからな、オヤツがてら休憩しよう」


 不思議そうな顔で立っていたが、俺がエアロライダーを背に座り込んで手招きすると素直に隣にちょこんと座ったので、鞄に常備してあるオヤツ袋の中からクッキーを取り出すと手渡し、俺は水袋に口を付けた。


「ミア、ありがとな。おかげでみんなの前で泣かずにすんだ、助かったよ」


 返事の代わりに手を伸ばし、ヨシヨシと慰めるように頭を撫でると俺が持っていた水袋を奪い取って口を付ける。


「ミアを連れて来た男、レクシャサって名前だろ?何が目的なんだ?なんでミアは大人しく奴の言いなりになって男爵の所にいたんだ?」


 口いっぱいに水を頬張り膨らんだままに水袋を口から離したミア、そのままぶっかけられるのかと思いきや小さく数度に分けてコクコクと飲み込むと ホォッ と一息吐く。


「……内緒」


 今の溜めはなんだったんだ!と突っ込みたくなっが「そう」と言うだけに収めた。




 再びエアロライダーを駆ってひた走り、暗くなり始めた頃に、目立つ物が何も無かった荒野に生える一本の木が見えてきた。今日はここで寝るかと、木の横まで来てエアロライダーを停めると、なんだか寂しい感じのする枯れ果てた木だった。


 枯れていようがいまいが、木があろうがなかろうが、キャンプするのに何の問題もない。テントを張って食材を調達しに行くのであれば目印になるかも知れないがルミア特製鞄のある俺にはその必要も全くない。


 鞄から薪を取り出すと手早く火を付けつつ保冷庫を取り出すと「何それ?」とミアが覗きに来る。扉を開けて中に入っている食材を見せてやると驚いた顔をしていたので、得意げになり「肉を取ってくれ」と言えば触った瞬間に「冷たっ!」と手をひっこめたのでしてやったりと顔をニヤケさせた。


「はめられた」


 頬を膨らますミアは初めて見たがいつもの澄まし顔からは想像が付かない程に可愛らしく、思わず ギュッ としたくなる衝動にかられたので笑って誤魔化すと、ミア越しに食材を取り出し夕食の準備に取り掛かった。


 肉と野菜を拍子木切りにしフライパンで炒めるだけの簡単な料理、味付けは塩と胡椒にティリッジの屋台で買った《秘伝のたれ》なる各地の屋台で良く使われている良い匂いを漂わせる甘辛いタレで敢えて完了だ。

 後は《鶏ガラ》という鳥の骨を煮込んで出来た出汁を乾燥させて粉末にした超便利な物をお湯に解き、小さく角切りにした野菜と一緒に煮込んで塩で味を調えたら立派なスープの出来上がりだ。


「おいしい」


 ミアが料理が出来ると思っていなかったので勝手に作ったが、俺が作った料理が想像より遥かに素晴らしかったようで、恐る恐る口を付けたくせにスープを一口口にした途端にピンと立っていた銀色の尻尾を振りつつ意外そうな顔で褒めてくれた。


「普段はやってくれる人がいるからやらないけど、これでも冒険者なんだから一通りなんでもやるんだぜ?」


 そう言いつつ取り皿に入れた肉炒めも手渡すと、それを口にして綻んだミアの笑顔を見ながら俺も同じ物を口に入れた。


「んっ!自分で言うのもなんだが美味いな、コレ」

「うん、文句無し」




 食事を終えるとテントを一つ出して中の状態をチェックするとミアに入ってみろと勧めた。


「どうだ?凄いだろ?俺様自慢のテントだ、よく寝れる筈だから寝てていいぞ?」


 テントに入り敷いてある布団を物色したミアは、再び入り口から顔を出すと『何これ』と若干の焦りの混じった驚いた顔をしてくれたので俺としては大満足。


 言われた通り再び頭を引っ込めたので俺は食器とフライパンの片付けをしてスープを火から降ろすと、火の前に腰を降ろし今まで一人の時には飲まなかったワインを取り出して栓を開けた。


 ゆらゆらと自由に姿を変える火を見ながらチビチビとグラスに入った赤紫の液体に口を付ける。空を見上げれば今にも降り注ぎそうな程の満天の星空、“人は死ぬとお星様になる” 昔聞かされた言葉を思い出した。



──じゃあ、ユリアーネも星になれたのか?



 ありもしないことだとは分かっているが、何となくそれを信じてみたい気分になり、グラスを置くと白結氣を手に取り鞘から引き抜いた。焚き火の炎しかない夜闇の中で仄かに白い光を帯びる刀身は何度見ても綺麗の一言に尽きる。



──そういえば一人の夜って久しぶりだな



 いつも誰かと夜を共にして来た。それは俺が望んだ生活なのだが、たまにはこうして一人というのも良いものかもしれない。

 特にこんなモヤモヤした気持ちの時は……。


「よしっ、たまには踊ろうぜ、ユリアーネ」


 朔羅を鞘ごと抜くと『ちょっとだけゴメン』と心の中で謝り、柄頭にぶら下がる精霊石にキスをしてから焚き火の側に置いた。


 白結氣を片手に歩き出し焚き火から少し離れるとそこはもう星の光が降り注ぐだけの暗闇の世界。

 一度目を瞑り心を落ち着けようとするとノアの笑顔が浮かんで来て スーッ とゆっくり消えて行く。一筋の涙が頬を濡らし、そんな自分を自分で笑いたくなったが、それよりも今はユリアーネと踊る事に集中しようと目を開き、白結氣の柔らかな光を見て気持ちを落ち着けた。



 微かな光の尾を引きながら白結氣が宙を滑るように舞う。ある時はそれと共に、ある時はそれとは別に、俺も暗闇の中で思うがまま感じるがままに師匠から教わった剣の型に沿って身体を動かして行く。


 強く、弱く、激しく、静かに、鋭く、柔らかく、速く、ゆっくりと……


 どらくらいそうしていたのかはよく分からない。何も考えずにただ白結氣と踊り続け、身体が火照り気分が高揚してきたところで満足している自分に気が付き、最後にと、踊りを続けざまに納刀して腰を ググッ と落とし右足を大きく踏み出すと、左手に持った鞘から勢いよく抜刀した。



 俺の一番好きな技、抜刀術で振り抜いた姿勢のまま白結氣との舞の余韻に浸っていると小さな拍手が聞こえて来る。


 立ち上がりざまに白結氣を仕舞って振り向けば、頭に三角を二つ乗せた小さな人影が焚き火を背にしてこっちを見ていた。


「なんだよ、起きてたのか?」


 誰もいない静かな荒野、少しくらい離れていても声など届く。

 ミアの立つ焚き火の方へ向かいながら『そういえば人に見られたのは初めてだ』と少しばかり小っ恥ずかしくなる。


「待ってた。でもなかなか来ないから見に来たら、キラキラ踊ってた」


「寝てて良いって言ったろ?誰かが見張りしなきゃ不用心だ。俺は外で寝るからミアはテントで寝ていいぞ。ほら、また明日も走らなきゃ行けないんだろ?ちゃんと寝ないとしんどいぞ?」


「うそ」


「ん?何がだ?」


「見張りなんてうそ、一人になりたいだけ」


 心の中を見透かされた感じがしてドキリとしたが、一部始終を見たミアからすれば考えるまでもなく分かることだろう。分かっているのなら今日くらいそっとしておいてもらいたい、というのが本音だな。


「ノアは好き、でも私は嫌い?」

「お前、またそれを……」

「ノアの代わりは出来ない、でも鬱憤を晴らす為の捌け口にはなれる」

「……何が言いたいんだ?」

「貴方は何も考えなくて良い。ただ欲望のままに私を好きにして、それが私の望み」

「馬鹿を言うなよ、そんなこと出来るわけないだろう?いいから早く寝ろよ」


「そう」と言ったミアの手が俺の胸に当てられるとゾクリと違和感を感じ、触れた手を中心として波紋のように薄い黒色をした波が俺の体を包み込んで行く。この感じは闇の魔力、だがダンジョンでザラームハロスが使った闇魔法とは違い悪意はまったく感じない。寧ろ柔らかく、ほんわりとした暖かなものが……


「お前、何を……」

「私も少しだけ魔法が使える。人の心を解放する魔法、素直になれる」

「何考えてるんだ!?やめろよっ」


 それでも闇魔法なら光魔法で相殺出来るのではと思い魔力を練ろうとしたとき、ミアの水色の瞳に寂しげな感情が光っているのが見えてしまう。彼女からは悪意などというものは微塵も感じられない、じゃあこの魔法は一体何なのだ?


「大丈夫、悪い事じゃない。私は貴方に抱いて欲しい。貴方は心に溜まっている憤りを私にぶつければいい。利害の一致、何も損はない。だから我慢は必要ない、素直になって。その為の魔法」


 俺は俺だけの事しか考えなかった。ノアは言った、ミアも俺の事が好きなのだと。だったら望み通り抱いてやればいいんじゃないか?そうすれば俺もノアの事を忘れられるかもしれない……。


──いや待て!これがミアの闇魔法の力か!?



「私の事、嫌い?」


 嫌いじゃないっ、嫌いな訳がない。もしも嫌いなら二人だけでこんな所まで来るものか……


「私の身体じゃ抱く価値はない?」


 こんな綺麗な娘なのだ、そんな筈があるわけない。寧ろ俺はお前を……


「全てを吐き出してしまえば楽になるわ」


 全て?何を吐き出せと言うんだ?ミア……


「さぁ、行きましょう?天国へ」


「……あぁ」



▲▼▲▼



 柔らかくスベスベとしたモノが頬を撫でている感触……誰のほっぺだ?


「お目覚めですか?ご主人様」


 その娘の頭には二つの三角の突起、まさかと思い体を起こすと四つん這いで覆いかぶさるようにしている彼女のお尻には細く長い尻尾が艶めかしく動いていた。


「何の真似だよ」

「あれ?気に入らなかった?」


 肘を突いて上体を上げた俺の頬に手のひらを当て唇を重ねると再びベッドに押し戻された。そのまま俺の胸に顔を埋めた彼女は押さえつけるように全身で キュッ と抱きついてくる。


「レイシュアが喜ぶかなぁと思ってあの娘の真似をしてみたのに……がっかりだよ」


“あの娘” とはノアの事だろうか。それにしてはオリジナリティが入り過ぎているようで黒い猫耳に細長い黒毛の尻尾、これではただの黒猫だ。キツネでは無い。


「でも可愛いよ」

「ほんとっ!?」


 ガバッ と勢いよく起き上がった朔羅の顔には笑顔の花が咲き、それほどまでに気に入ってもらいたかったのかと微笑ましく思える。かと思うと今度はその豊満な胸に俺の顔が飲み込まれ、嬉しく思いつつもちょっとだけ苦しく背中をトントンするが御構い無しに頭を撫で始めたので『まぁいいか』とされるがままになった。


「レイシュア、心の痛みは吐き出せた?あの娘に癒してもらえた?」


 今度の “あの娘” とはミアの事だろうか。闇魔法を使われたとはいえ、抵抗することは出来た筈だ。だが俺はそれをしなかった。

 ミアの甘い言葉は魔法の影響で感じやすくなった俺の心に響き渡り、心の弱い俺は……思うがままにミアの身体を求めてしまった。心とは体と比べて鍛錬するのが難しい事は分かるが、己の心が弱すぎることに自己嫌悪する。誰か心の鍛錬の仕方を教えてくれないかな……。


「レイシュア、人は弱い生き物だよ。いくら剣が上手に使えても、いくら凄い魔法が使えても、それでもどこか欠けていて全部をひっくるめて見れば皆等しく弱いんだ。だからこそ人は人を求め、寄り添いたがる。人が弱いのは元々そういうモノだからだよ。


 自分の弱さを認識して、そこを克服しようと努力するのはいい事だ。けど……どんなに努力したって人は弱い生き物、無理して強くなろうとしないで。無理すればかならず何処かに歪みが生まれる。レイシュアがレイシュアのまま在り続ける為に貴方の周りにいる人に頼って。その人もまた、貴方を頼ってくれる筈だから……。そうしてお互いを支え合って行きて行く人生の方が幸せだと思わない?」


 なんだか母親のような優しく心地の良い言葉が俺の心に染み渡って行く。誰かを頼れ……か、俺はいつもみんなに助けられてばかりだよ?


 朔羅、お前にも……



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