31.ドラゴン達の試練 (下)
「レイシュア様、冷たい飲み物など如何ですか?」
勢い余った二人の相手で言い出した本人を待たせてしまったのだが、戻っても姿が見えず、何処に行ったのかと思えば気を利かせて飲み物を取りに行ってくれていたらしい。
一緒に戻ったミルドレッドとリュエーヴがみんなへとコップを配る中、にこやかに渡されたコップを受け取るとセレステルも隣に座りじっと見つめてくる。
早く飲めと言うことか?
渡された木製のコップに口を付ければ甘い香りと共に冷たい物が口へと流れ込む。
「おっ?」
「昨晩お出ししたお酒、カルヴァドスに成る前の林檎の絞り汁です。そのままでは少し甘味が強過ぎる為、薄めた上で冷やして飲みやすくしてあります」
甘過ぎず薄過ぎず、程良く調整された濃厚な林檎ジュースはとても美味しい物だった。だが驚いたのは冷やされていた事もだったが、その中にいくつかの四角い氷が浮かんでいた事だ。
コップを傾けその一つを指で摘み上げると、角は溶けて丸くなってしまっているが明らかに風魔法で切断しただろう平な面は健在で、彼女がどの程度魔法を使えるのかが伺える。
「お気に召しませんでしたか?」
「いや、そうじゃない。美味しいよ」
不安そうな顔に笑顔を咲かせて自分のコップに口を付けたので摘んだ氷を口に放り込んで噛み砕けば頭を締め付けるほどの冷たさが拡がり、熱を帯始めた身体が冷やされ心地が良い。
「ノン、会談は何日で終わりそうなんだ?」
「さて、我にも分からぬが急がずともそう簡単にはセルジルが死んだりせぬぞ?それとは別に、長引くと都合が悪い理由でもあるのか?」
属性竜がこの大森林フェルニアの何処にいるのかは分からないが、獣人の国ラブリヴァの近くに属性竜を奉る為の社があるとくればそこが狙われるのは間違いないだろう。
砂漠でアリサと会ってからあと一週間ちょっとで二ヶ月が経つ。
人間とは違い獣人達の中に紛れ込むのは幻影魔法を使えるアリサ以外には難しいはずだから、今回は強行に出る可能性が高い気がする。
それならなるべく早くラブリヴァに着きその旨を伝えなければカナリッジの二の舞になりかねないのだ。
「魔族の襲撃の可能性があるし、移動の時間も考えればなるべく早く此処を出なければ……」
「ラブリヴァへはギルベルトが同行する事になる。あやつの翼なら半日もかからぬだろう」
サラマンダー達の里ロシェニードと、レッドドラゴンの居城パラシオのある大森林フェルニアの西端、ザモラ山脈に着くまで五日はかかった事を考えれば、フェルニアの中心付近にあると言う獣人の国ラブリヴァに到着するのは少なく見積もっても一週間の計算でいた。
そうなるとせっかくやる気になっている彼女達には悪いが明日にでも此処を出なければと考えていた所に移動時間が半日で済むというのは朗報も朗報、諸手を挙げて喜ぶしかない。
「それなら、せっかく竜化したクラウスの変身が解けるまではここに居よう。それまでに話し合いは終わらせてくれよ?」
肝心要なアリシアはエレナの膝へとダイブして幸せそうな顔で夢の国へと旅立ってしまっていたが、ノンニーナとララが聞いていれば問題はない……だろう。
「そうと決まればやれる事をやれるだけやろう。セレステルっ、お手!」
呆気に取られてパチクリとゆっくり三回瞬きをすると、聞こえた言葉と理解した言葉が合っているのかに疑問を感じながらもコップを自分の隣に置き、差し出された俺の手へと自分の手を重ねた。
「これから君の魔力を調べる為に俺の魔力を君の魔力と混ぜ合わせる。少しばかり気持ち悪いかもしれないけど、そこは我慢してくれ」
「はい!よろしくお願いしますっ」
いよいよかと期待に満ちた金の瞳が俺を見据えて頷くので時間を惜しんでさっそく魔力を流し込む。
「はぅぅっっっ!!!!」
途端に弾かれたように大きく仰け反るので思わず手を引っ込め、何かおかしな事をしたのかと自身の行動を振り返るが思い当たる節が無い。強いて上げれば送り出した魔力が多過ぎたかもしれないという事くらいか。
「だ、大丈夫? 辛いなら止めておくか?」
「い、いえ……スゥーーッ、ハァァ……大丈夫、です。少し驚いただけなのでこのまま続けてください」
ゆっくり深呼吸し落ち着きを払うセレステルからは嘘は感じられず、恐らく本当に驚いただけなのだろう。今度は彼女から差し出された手に俺の手を乗せると、細くとも柔らかな指がそっと包み込んでくれる。
「さっきよりゆっくり行くから」
「はいっ、お願いしま……ぅくっ……」
出来るだけ緩やかに魔力を流し込むと、眉間に皺を寄せはしたが先程よりはマシらしく飛び跳ねる事はなかった。
「んふっ……なんだかお尻の辺りから背中まで、身体の中をくすぐられているような何とも言えないむず痒さを感じます」
大丈夫そうならと少しだけ魔力量を多くすれば表情が曇り始めるがまだ耐えられる範囲のようなので、レッドドラゴンであるにも関わらず火魔法がそんなに得意でないと言う彼女の魔力の本質を見極める為に、更に奥の深い場所へと魔力の手を伸ばして行く。
「ぁっ……はぁぁぁぁんっ。レ、レイシュア様、まだ、終わりませんか?わたし、んんっ!私そろそろ限界かもしれません!あはぁぁんっっ!」
男心をくすぐる悩ましい声に、集中する為に閉じていた目を開けば、堅く目を閉じモジモジとお尻を動かすセレステルの姿が飛び込んで来る。
「はぐっ……んっ…………ぁぁぁぁっ……んぁっ!はぁぁぁっ……」
そういえばティナに魔力探知を教える為に魔力を混ぜた時も似たような反応をしていたと思い出されたが、こんなにエロい声を上げるほどではなかったはず。
それに魔力を混ぜたのが原因だとすれば収束砲を扱うサラマンダー達にも似たような反応があるはずだが、実戦でこんな状態になられては使い物にならないだろう。
「さっさと済ませるからもう少しだけ強くするぞ」
「えっ!?あ、だめっ!だめぇぇぇっっ、あああああぁぁぁあぁぁぁっ!!」
二人きりの部屋でならいざ知らず、闘技場の観客席と言う公衆の面前で不適切な声を上げさせてしまっている現状に焦りを感じたのは認めよう。
しかし、彼女の名誉の為にも早く終わらせたい一身で少しだけ……ほんの少しだけ魔力量を増やせば耐えきれなくなったセレステルが手を離し、苦悩を訴えるようにしがみ付いて来る。
「レイ!?こんな所で何エロい事して……うぷっ、ぉうぇぇっっ……」
「ティナ……大丈夫?」
「なんでもないから興奮しないの、二日酔いは寝てなさい」
耳元で吐き出される甘い声に俺の男が反応しそうになるが、寝ていた筈のティナが異変に気が付き眠りから醒めるので彼女の声で我に返ることが出来た──ティナ、サンキュー!
「はぅあっ!あぁぁぁんっ、んぁぁっ!!もう無理っ!もう無理です!!!!くはぁぁっっ!?ああっっぁああぁぁあああぁぁぁあぁぁああぁあああああああっっっ!!」
セレステルの奥底まで魔力が溶け込んで行くと、眠っていた秘められた魔力とでも言うべき他のレッドドラゴンとは違う彼女の個性が見つかった。
だがそれと同時に我慢の限界を迎えたようで、抑えていた声が爆発し一際大きな声が……それはそれは大きな声が闘技場にこだます。
しかし、俺の魔力が引きあげて行くと共に全身に込められていた力も抜けて行く。
力無く寄りかかる彼女を抱き留め物凄く速い鼓動と荒い息遣いを感じつつ「終わったよ、お疲れ様」と髪を撫でながら告げたのだが、返事のない彼女にはその声が届いたかどうかも定かではないほどに疲弊してしまっているようだ。
「アイツ……姉貴に何を……」
「俺達にはこんな事やれっつっておいて自分は女とイチャこいてんのか?しかもよりによってセレステルかよ……しばくぞクソガキがっ!!」
配慮が足りなかったのは俺の落ち度だと言えるが、俺だってこんな事になるなんて思わなかったんだ!
「セレステル、大丈夫か?……セレステル?」
そんな言い訳など聞いてもらえるはずもない事くらい、今までの失敗多き人生の中で学習してきたつもりだ。なので一切の言葉を発する事なく反応の無いセレステルの細い身体を全身に感じながら、ただただ “やらかした男” として居合わせた人達全員からの冷たい視線が背中へと突き刺さるに黙って耐え続け、吹き荒れる嵐が過ぎ去るのをじっと待ちわびた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます