57.新しいオモチャ
十五分程走っただろうか。街を抜けて少し行った所に、このフロアに来た時と似たようなちょっとした丘があり、そこに第四十九層へと続くであろう黄色の魔法陣が淡い光を放っていた。
「ハッハッハッ、ん、ハァッ、ハァハァハァッ、もぉ……はぁ……もぉ駄目っ、走れないよぉ。ハァハァハァッ」
「わた、わたしもっ、ハッハッハァッ、私ももう駄目ハァハァ……こんなに走った、のはっ、初めてだわ、ハァハァハァ……」
完全なる後衛であるモニカとサラは身体強化が無いなりに頑張って走ったと思う。二人ともバテバテで汚れるのも気にせずに地面に倒れこむと仰向けになって荒い息を上げている。
こういう時の為にも身体強化くらいは出来るようになってもらわないとだなと今後の課題を頭にメモしつつ、二人の傍にしゃがみ込むと順番に水袋を渡してやった。
「あの子達は街から出てくる事はありません。ここまで来れば安心なので、どうぞごゆっくり休憩してください。
それで、本日はここでキャンプの予定でしたが宜しかったですか?」
ベルなりに気を使ってくれての事だろう。ゴーストは街から出て来ないという話しだし、俺はなんの問題も無いのだが、ティナとリリィはとてつもなく嫌そうな顔をしていたので笑えてくる。
「二人でちょっと第四十九層を覗いて来いよ。それで、どっちでキャンプするか決めればいいだろ?」
「分かったわ、行くわよティナっ」
そうして意気揚々と魔法陣に乗り姿を消した二人だったが、ものの一分も経たずに帰って来たので不思議に思うが、その顔がげんなりとしていたので何となく次のフロアの雰囲気が読めた。
「ここでいいわ……」
「賛成……」
元気の無い二人に思わず吹き出しそうになったが、何とか堪える事に成功したので自分で自分を褒めてやりたくなった。
「なぁベル、あのゴーストが持ってた黒いヤツが科学って魔法の武器なのか?」
目をキラキラさせて一心不乱に焼き魚をパクついていたベルは、その動きを ピタリ と止めたかと思うと、フォークを皿に置くと同時に感情が消えて行くのが手に取るように分かった。やらかしたと思った時には既に遅く、せっかくベルの楽しみにしていた食事なのに仕事モードになってしまっている。
「そうですね、科学の一端なのですが、アレは《銃》と呼ばれる個人で使う主要武器で、簡単に言いますと細い筒の中で『火薬』と呼ばれる可燃性の粉を爆発させて、その威力で金属を撃ち出す物です。
子供から老人まで誰が使っても同じ威力が出せるという優れものですが、もちろん欠点もありまして、扱うのは簡単なのですが命中させるのにはある程度の鍛錬を必要とするのに加えて一度に撃てるのが十五発と決まっているのです。
興味がお有りならサンプルをお持ちしましょうか?」
「ごめんごめん、後にしよう。ほらコッチの魚介スープも美味しいぞ?はいっ、食べて食べて」
何とか取り繕う事に成功し、俺が渡したスープを美味しそうに飲み始めると再びベルの瞳に “幸せ” という感情が戻ってきて一安心した。
食事が終わりエレナお手製のデザートを興奮気味に平らげたベルは、黄色に光る転移魔法陣までトコトコ と歩いて行くので、何をするのかとぼんやり眺めていた。
魔法陣の前に立って手をかざすと、黄色から白へと変色した魔法陣がいつもの転移とは明らかに違う弱い光を放ったもののすぐに収まりをみせる。するとベルは魔法陣の真ん中でしゃがみ込み何かを拾うと俺の前に腰を下ろした。
「こちらがその銃です」
差し出されたのは二十センチ程の長さのL字型をした黒い金属、手に取ると意外と軽くて握りやすい。曲線と直線のバランスが素晴らしい洗練されたデザインは俺の心を惹きつける程にカッコ良く、それを引き立てる艶を消した黒色がなんとも言えない味わいを見せている。
再び立ち上がったベルは二十メートルほど離れた所に薪を立てて並べ始めた。皆が黙ってその様子を見ていると、十本立てた所で戻って来て俺の隣に座り、持っていたもう一つの銃を膝の上に置いた。
「皆様、一つお願いがございます。
人は昔の事など知らずとも今を幸せに生きることが出来ます。ですから、今日私がお話しした事はどなたにも仰らないでおいて欲しいのです。
もちろんこの忘れ去られた都市の事も、この武器の事もです。お約束頂けますでしょうか?」
特に大したことではないし、他ならぬベルのお願いだ。みんなで一斉に頷くと仕事モードだったベルの笑顔にも感情が篭り始める。
「地上に戻れば秘密ですが、ここでなら大丈夫です。どうでしょう、どうせならこの未知の武器で遊んでみませんか?」
膝の上に置いていた銃を手に取り ニコッ と笑うと、先程立ててきた薪に向かい腕を伸ばす。
ベルの細い指が クンッ と小さく動いたと思った瞬間 パンッ! と破裂音が聞こえてくると同時に、立っていたはずの薪が弾き飛ばされた。
「おおっ!すげぇっ」
思わず漏れた感嘆にベルが振り向くと、ティナならばパタパタと激しく振られる尻尾の幻想が見えそうなほど得意げな顔をしていたので、彼女にとっても自慢出来る特技のようだ。
「よぉ〜しっ、ベルには負けないぞっ」
みんなの見守る中、ベルに指導を受けながら狙いを定めてみるがコレがなかなかに難しい。
銃身の後ろの方にある二つの突起の間に先端に生える小さな突起を入れて銃と目標とを一直線に構える。これで狙いを付けるらしいのだが、伸ばした手がほんの僅かに振れるだけで照準に狂いが生じてそこそこ太いはずの薪ですらなかなか当たらない。
「狙いを定める時は呼吸を止めるとブレが少なくなるそうです」
ベルの助言通り呼吸を止めてみるもののなかなか上手くはいかない。
くっそぉと思いつつ照準が合ったかなと感じた時に発射スイッチである『トリガー』を人差し指で引けば、それと連動して一番後ろに付いていた〈ハンマー〉という小さな部品が動く。
その名前の通りハンマーのように中に装填されている『弾丸』を叩けば中に込められた『火薬』というものが爆発するらしく、ハンマーの カチッ という小さな音と、火薬の爆発する パンッ という耳が痛くなるほどの破裂音がほぼ同時に聞こえたとき、銃の心臓部である『バレル』という筒の中を通って目で追うのが困難なほどの凄い勢いで豆粒ほどの鉛の塊が飛び出して行く。
だが同時に、腕どころか身体にまで伝わる強い衝撃により手にした銃が跳ね上げられる。流石に三度目ともなれば要領を掴み、来ると分かっている反動に力で対処した。
そんなことをしている間に宙を駆けた鉛は狙った筈の薪と隣の薪との間を通り抜けて行ってしまう。
「くっ!」
俺が失敗して嬉しそうな雰囲気を醸し出すベル……くっそぉ、勝ち誇りやがって!
でも……だ、そんな憎たらしい様子ですら子供の強がりみたいな感じがしてとても可愛いらしく思える。俺ってばベルの魅力に毒されてるなとも思うがそんなもの自分で止められるものでもない。
「下手くそっ、俺に貸してみろ」
「ベル、私にも貸してっ!」
「あっ、ズルいっ!私もやってみたいーっ!」
「ティナさん、順番にやりましょう?」
こうして束の間の射撃大会が開幕することとなった。
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